第44話 研究者はすがり付く変態を振り切って滑り降りる


 三人がやってきたのは、先日ロイフェルトとトゥアンがやってきた、学園敷地内のなだらかな丘陵地帯だ。


「さて…………ここで、実験を始めるとしましょうか」


 そう言いながらボードを地面に降ろすと、ボード上で足を固定する装具に足を乗せる。


 スノーボードのビンディングのようなその装具は、ハイバックが無く、ベースプレートとトゥストラップ、アンクルストラップのみの構造だ。


「その装具に足を固定するのですね」


「まぁね。ただ、この装具は足を固定するだけじゃなく、マナをある程度蓄積させて、必要に応じてボードに送り込む機能もある」


「マナの蓄積と送り込みですか…………全てを足で操作することになるわけですね? 履物は専用のものを使用するのですか?」


「専用と言うか…………俺は元々マナ伝導率の高い靴を履いているからそのままだな」


「素材は何ですの?」


「魔獣の革だよ。靴底は特殊加工した魔木を使ってるけど」


「何処で購入したのですか? トゥアンさんの実家の商会でしょうか?」


「自分で作ったんだよ」


「なら、わたくしにもお作り下さいませ。勿論、それ相応の金額はお支払致します」


「そりゃ、まぁ金払うんなら別にいいけど……」


「そそそそれならあたしにも作って下さい! そそそその靴、前からききき気になってたんです!」


「えーやだー」


「ちょ…………ちょちょちょちょっとロイさん!! みみみミナエル先輩は良くてあああたしはダメってどういう事ですか?!」


「そりゃー君にゃ色々面倒かけられ通しだもの。これ以上厄介事を増やされたくないね」


「ややや厄介事って酷くないですか?! みみみミナエル先輩に作るんなら、次いでにあたしにも作って下さいよぉ!!」


「ええい! 直ぐそうやってすがり付くな!!」


「ロイさんがいけずだからですぅ! あっ、そこ! みみみミナエル先輩!! ここここんな事で勝ち誇った顔なんて、ミナエル先輩らしくないですぅ!」


「それはトゥアンさんの錯覚か僻み根性ですわ。わたくしはいつも通りです」


「キィィィィィ!! あああああたしは約束を取り付けるまで意地でもこの手を放しませんよ! ロイさん、あたしにも靴、作ってくださいよぉぉぉぉぉ!!」


「わ、分かった! 分かったから! ったく…………ホント手段を選ばなくなってきたなぁ…………つーか、すがり付くまでの動きが熟練の暗殺者みたいだ…………俺の視界の死角から、音も立てず気配も感じさせずにすがり付いて来やがって…………」


「ふふふふふ…………だ、伊達にロイさんにフラれ続けてはいませんよ…………ああああたしはフラれればフラれる程、打たれ強くなって行くのです…………そしていつの日かロイさんの心をガッチリと…………って、ままままた放置プレイですかぁぁぁぁぁ!!」


 トゥアンの視線の先に見えるのは、ボードに乗って坂道を下るロイフェルトとそれを飛行魔法で追うミナエルが遠ざかっていく姿。


「おおお置いてかないで下さいよぉぉぉぉぉ!」


 トゥアンは慌てて、マジックロッドに跨って、飛行魔法を発動させる。


 トゥアンを……と言うか、マジックロッドを中心に魔法陣が展開され、彼女が『内なるマナよイーサマーナ』と唱えそこにマナを送り込むとそのマジックロッドがふわりと浮いた。次いで彼女が別な呪文を口ずさみ前面に魔法陣が展開される。それに向かって突き進むと、魔法陣を潜り抜けたその瞬間、一気に飛行が加速する。


「むぅあってくぅださぁぁぁぁぁい!!」


 学園に入学してからこれまでの集大成とばかりに、トゥアンの持てる魔法技術の粋を込めた飛行魔法で追いかけるが、二人に近づく気配はない。


「はぁぁぁぁぁやぁぁぁぁぁすぅぅぅぅぅぎぃぃぃぃぃでぇすぅぅぅぅぅ…………」


 トゥアンの絶叫を背に受けながら、ロイフェルトはボードの操作に全力を傾ける。


(マナ伝導はスムーズだし、操作性はあの盾とは段違いだな。俺の思考を読み取ったみたいに自然にマナが動いていくし、ボード自体もそれに合わせて動いてくれる)


 ボードは一見すると、斜面を滑り降りているやうに見えるが、実はマナによって微かに浮いていて、地面の上をホバリングして進んでいる状態だ。


(ターンは……楽々…………速度調整……ターンの時にエッジを効かせれば問題なし…………うん、地面に接してる訳でもないのにスノーボードの操作と同じ感覚で操作出来るのは嬉しいな)


 斜面を下り、まばらに生えている木々の間をすり抜けながら、口元に笑みを浮かべるロイフェルト。


 それをやや後ろから追い掛けながら、ミナエルは感嘆の思いをひた隠し、ロイフェルトの動きに注視する。


(飛行と言うよりは滑空した状態を維持して進んでいますわね。地面からの摩擦を使わず何故あそこまで自由自在に動けるのでしょうか…………飛行魔法を使えばある程度は動きを制御出来ますが、あれは滑空状態はマナを操作する事で維持している以外は、体重移動をするだけで右へ左へと動いているように見受けられますわ)


「ヒャッホゥゥゥゥゥ!!」


 斜面のコブを利用して横回転を入れながら跳び上がり、奇声を発するロイフェルト。


(何故あれ程までに不安定な状態で、あんなに楽しそうに跳び上がれるのですか!? 少しでも体勢が崩れれば、地面に叩き付けられますわよ?!)


 眉を顰め、内心そうごちるミナエルだったが………


「でも……確かにあれほど美しく舞えるのでしたら、嘸かし爽快ですわよね………」


 そう呟き、表情を弛めるミナエルなのだった。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「うむ。中々に楽しいひと時であった」


 丘陵斜面を降りきり、エッジを効かせてザザーっと止まったロイフェルトは、そう満足げな笑みを浮かべてボードから地面に降り立った。


 その傍らに降り立ち、飛行魔法を解いたミナエルは、軽く肩を竦めながらそれに答える。


「あれ程までに不安定な状態のボードを自由自在に操れるその運動能力は称賛に値しますわね」


「その不安定さがあるから楽しいのさ。なかなか言う事を聞かない不安定なボードを、自分の持てる能力を駆使して操る事の爽快感………ワクワクしない? 自分の運動能力の訓練にもなるしね」


「確かに、下半身の細かな筋肉の鍛錬になりそうですし、何よりバランス感覚が研ぎ澄まされそうですわ」


 と、そこでようやくトゥアンが追い付き、地面に降り立ち膝をつく。


「ふ、二人とも速過ぎですぅ…………」


「トゥアンも速くなったじゃないか。飛行の制御も上達してるし。自分自身に掛けて使う飛行魔法と違って、物に飛行魔法を仕込むやり方は、使い手の運動能力も高くないと制御が難しいのに、あの速度にそれほど離れず付いて来れたし大したもんだよ」


「そうですわね。正直、出遅れのハンデが有りながら、これほど早く追い付いてくるとは思いませんでした」


「えへへへ………って…………そそそう言えばふふ二人とも、放置プレイなんて酷いじゃないですか!」


 二人の言葉に、照れていたトゥアンだったが、その前の自分に対する仕打ちをハッと思い出し、頬を膨らませて抗議の声を上げた。


 それに対して二人は目を合わせ『何だ気付いちゃったのか』とでもいった感じでため息をついて、


「いやだってトゥアンだしね」


「ですわよね。トゥアンさんですし」


「どどどどどういう意味ですかぁぁぁぁぁ!!」


結局トゥアンを落として肩を竦めるのだった。


「まぁ、それはこの際どうでも良くてさ。トゥアンは物体付与式の飛行魔法であれたけ飛べるんだから、この俺のボードも、簡易的な術式を上手く組み込めば使えるようになるかもね」


「いい今の流れでそう言われると、びび微妙に反応をかえしづらいですが、ここはだだ騙されておくとします」


「称賛は称賛として受け取っとけよ」


「そんな事言っちゃうなら、あああたしにもそのボードを作って貰えるんですかね? もも勿論お金は払います」


「金払うなら作ってやるよ。多分、トゥアンのロッドより、効率良い飛行媒体になると思うし。ただ、これは今回は地面スレスレを飛んでるけど、ホントは空高く飛ぶように作ってる。空中での操作はもっと難しくなる筈だから、扱うにはかなりの技術が必要だ。ちゃんと練習しろよ?」


「そそそそれは勿論!」


「大体、この手の事は一人でやっても対して盛り上がらんし、競争相手がいた方が楽しいんだよね」


「そういう事なら、わたくしにも作って下さいませ!!」


「いや、アンタは自前の飛行魔法で十分だろ? 俺は飛行魔法使えないし、トゥアンはマナ量の関係でアンタほど飛行魔法を自由自在に操れない。だからこそ、魔法と物理現象を組合せたハイブリッドな方法でだな………」


「そんなことはどうでも良いのです! あのような楽しげな行為…………あなた方だけで独占しようなどと不届き千万! 是非わたくしにも試させて下さいませ!!」


「…………アンタも取り繕わなくなって来たな…………まぁ良いよ。確かに俺等だけで独占しても広まらなければ意味ないし」


「ど、どういう意味ですか?」


「俺としては、やる人が増えて、競技として成り立たせたいんだ。その方が、より高品質な飛行魔導ボードを作るため、飛行術式と本体の技術革新が進むだろうから」


「競争相手を作り上げる事で、各種の技術革新を推し進めたい訳ですわね?」


「そーゆーこと。そうと決まれば…………あ、その前に、トゥアン?」


「は、はい、ななな何でしょうか?」


「土魔法でジャンプ台作れない?」


「じゃ、ジャンプ台ですか? 何の為に?」


「ジャンプ台から飛び上がる事で、その力を利用した滑空状態を作り上げ、そこから飛行へと繋ぎたいんだ」


「な、なるほど………ち、地形を変えることになるので、あああたしではちょっとマナが足りないかもしれないですぅ」


「そっか………」


「そういう事ならわたくしが作りましょう。どの辺りに作ればよろしいのですか?」


「んー…………この丘陵の頂上付近のやや勾配が急な所かな?」


「それではそこまで参りましょうか」


 そうして三人は連立って、再び頂上へと向かったのだった。


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