同じものでは無い、それを選ぶのも人生の選択である


 

   月末の残業で坂下真紀子は唸っていた。


 時刻は既に六時を回りお腹もすいて来た。

 しかし今日中に終わらせなければならないこの事務処理はリーダーを任された自分がやらなければならない。同僚の若い娘たちは金曜日のアフターファイブにはさっさと仕事を終え寄り道の話と合コンの話で盛り上がっていたものだ。


 「全く、みんな薄情なんだから・・・。でもこれ終わりにしないと主任に怒られるし、後輩たちじゃ出来ない所も有るしなぁ。結局私がやるしかないんだけど・・・。」


 ぼやきながらも責任上、手だけは動かしどんどんと処理をして行く。そして時計を見る。


 「げっ!もう六時半!? だめだ、こりゃ。」


 そう言って個人の携帯電話を取り出し自宅に電話する。


 「あ、お母さん。ごめん残業で時間がかかりそうなの。うん、夕食は私の分いらないからね、どこかで適当に食べて帰るから。」


 ポンっとスマホの会話終了ボタンを触ってポケットに携帯電話をしまう。そして一度伸びをしてからまた仕事を始める。


 「さ、頑張って片付けちゃいましょう!」


 空元気で坂下真紀子は仕事を続けるのだった。



 * * *



 「もうこんな時間かぁ。流石にお腹すきすぎておかしく成って来た。早い所何かお腹に入れておかないとなぁ。」


 そう言いながらオフィス街を出て駅へ向かう。

 赤ちょうちんの飲み屋がちらほらとあるが女一人で入る訳にも行かない。かと言ってよさそうなお店も無い。

 迷い迷いながらコンビニが見えて来た。一瞬面倒だからおにぎりでもと思い、先日の事を思い出す。


 「そう言えば牛丼って手も有るかぁ。でも女一人でこんな時間に牛丼って、私ってどこまで男っ気が無いのよ・・・。」


 そうぼやきながら駅の近くにある牛丼屋を目指す。既に夜の八時を過ぎている。九時過ぎに食事をするのは流石にお腹にお肉がつきそうだと急いで牛丼屋に行こうとしてはたと気付く。


 「あれ?そう言えば牛丼屋って何軒か有るんだ?ま、いいか。どうせどの店も同じ味だろうし。さっさと食べて他の人にあまり見られない様にしよっと。」


 二十五歳独身女性が残業で遅くなり、週末に彼氏と一緒に食事をする訳でもなく一人わびしく牛丼を食っている姿など誰にも見られたくはないし悲しくなってくる。

 しかしながら電話で夕食を断った手前コンビニ弁当を持ち帰る訳にもいかずやはり手ごろな牛丼で済ますしかない。

 坂下真紀子はため息一つ一番近い店に入る。


 「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ。」


 店内は自分以外先客の男性が一人だけ。全部がカウンター席のお店でそれほど大きくはない。坂下真紀子は適当にカウンター席に座りポケットに挿し込んであるメニューを取り出す。

 

 「あれ?」


 メニューを見て驚いた。

 先日入った牛丼屋とまた違っていて同じような品物ではあるも微妙に違う。

 一瞬外を見て道路の反対側にある前回行った事のある牛丼屋の系列とこの牛丼屋の系列が違う事に今更ながらに気付く。


 「ま、牛丼何てどれもこれも同じでしょう?とっとと食べて帰ろう。」


 そう言いながらまたまた普通の並盛を注文する。だがよくよく見るとセットでみそ汁とおしんこもつけられるようだ。なんとなくみそ汁も飲みたくなってそのセットで注文する。

 そして前回同様ほとんど待たずお盆にそれらが持ってこられる。


 「さてと、いただきます。」


 お行儀よく手を合わせてからお箸を取って牛丼を食べ始める。そして驚く。


 「えっ!?このあいだのと味が違う!?」


 前回の食べた牛丼よりやや濃厚な味わいだった。そしてなんとなく風味も違いだいぶまろやかな味わい。坂下真紀子は驚きながら箸を進める。


 「前回のは醤油味が強くてさっぱりだったけど、こっちのは肉の味が濃厚でまったり。これはこれで美味しいかも・・・。」


 そう言いながらみそ汁やおしんこも食べてみる。そして価格の割にそこそこ美味しいと言う事に気付く。坂下真紀子は誰に頷く訳でもないのに一人うんうんと頷きその味を確かめていた。

 そしてまた有ることに気付く。

 目の前に調味料が置いてあり、四角い黒い箱も置いてある。なんとなくその蓋を取ってみると真っ赤な紅ショウガが沢山入っていた。

 ちらりと別の客を見る。するとその男性の客はその紅しょうがを山のように自分のどんぶりに入れているでは無いか!

 あれではしょっぱく、酸っぱくなってしまうだろうと思いながらも自分もこの油が少し多めに感じる濃厚な牛丼をさっぱりと食べたくなって少し生姜を取って入れてみる。

 それを口に運びまたまた坂下真紀子は驚く。

 ほど良い酸味が牛丼の脂っこさを解消してくれる。しかもそれほどしょっぱくも酸っぱくもなくほど良い旨味が更に食欲をそそる。


 「これっていけるかも。おしんことはまた違ったアクセントで。」


 坂下真紀子はそう言いながら残りの牛丼をあっさりと平らげてしまった。


 「ごちそう様。」


 お箸を置き最後に手を合わせて伝票を持って支払いをする。


 外に出て少し冷えてきた夜空を見る。牛丼を食べたおかげで体はホカホカしているので逆にそのひんやりとした空気が気持ちいい。

 その表情には先ほどまで有った眉間のしわが無くなっていた。

 

 「同じ牛丼でもこうも違うものなのね。はぁ、彼氏欲しいなぁ。そう言えば営業の網野君が飲みに誘ってくれたんだっけ・・・。彼ってちょっとどんくさいんだよなぁ。でも同じ営業の勝さんは競争激しいからなぁ・・・。」


 坂下真紀子は反対側にある牛丼屋を見る。そして先ほどのお店を見てからカツカツと靴の音を鳴り響聞かせ軽い足取りで駅へと向かうのだった。

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