第48話 研究者は授業をサボって物憂げる
それはこの国立魔導学園の教育課程における必須履修科目の一つであり、集団戦における魔法の有用性の学びの場の一つとされている。
三十人前後をひとチームとし、学園敷地内の森林地帯の各所にそれぞれ陣地を作り、陣地として成り立たせる役目を持つ魔導具である水晶を壊し合う領土戦だ。
チームは、三学年それぞれの成績上位者の中から三名を指揮官とし、そこに他の生徒がランダムに振り分けられる。
普段の授業ではひとチームずつでの対決になるが、年末に行われる学園祭の目玉として、授業での勝率上位五チームで行うバトルロイヤル形式の
この年末の
要するに、有力な後ろ盾のない学園生達からすれば、自分達を売り込むまたとない機会となるのだ。
既に卒業後の進路が定まっている学園生にしても、この学園祭の
このような事情から、この
ところが………此処にその熱気の蚊帳の外にいる人物がひとり………
「はぁ………鬱陶しいなぁ………」
言わずと知れたロイフェルトで、昨日の
「お前、ホントこの手のイベント事には興味が薄いよな」
そうロイフェルトに声を掛けているのは、彼の親友である
「俺は研究したいから学園に通ってるんであって、誰かと競い合う事には興味無いのよ。他の皆みたいに就職先の斡旋にも興味無いし。この手のイベントあると研究してる時間が減るから嫌なんだ」
「え? お前、就職先に当てでもあんの?」
「別に無いよ? そもそもどっかの組織に所属するつもりは欠片もないし」
「んじゃ、卒業したらどうするんだ?」
「卒業できるかさえ怪しいのに、今からそんな先の事まで考えるだけ無駄だろう」
「………まぁ、お前ならどんな環境に陥っても好きに生きそうだしな」
「そーゆーこと。寧ろ周りに縛られずにいたいから組織には所属しないで世界中を旅したいね」
「と言う事は基本は冒険者か」
「どうだろ? 冒険者ギルドも色々厄介事ありそうだし、ザースカル地方の山奥とかアクシーズみたいな辺境の街にでも行ってひとりのんびり研究三昧とかも良いかなぁ………」
「研究にも先立つ物が必要だろ………と言いたい所だけど、お前の場合、金がなくても好きに研究しそうだもんな。狩りもできるし、農作物にも詳しい。マナ操作と法術で安定して食いもん得られそうだし、いざとなったらその食いもん売れば、金は得られるだろうな」
「だよねー。そう考えると、組織に入って人間関係ギスギスさせてまでセコセコ働きたくはないんだよなー」
「人間関係ギスギスするのが前提かい」
「俺、協調性皆無だし、四六時中周りに気を使うだなんて面倒な事は出来ないよ。集団生活に向いてないんだよね」
「それは知ってる。特に貴族相手だと、言葉の裏の裏まで読み解かなきゃならんから、裏を読む手間を惜しむロイには不向きである事は確かだな」
「言いたいこと有るなら遠回しに言わずにズバッと言えばいいのに、わざわざ分かりにくく言いやがるんだから理解に苦しむよ」
「あれは、わざと分かりにくくしてるんだよ。相手に変な言質を取られない様にな」
「うわー、イヤだイヤだ。常に相手を疑い続けなくちゃなんないような関係性なんて、健全じゃ無いよ。俺は御免だね」
「俺も正直御免だね。出来る事ならそんな世界とは距離を置きたいトコなんだけどな………」
「まぁ公爵家の嫡男かつ王国流剣術師範代第八位の立場がそれを許さないよね。御愁傷様」
「お前………そういうトコ、ドライだよな。空気読めよ」
「俺がここでお前に気を使う事で得られるメリットはなんだ?」
「そりゃお前、将来の王国流剣術師範代第一位様の覚えがめでたい事で得られるアレコレだよ」
「………全く必要ないな、それ」
一瞬考え込んだ様子を見せるが、ふと顔を上げ、真顔でそう答えるロイフェルト。
「だよなー。お前ならそう言うに決まってるよなー………つーか、『将来の王国流剣術師範代第一位』の所にはツッコミ入れないのか、ロイ?」
肘でロイフェルトの後頭部をグリグリしながら、ニヤニヤとツッコミを入れるスヴェン。
それに対し、またもや一瞬考え込む仕草を見せるロイフェルト。
「………男がデレてもキモいだけだな」
「さっきもそうだが真顔で言うなよ! あと言い方!!」
「だから俺は人に気を使うのは苦手な人間なんだって」
「その言葉を免罪符みたいに使うな! お前は面倒くさいから気を使わないだけで、時と場合によっては空気読んだりしやがるだろうが………」
そうブツブツと文句を言ってるが、スヴェンはスヴェンで、ロイフェルトとのこんな気の置けないやり取りが楽しみだったりするのだから文句を言う資格は無い。
「それよか、お前んとこの
「そこそこ使える奴等が振り分けられてるぞ。まぁロイんとこほどじゃないが……」
「俺は今回、完全に空気になりきるつもりだから役に立たんよ。メンバー誰だろ?」
「何で自分の陣営メンバー知らねぇんだよ。二年首席の雷帝に、三年参席の影法師、同じく三年伍席の剛剣、一年の
「ちょっと待て」
「ん? なんだ?」
「今、相方云々って話し出たよな?」
「出たね。それが?」
「『
「誰って………ほら、いつもお前と一緒にいる、例の変態女子」
「はぁ?! トゥアンの事か?!」
「そう、あの娘」
「なんだその無駄に格好いい二つ名?!」
「そっちかい! てっきり、『相方』って言われ方に文句あるんだと思ったんだが………」
「あんだけ一緒に研究室に篭って、更に普段も一緒にいること多いんだから、相方の扱いされてるのは別にしようがねーよ。それより何だよその無駄に格好いい二つ名。『
「まぁ確かに、実情を知ってる俺からすると、その感想も頷けるけど、一歩離れて見るとなるほどなって思うぞ?」
「そうか?」
「ああ。まず第一に、あの娘、お前と一緒にいるとき以外は殆ど喋らないらしい」
「………まじ?」
「まじ。知り合いから聞いたことあるし、前にひとりで………ああ、お前と一緒にいない時って事な? んで、ひとりでいるとこ見てたら、ニコニコ笑ってるだけで殆ど口を開いてなかったよ。その笑顔も、お前と一緒にいる時の表情に比べれば、取ってつけた感丸出しの笑顔だったし」
「………それで
「いや、それだけじゃなくて………他にも、時々居るのか居ないのか分からなくなる位に気配が薄くなるとか、気付いたら姿を消してるとか、気配を感じさせず背後に近寄ってたとか、高位
「………アイツ、ホントどこ目指してんのか分かんなくなってんな………商人志望のくせにそれに必要ない能力が無駄に高くなってやがる………」
「ストリーバ商会の社長令嬢だっけ? でもあそこは他に跡取りが居るはずだろ? なら商会に入るんじゃなくて冒険者にでもなるつもりなんじゃないのか?」
「いや、アイツんとこは、跡取り以外は独立して自分の店を立ち上げるのが伝統なんだそうだ。トゥアンはこの学園在学中に独立資金を稼いで、更に自分の将来の
「どっちもあの娘には荷が重そうな能力だな。しかし
「どうもこうも、もう何度も振ってるよ。好みじゃないし」
「そいつは勿体ない話だな。あの娘、癒し系女子として人気が高いらしいぞ?」
「知らないって事は幸せや事だな。彼らの幻想を打ち砕く様な無粋な真似はしないと神に誓おう」
「信仰心が皆無なお前に誓われたら逆に天罰が降りそうだな。しかし、あの娘が好みじゃないって事はどんな女が好みなんだ? もしかして最近急接近の雷帝か? それとも命のやり取りした
「ファンクラブなんてあんの? 学園生ってのは意外に暇なんだな」
「暇かどうかはともかく、年頃の男が集まれば、そんな話になるのは必然だろ?」
「………まぁ、理解はできるけど、俺は興味無いね」
「ほう………あの二人をして興味無いとか………はっ!? お、お前………」
「……何?」
「まさかそっち系か? おおお俺は清く正しく美しく青少年なんだからお前の相手は出来ねぇからな!!」
「ちげぇよ! アホか! ………俺は年上の女が好きなの。年上の女が胸が無い事にコンプレックスを抱いて悶え苦しんでる姿をにらにらして見るのが好きなんだよ」
「………お前、病んでるな……」
「余計なお世話だ。んで、何だっけ? あぁ、うちの
「おおお怒ってましたよミナエル先輩………『大事な
「ボイコットだなんてそんな大袈裟なもんじゃないよ。単なるサボり………」
「コイツのは単なる怠惰だから、ボイコットなんていう言葉とはまた違って………」
そこで、今まで二人でしていたはずの会話に割り込んできた第三者の存在に気付くロイフェルトとスヴェン。
「ふふふ………よよよようやくロイさんを出し抜く事に成功しました。『ミナエル先輩! ロイさんはやはり研究室てした!』」
指先で
『トゥアンさん! そのまま確保ですわ!』
「『
「待機するも何も、ここは俺の研究室だ。逃げも隠れもしないよ。つーか、トゥアン………なんなのその無駄に高性能な
「驚いたな。俺とロイの二人に気付かれずにこの部屋に入って来るとは………」
「こここうでもしないと、ロイさんに上手く近付けないので頑張りました!」
「いや、その『近付く』の定義、奇怪しいだろ」
「これがトゥアンクオリティーなんだよ。俺が相手にしないのも分かるだろ?」
「否が応にも理解出来た」
「だだだだからロイさんは、あああたしに対して気を使わな過ぎです! いい一応、あたしも傷付きやすいお年頃野乙女なんですから、その辺
「俺はそんな無駄な事に労力を使うつもりは無い」
「ひひひ酷いですぅ………でも………ぇへっぇへっ………でもこんなやり取り出来るほど、ああああたしとロイさんは
「………大丈夫なのかこの娘? 流石に気味が悪いんだが………」
「スヴェン………コイツの事に関しては考えたら負だって。深く考えるだけ馬鹿を見るぞ。右から左へ受け流す事をオススメする」
「………そうする」
恥ずかしげにくねくねし始めたトゥアンを薄気味悪く見やりながら、スヴェンはそっと彼女か視線を外したのだった。
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