第47話 研究者は王女の要求を右から左に受け流す
飛行実験開始から約一時間…………ロイフェルト達三人はようやく満足したのか、王女一行が待つ丘陵地山頂へと降り立った。
「貴様等…………妾をこれだけ長時間待たせるとは一体どういう了見なのじゃ!」
「いや、まさかホントに最後まできちんと大人しく待ってるとは思わなかったよ。流石ティッセ先輩」
「任せて」
ググっと親指を立ててサムアップポーズを贈るロイフェルトに、ティッセも同じくサムアップで返す。
「貴様等…………妾をおちょくって、ただで済むとは思っとらんじゃろうな!」
「いえ、姫様。今、重要なのはそこではありませんわ」
「アニステア! 貴様まで妾を軽んじるのかえ?! もっと……もっと妾にしっかり構うのじゃぁぁぁぁぁ!!」
「ですから、重要なのはそこでは御座いませんでしょう。これ程の長時間で御座いますわよ?!」
そこでユーリフィは「グヌヌ」と押し黙る。アニステアの言い分の重要性に気付いたからだ。
「……約
「ええ。それほどまで長い時間、彼等は飛行し続けていたのです。既存の飛行魔法ではありえませんわ」
飛行魔法は、術式が複雑で、更に言うなら大量のマナを消費するので、あまり長時間継続して使う事のできない魔法の一つだ。
一般的には十分少々。長くてもその倍ほどの時間が飛行魔法の限界時間だ。
「しかも、お三方を見たところ、まだまだ余裕がお有りのご様子です」
「…………そうですわね。疲労感が無いとは言いませんが、まだ飛行を続けることは可能です」
「じゅ、術式もボード本体も、省エネ設計ががが頑張りましたもんね」
アニステアからの視線に、ミナエルとトゥアンが肩を竦めながらそう答えた。
「既存の飛行魔法は『空を飛ぶ』までの行程をぶっ飛ばして無理矢理力技で飛んでるんだよ。このボードは魔法によって生まれた『現象』を『空を飛ぶ』行程に当てはめて発動してるし、一度発動した『現象』を何度も再利用してるから、マナの消費効率が段違いなんだ」
「ですが、ボードの推進力はマナ放出系の魔法でしたわよね? あれを連続して使えば、あっという間にマナの欠乏に陥りそうなものですが…………」
「あれは本体の方に仕掛けがあってね。マナの放出口を工夫して、少ないマナでも高出力を実現したのさ」
「工夫…………ですか?」
「んー……内部構造に関しては企業秘密だけど、理屈としては……」
そう言いながら取り出したのは一本の水筒。学園の購買店で売ってる何の変哲もない普通の金属製の水筒だ。
ロイフェルトは、その水筒の蓋を開けてドボドボと中身を地面に落として見せる。
「んで、こっちは……」
そう言って取り出したのは、見た目は先程と同じく何の変哲もないごく普通の水筒。違いは蓋。蓋の部分が先細りしている吸口になっており、しかも弁が付いているようで、水筒を逆さにしても中身が落ちて来ない。
「これは見た目は、普通の水筒だけど、実はスライムの体組織を特殊加工した特別製の水筒でね。こんな風にグッと握ると……」
その吸口から勢い良く、中身が飛び出して来る。
「まあ、こんな風に出口を工夫すれば、同じ量の中身でも出てくる勢いが違ってくるって訳だ。ボードに使った技術ってのも理屈はこれと同じだよ」
「マナの放出口を小さくする事で、同じ量のマナを流し込んだとしても勢いが変わる…………と言う事かしら?」
「そうだね。でも勿論それだけじゃなくて、放出ノズルの中身を螺旋状にしてより強い勢いを実現したり、『マナを流し込む』って部分にも色々工夫したりしているけどね。あとはボードの表面加工なんかにもひと工夫入れてて、正面からの空気抵抗を減らしてより前に進みやすくしたりもしている」
「あああああたしとしては、その水筒が気になります! それ、まま前に話していたホワイトスライムから取れた素材で作った水筒ですよね?! な、なんでも、北方の雪が多い地方に生息するホワイトスライムの特徴を備えていて、すすす水筒に入れた中身を冷やす事が出来るとかなんとか……ぜぜぜ是非あたしに取り扱わせて下さンガッ……」
興奮し始めたトゥアンにチョップをかまし、強制的にその語りを中断させるロイフェルト。
「話し進まないから」
「………すすす……すいません…………」
因みにこの場にいる他のメンバーは、魔法を使って飲み物を冷やすので、ホワイトスライム製ボトルにあまり興味を惹かれた様子はない。
「んで……どこまで話したっけ……そうそう、色んな角度から工夫をつなぎ合わせてようやく完成に漕ぎ着けたんだよ」
「うむ。話は分かったのじゃ。ならば次は妾の分じゃな」
「なにが?」
キョトンした表情で、そう問い返すロイフェルトに、ユーリフィは柳眉を立てる。
「『なにが?』…………じゃないわい! 当然、妾の分もそのボードを作るのじゃ! 何の為に今まで大人しく待っていたと思っておるのじゃ!!」
「ご丁寧に、俺の顔真似までしてくれてどうも。でも俺には何が『当然』なのか分からんのだけど?」
「この二人に作ったのじゃから、『当然』妾にも同じ物を作るべきじゃろうが!」
ミナエルとトゥアンに指を突き付け、ユーリフィはそう言い募る。二人は困った顔だ。
「んなこと言われてもなー。二人は俺に金払って依頼してる訳だし」
「なら妾も払うものを払えば問題なかろう!」
「下位とは言え王位継承権を持っている人間が、そんなこと軽々しく言ったら駄目でしょ。個人を贔屓するような発言は控えなって」
「身分や上下関係に頓着しないお主とは思えぬ様な台詞じゃな」
「そりゃ、俺は気にしないけど、周りは気にするんでない? 俺としても別に好きこのんで周囲に波風を立てたいわけじゃないし、受けたら将来的に敵が増えそうなこの手の話をそうハイハイ気軽に受けることは出来ないよ」
「お主に常識論で諭されるのは腑に落ちんが、言いたい事は分かった。じゃが、妾としても引く事はできん! お主のまだ見ぬ将来的な敵の事よりも、今の妾の物的欲求を満たす方が重要じゃ! 妾の分も作るのじゃ!」
「清々しいまでに自己中心的発言だね。姫さんのそーゆーところは嫌いじゃないけど、生憎ともう作るだけの材料も無いし、面倒くさいし、面倒くさいし、面倒くさいし、注文を受けるつもりはないよ」
「『面倒くさいし』を三回も繰り返しおって……材料なら妾の伝ですぐ揃えさせるぞ? 貴様も
「いーやーだー! 面倒くさいしー!」
「貴様も大概じゃな! 人のこと言えんではないか!!」
「まぁ、理由はそれだけじゃ無いけどね。このボード、最早俺だけの作品じゃないんだよ。飛行術式もさる事ながら、ボードそのものも二人が自分で考えて改良を加えてるんだ。ボードに求める性能にそれぞれ違いがあるからね」
「ほほう」
「俺は小回りが利く方が良いから全体的に小型設計だし……」
そう言ってちらりと二人に目を向けるロイフェルト。それに気付いたミナエルが肩を竦めて口を開いた。
「わたくしは、安定性を求めて少し幅を広げた設計になっておりますわ」
「ああああたしは、スピード感を求めて、ぜぜぜ全長が長めの設計です!」
「これ、それぞれが自分達で試し乗りしながら何度も微調整して作ったんだ。術式の方なんかは初めは俺が提案してたけど、最終的には二人が自分達で組み立ててたよ。
「……正直少し後悔いたしましたわ……刻めども刻めども終わらない刻印…………」
「うう上手く行ったかと思ったら、いいい一文字刻み忘れててはじめからやり直した……なんて事もザラでした………」
そう言いながら涙目で視線を逸らすミナエルとトゥアンの二人。
「そんな訳で、はいコレ」
そう言いながらロイフェルトが懐から取り出したのは一枚の紙。
「なんじゃ、これは?」
「飛行用魔導ボードの設計図。但し、改良する前のプロトタイプの物だけど」
「妾にこれを渡されたところで意味を成さん。妾は現物が欲しいのじゃ」
「姫さん、一応は一国の王女だろ? お抱え
「それはまぁ、それなりの腕を持つ職人は幾人も抱えておる。しかし…………そう言うという事は、つまり、お主は作りたいのなら自分で何とかしろと言う事かへ?」
「そう言う事。専属の職人に頼んで、自分専用の……いや、
物欲しそうに視線を向けて来るティッセをちらりと見やって言い換えるロイフェルト。
「俺は新しいアイデアを具現化するのは好きだけど、一度作ったらもう興味は失せるんだ。もう一枚作ってよと言われても食指が動かんのよ。ボードに関しては実際に遊ぶ事以外やりたくないね。設計図は渡すから、あとはそっちの優秀な職人と話し合って作ってよ」
「むむ……」
「勿論、タダじゃあないよ? アイデア料として、ある程度の対価は貰う。それがお互いに対する礼儀ってもんだ」
「うむ…………飛行術式の方はどうなるのかへ?」
「飛行術式は、完全に俺の手から離れてるからなぁ………術式の開発はミナエル先輩とトゥアンだし」
「わたくしは既存の術式を組み直しただけですわ。使いやすくマイナーダウンをしたのはトゥアンさんでしょう」
「ああああたしは自分でも使えるようにしただけで…………ひ、飛行術式をこのボードに合うように組み直したミナエル先輩が居なくちゃ、じゅじゅ術式は完成しませんでしたよ」
「こんな訳で、飛行術式の方ははいどうぞと言う訳には行かないかな? 一応、その設計図には一番最初に組み上げた術式がそのまま組み込んであるから、それを元に王国の研究機関にでも依頼して術式を作り上げてよ」
「………はぁ、分かったのじゃ。お主達の努力に免じて今回は引き下がろう。じゃが、設計図に対価を払うとなれば、妾は御用達の商会に情報を流し、財源の一つにする事になるが構わぬか? 特に……トゥアン」
「っ?! はははははいです!」
「これをお主の実家の商会で売り出さなくとも良いのか?」
「うう家では、このボードをせせせ生産ラインに乗せられるほど職人を集める事ができませんので既にだだ断念してます」
「俺も構わないよ。むしろそっちで商品開発して数を増やして利用者増やして欲しいね」
「うむ。これは何やら大きな利益が生まれる予感がするのぉ………」
「利益は出るだろうね。高位の魔法使いなら自前の飛行魔法の利用を優先するだろうけど、飛行魔法の常用なんてのは一部の魔法使いしかしないだろうし、むしろ飛行魔法をあんまり使えない低マナ帯の魔法使いの方が数が多いんだ。潜在顧客数はかなり多いと予測してる」
「各層向けに幾種類ものボードを用意をすれば更に利益は伸びそうじゃな」
「金持ちと中間層向けの商品になるだろうから、素材や術式を吟味して、それぞれに合わせた商品を開発していけば、かなり利益を得られると思うよ」
「あい分かった。ふふふ………これは面白いことになりそうじゃ………」
こうして、世紀の大発明『飛行魔導ボード』が生み出された。
この後、この『飛行魔導ボード』は瞬く間に王国中……そして全世界に広まって一大ブームが巻き起こり、『飛行魔導ボード』によるレースが開催される迄に至るのだが、それはまた別の話である。
因みにこの『飛行魔導ボード』の開発者は表向き王室専属の職人達となっているが、彼らは一様にそれを否定し、自分達は設計図通りに作り、改良を重ねただけだと語っていたそうな………。
余談ではあるが、『第一回飛行魔導ボードレース』のチャンピオンは、王国随一の商会として名高いストリーバ商会の人間で、国立魔導学園の卒業生の一人であるとある少女の名前が記されているのだった。
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