第45話 研究者は喧嘩友達の気持ちを慮る


 そして更に3日後。


 三人は、それぞれに意匠を凝らした装飾済み魔導ボードを小脇に抱え、再び例の丘陵地の頂上へとやって来ていた。


 ロイフェルトは青系をベースとした本体に無駄にリアルな風神雷神のイラストが描かれてたボード、ミナエルのボードはベースを黒とした本体にベラントゥリー公爵家の家紋が描かれ、トゥアンのボードは目が痛くなるような蛍光ピンクに濃淡ピンクの無駄にグラフィックスな水玉模様が描かれている。


「さて……またあれから色々と問題続出だったけど、何とかここまで漕ぎ着けましたな」


「ろろろロイさんがそんなイラストを描こうと思わなければ、ももももう一日早く仕上がったと思うんですが……………」


「風神と雷神は譲れんのだ!! 大体お宅等も俺に対抗して無駄に綺麗に仕上げてるじゃないか」


 ロイフェルトの言葉に、ミナエルとトゥアンの二人はつつーっと視線を外す。


「…………まぁ、その事・・・は置いておいて、飛行術式の分解と再構築は今後の課題ですわね」


「とと『飛ぶ』という現象が、いい如何に多くの工程の上でななな成り立っていたのかをの当たりにして、しょしょ正直気が遠くなりましたぁ…………」


「わたくし共が飛行魔法を使用する際は、言ってみればただ既製の呪文を詠唱したり魔法陣をなぞれば良かった訳ですからね。今まで使っていた術式のどの部分を使用して、どの部分を切り捨てるのか…………どう組み合わせればこちらが望む結果を得る事が出来るのか…………あまりに多くの術式が組み込まれていたために、術式の分解は困難を極めておりますしね」


「ろろロイさんが言ってた流線形と揚力? とやらの理論もいいいいいまいち理解不能でしたし…………」


「まぁ、取り敢えずはボードと地面の相対距離を固定して、浮遊する所までは何とかなったんだから、後はその相対距離固定の反発力を利用して前に進むエネルギーを生み出して…………そこまで出来ればボードの形が流線形だから勝手に揚力が生まれると思うんだよね。それを体感した上で、もう一回術式を考え直せば良いと思う」


「そそそう言えば、ロイさんもああ新しく作り直してましたがなな何故ですか?」


「二人に作ったボードに近い性能のボードを作ったんだよ。俺のボードだと、マナの操作性が良すぎて全く別の乗り物になっちゃうから」


「そそそそれはつまり、あああたしと一緒に並んですす滑りたいとの意思表示ですね…………グヘグヘグヘ…………」


「このボードは、多くを積まず最低限の性能だけを組込むに留めたプロトタイプ型の魔導ボードと言う訳ですか?」


「そういう事。まぁ、改良するには少し時間が掛かるだろうから、完成までこれで操作の練習しとけば良いよ」


「まままた放置ですかぁぁぁぁぁ! …………あ、でも放置されるとそれはそれで心地良く感じ始めた自分がいますぅ」


 てへっと頬を赤らめるトゥアンの様子に、ゾゾッと背筋に悪寒を感じたロイフェルトとミナエルの二人は、つつーっとトゥアンから視線を外し、取り敢えずは本人の希望通りに彼女を放置する。


「んじゃ行こっか…………」


「そうですわね…………『内なるマナよイーサマーナ』…………」


 始まる前からの疲労感に肩を落としながら、二人はボードを地面におろして装具に足を乗せると、それぞれその装具にマナを送り込んだ。


 マナが送り込まれたその瞬間、ミナエルのボードはふわりと浮遊し、ロイフェルトのボードは地面との間にスライムでも挟まったかの様にぐにゃりと浮いた。


「…………この術式を神代文字を使ってボードに刻み込んだのもロイさんでしたわね。そこまで出来るのに何故ロイさんに魔法が発現しないのか不思議です」


「この世界の神様に嫌われてるのさ、俺は」


 そう言って、滑り出すロイフェルト。そんなロイフェルトの後を追い、ミナエルも動き出した。


 ミナエルが後ろ足を軽く踏み込むと、そこに生まれた反発力が後方へと流れ出て、ボードが前へと滑り出す。


「……貴方が別の世界の住人だとのお話しは伺いましたが…………ぁ……あ………あ…ああああぁぁぁぁぁ……………」


 速度の調整に失敗し急発進状態になったミナエルは、なんとかバランスを保とうとワタタワタタと手を振り回す。


「プッ………ぁ…………ちょ! ま、まて! 待てって!」


 あっと言う間に自分を追い越し、素人感丸出しで遠ざかるその様子に、ロイフェルトは一瞬抑え切れずに吹き出すが、直ぐにそんな場合じゃないと思い直して慌ててミナエルの前へ出ようとスピードを出した。


「きゃ! と、ととと止まれな…………あ! きゃぁぁぁぁぁウプッ!」

「おっと…………」


 なんとか追いつき前に回り込んたロイフェルトが、ミナエルを抱き留める形で受け止める。


「ふぅ…………って、暴れるなって!」

「ちょちょちょちょちょっと! なななななななな、だ、誰の許しがあってわたくしを抱き締め…………は、放し………んきゃ!」


 ロイフェルトの胸元に顔を埋める形になっていた事に気付いて混乱し、慌てて離れようともがいていたミナエルだったが、突如スンッと我に返ったロイフェルトにポイッと投げ捨てられて尻もちをついた。


「ちょ…………女性レディを投げ捨てるとはどういう了見ですか?!」


「離せと言ったのはアンタだろうが。俺は言われた通りにしたまでだ」


「そ、それはそうかも知れませんが………」


 そうブツブツと愚痴りながらなんとか立ち上がろうと試みるが、まるで生まれたての子鹿のようにプルプルと震えるのみで立ち上がるには至らない。


「…………何やってんの?」


「見て分からないのですか?! 立ち上がろうとしているのです!」


「いやまぁそうなんだろうけどね………まさか完璧人間のアンタが、そんな状態になるとは思わなかったよ」


「クッ…………屈辱ですわ…………まさか、両足を固定されたこの状態が、これ程までに不自由であるだなんて…………何故ロイさんはそれ程までに自在に動けるのですか?!」


「まー、俺の場合は慣れもあるかな? 子供の頃からこの手の事は得意なんだ」


「ならば、わたくしも直ぐさま慣れてご覧に入れま……す…………わ?」


 ふと視線が向いた先から滑り降りて来る人影に、ミナエルはポカンとした様子で口を噤んだ。


 視線の先の人影はトゥアン。彼女はロイフェルトと見比べられても遜色のない、見事な動作でボードを操っていた。


「…………たしか彼女も、お初めての筈でしたわよね?」


「うん。そのはず。でもトゥアンだからなぁ……」


「どういう意味ですの?」


「アイツ、ああ見えて身体的なスペックは高いんだよね。筋力と持久力は無かったけど、運動神経や反射神経がすげー良いんだ」


「…………そう言えば、先日の早朝訓練の際もお見事な体捌きでしたわね」


 そこまで話した所で、トゥアンが追い付いて来る。


「ふふふ二人とも酷いですぅ! な、何も本当に放置プレイしなくても…………って…………ど、どうかしましたか?」


「いや、初めてボードに乗った割には転びもせず上手く降りてきたなーと」


「ああああたし、ろろろロイさんがボードを操作している所をなな何度も見てますので………」


 その言葉にロイフェルトはため息を、ミナエルは微かに眉目が顰められる。


 つまりトゥアンはロイフェルトのボード操作を見ただけで覚えたと言っている訳だが、トゥアン本人はその凄さに気付いていない。


 その二人の反応に、「え? え?」と挙動不審に陥るトゥアンを余所に、ロイフェルトとミナエルは無言でボードの練習に戻る。


「ちょちょちょちょっとロイさん?! みみミナエル先輩?! それってどういう反応なんですか?! あああああたしはどう反応すれば良いのか…………ちょ、二人共待ってください! いいい一緒に練習して下さいよぉ…………」




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 その後、数時間に及ぶ特訓の末、ミナエルのボード操作も上達し、なんとか面目を保った。


「まぁ、今日、初めてボードに乗ったのに、たった一日でここまで乗りこなせる様になったんだから流石だよね」


「………あまり褒められた気がしませんわ」


 既に、スノーボードで言う、オーリーやノーリーの様な飛び上がるトリックも難なくこなせる様になっているトゥアンを眉を顰めて見ながら、悔しげにそう零すミナエル。


あれ・・を基準に考えたらいかんよ。大体、これからやるのはボードを飛行させる事であって、こんな地面スレスレを滑る・・事じゃないだろう」


「それは分かっておりますが…………」


「実際に飛行させた後に、魔法を使って操作することになるんだから、その取捨選択を瞬時にこなす事の方がずっと大変なんだし、それはアンタの領分だろ?」


「分かっておりますわ! そちらでは絶対負けません!」


「いや、何に対する対抗意識よ……まぁ、やる気があるならそれに越した事はないけどさ。んで…………飛行魔法に関して少しは煮詰める事が出来そうなの?」


「それに関しては既に幾つか考察しております。特に、ロイさんの仰っていた揚力・・に関しては、体感する事も出来ましたので、魔法によって安定した揚力・・を生み出す事も出来ると確信致しましたわ。飛行ボード本体の周囲の気流を巡回させる魔法を作り出せれば、少ないマナで長時間飛行する事も可能になる筈です」


「その魔法、作れそう?」


「愚問ですわ。難しいのは気流をボードの周囲に限定して自分の望み通りに周回させる事ですが、今回揚力・・を体感できたお陰で、飛行魔法のどの部分を流用すれば良いのか、方向性が定まりま…………な、なんですの?」


 まじまじと見つめてくるロイフェルトの様子に、少し我に返ったミナエルは、軽く赤面しながら視線を逸してそう問い掛けた。


「いや、前から思ってたけど、アンタ魔法好きだよな?」


「当然ですわ。でなければ、この学園で魔法を学ぼうなどと思いません」


「なんつーか…………『好き』のレベルが明らかに他の人と違うっていうか…………アンタ、騎士の家系だろ? その割に、剣を扱ってる時と魔法の話をしている時じゃ、明らかに目の輝きが違うだろ」


「…………そうですわね。正直、剣よりも魔法に重きを置きたい…………寧ろ魔法の研究に全力を注ぎたい。それが本音ですわ。騎士公爵家に生まれた以上、叶わぬ夢ではありますが」


「すれば良いじゃん、魔法の研究。自分から自分自身の可能性を狭める事もないんじゃね?」


「わたくしは騎士公爵家に生まれた事を誇りに思っております。また、それによって将来を定められる事にも納得はしているのです。ですが、人間である以上、ごく稀に違う自分が顔を覗かせる事もあるのですよ」


「分かんねぇなぁ…………アンタ、明らかに魔法に関わっている時の方が、活き活きしてるように見えるんだけど」


「身分を歯牙にもかけない貴方ではお判りにはなれないでしょう。貴族の家系に生まれるという事の意味を…………これはある意味呪いですわ。血脈に……魂に刻み込まれた貴族の誇りが、それ以外・・・・になる事を許してはくれませんの。わたくしの場合、王家を守る剣である事を幼少の頃より叩き込まれました。魔法はその『剣』の一部でしかないのですわ」


「アンタはそれで良いの?」


「良い悪いの問題ではないのです。わたくしは騎士公爵ベラントゥーリー家に名を連ねる者として、王家の剣である事を義務付けられているのです。ですが……そうですわね。自由に生きる貴方の事がほんの少しだけ羨ましく思う自分がいる事も事実です。ですが、それに流される事をよしとはしません。流される事を恥と思うのがわたくしです」


 そう言って微笑むミナエルの笑顔が少し寂しそうに見えるのは、自分の見間違えではないと確信できるロイフェルトなのであった。

































「あ、あれ? ろろロイさん? ミナエル先輩? ええ?! い、いない? 嘘?! いつの間にこんな時間?! ももももしかして置いて行かれた?! ヒィィィィィン、カムバックロイさぁぁぁぁぁん……………」


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