始まる生活

第4話 鈍感ですね

「.....ん?」


あっという間に朝になった様である。

俺はスマホのバイブレーションの音にゆっくり目を覚ましながら.....起き上がる。

そして目の前を見てみると。


そこに鼻歌交じりでエプロン姿の.....静葉が居た。

やっぱり静葉が居るのは現実だったんだな。

俺はそんな静葉をにこやかに見ながら.....顎に手を添える。

しかしそれは良いんだが.....。


「.....何だかかなり嫌な夢を見た気がする.....」


そうだ思い出した。

かつての.....嫌な記憶。

俺は.....少しだけ眉を顰めながら目の前を見る。

虐待されていた頃の.....夢を見てしまった。


「あ、お兄ちゃんおはようございます♪」


「.....ああ。おはよう」


「.....どうしたんですか?顔が.....その。やつれていませんか?」


「.....いや。大丈夫だ。何時も通りだよ俺は」


心配げに話してくる静葉は、そうですか?、と返事して俺を見てくる。

そうだな、何がどうあれ。

静葉に親の事を察される訳にはいかない。

余計な心配を掛けさせる事は絶対に駄目だ。

静葉はまだ子供なのだから。


「お兄ちゃん。何かあったら私に相談して下さいね」


「そうだな。分かってる」


静葉はそう言うが。

俺は.....静葉にだけは相談するつもりは無い。

とにかく俺に良くはしてくれるが、だ。

俺は思いながら.....静葉に笑みを浮かべる。


「私はお兄ちゃんの為に居ますから」


「.....ああ。家族だからな」


「家族.....そ、そうですね。アハハ」


恥じらう様に、さ。さあ、朝食を食べましょう!、と頬を朱に染めながら俺を見つめてくる。

その姿に意を決しながら、ああ、と言う俺。

それから味噌汁、漬物、魚、ご飯のおかずのそれぞれを見た。

美味しそうに盛り付けるよな、本当に、と思う。


「相変わらず美味しそうだよな。お前の食事」


「そ、そうですか?嬉しいです」


「ああ。本当に美味そうだ。それじゃ食べようか」


「はい!」


そして俺達はそのまま朝食を食べ始めた。

相変わらずの美味しさに体に染み渡る感じだ。

俺は考えながら.....朝食を平らげてから。

静葉を改めて見つめる。


「静葉。.....今日、俺会社なんだよな」


「はい」


「取り敢えずは2万円置いておくから好きに遊んで来い」


「え、え!?そんなに要らないですよ!?節約しないと!」


俺はその言葉に首を振る。

そして柔和な顔をする。

お前へのお礼も兼ねてだから大丈夫だ、と話す。


静葉は目を丸くした。

そして、私は特に何もしてないですよ?、と上目遣いで見てくる。

俺はその言葉に、いや、と口角を上げた。


「.....お前の存在が助けになっているんだ」


「.....!.....お兄ちゃん.....」


「.....俺はお前が来るまで.....愛情ってのを忘れていたんだ。それを思い出させてくれたんだよお前は。だから感謝だ」


「.....そ、それはつまり私が好き.....」


「違うけどな。うん」


あ。違うんですね、とかなりがっくりする静葉。

でもな、と俺は静葉に声を掛ける。

そして俺は静葉の頭を撫でた。

それから.....また笑みを浮かべる。


「お前の愛は理解しているから」


「.....お兄ちゃん.....」


「.....有難うな。静葉」


「.....はい!お兄ちゃん!」


「じゃあ今日、会社行って来るから。遊んでいてくれ」


でも家事とかしますけどね。

とニコニコする静葉。

俺は、そうか、と返事をした。

それから俺は髭を剃ったりする為に洗面所に入った。

顔を洗ったりするのも、だ。


「.....」


水を顔にぶっ叩く様に浴びてから考える。

恐らく、だが。

静葉の事は好きにはならないだろう。

そして俺は自分自身を好きにはならないだろう。


傷が付き過ぎたのだ俺は。

ごめんな、静葉。

お前の思いは.....理解しているのだが.....。



「お兄ちゃん。気を付けてね。これお弁当」


「.....ああ。お弁当作ってくれたのか。有難うな」


「うん。だって私、奥さんの様な感じですから」


「.....だな。アハハ」


あれ?今日はノリが良いですね、と笑顔を浮かべる静葉。

この事に、俺は何時もこんな感じだぞ?、と苦笑して回答する。

あ。そうなんですね、とニコッとした静葉。

それから.....手を振る。


「お兄ちゃん。気を付けて」


「.....じゃあ行って来る」


それから俺は会社にやって来た。

営業マンで、だ。

さて、ここからは真剣になり切らないといけない。

仕事は.....甘くないから、だ。



「太刀山さん」


「.....おう。どうした?永見」


書類をパソコンのエクセルを使って作っていると。

横から俺の部下の声がした。

永見奈美子(ながみなみこ)23歳。

俺の同僚だ。


ウェーブの効いた短い茶髪に、顔立ちは幼いながらも可愛い顔立ち。

そして俺によく笑顔をよく見せる女性。

綺麗系というか.....可愛い系だな、と思う。

オレンジの石鹸の香りがする。

短大を卒業して入って来たのだが.....頑張り屋さんだ。


「此処なんですけど.....どうですか?」


「.....ああ、これな。これはこうして.....」


「あ.....流石です」


「.....まあ結構やっているからな」


そんな会話をしながら永見を見る。

すると永見がいきなりニコッとして耳元に寄って来た。

な。何だよ、と思いながら永見を見る。

吐息がかかる。


「あの、もし良かったら何時ものお礼なんですけど.....飲みに行きませんか」


「は、はい!?」


「あ、で、その。出来れば二人きりが良いです。私」


「.....いや、何で?周りも誘ったら.....」


「え?.....いやいや!え!?そんな事を言いますか!?鈍感ですね!」


永見はプクッと頬を膨らませる。

それからジト目で、鈍感ですね、と繰り返す。

いやいや、何だ一体。

そんな言葉を言われる覚えは.....。

と思っていると課長の咳払いが聞こえた。


「.....永見。後でな」


「はい。そうですね。.....でも今の事、宜しくです♪」


「.....え?あ、そうだな」


しかし何だ次から次に?

俺はモテ期でも来ているのか?

でもそんな訳無いよな。

こんな冴えない俺がモテるとか有り得ないしな.....。

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