第43話 研究者は三徹の果てに魔導ボードを完成させる
そして3日後…………
「と、言う訳で紆余曲折の果てにボードは完成したわけだが…………」
「な、何が『と、言う訳』なのかわわ分かりかねますが、たたた確かにボードが完成していて驚きです」
「あれ程までに話しを引っ張り続けておきながら、実にあっさりと完成までこぎ着けましたわね」
「何を言う。水面下では気が遠くなるような細かい調整に次ぐ調整で、俺は身も心もズタボロになりながらだなあ……」
「ず、ズタボロどころか、授業も出ずにほほほ殆ど研究室に詰めっぱなしだったにも関わらず、しゅしゅ終始『ウヒョヒョキヘヘ』と薄気味悪い笑い声を上げ続けるほどにごごごご機嫌だったと記憶しておりますが……」
「わたくし共が準備していたものですからお食事もしっかりとお摂りになられ、睡眠不足を除けば寧ろ健康状態は良好なのではありませんか?」
「うむ。あれが美味かったのは事実だ。そこに異論はない。確かに身体的に健康状態は良好と言えよう」
「『あれ』? 今『あれ』と仰っしゃいましたか? 『あれ』と仰るからには、『これ』も存在し、その双方を比較して優劣があったと理解して問題ありませんわね?」
「ああああたしが作ったお弁当を食べた時の方が『美味しい』の声が大きかったと言う事は……」
「お待ちなさい、トゥアンさん。それは錯覚です。まぁ、事実として、『美味しい』の返答が多かったのはわたくしの方でしたが」
「ちょちょちょちょちょっと待って下さいミナエル先輩! そそそれはどう考えても、『美味しいですか?』の問い掛けが、ミナエル先輩の方が多かったからですよね?! たた食べた時の反応では、ああああたしの方を食べた時の声の方が明らかに1オクターブ高かったです!」
「ですからそれは錯覚です。そもそもそんな不確かなもので勝敗を決するのは如何なものでしょうか? 『美味しい』の数をかぞえる方が優劣を見極める上では確実ではなくて?」
「そそそそれは露骨な印象操作です! ろろろロイさんそこんとこどうなんですか!!」
「そうですわね。やっぱり本人にしっかり判定して頂かないと」
「あ、い、いや……」
珍しくそうゴニョモニョと言い淀むロイフェルト。
この3日間、ミナエルとトゥアンはそれぞれ弁当を作って研究室へとやって来て、部屋に踏み入れたその瞬間お互いに顔を見合わせ互いの持ち物に目を向けると、我先にとその弁当をロイフェルトへと突き出して、いつの間にか二人の料理合戦へと突入していたのだった。
ミナエルは貴族のご令嬢としては珍しく、自ら料理する事が好きで、ストレス解消の為に突然料理し始める程だ。トゥアンは、実家ではそれ程料理に関わってはいなかったのだが、研究者気質が上手く合致したのか最近料理に目覚め、邪な思惑も重なって研究室に度々作った料理持ち込んていた。
そんな二人にズイッと弁当を差し出されれば、いくらロイフェルトと言えども黙って食せざるを得ず、食べたら食べたらで感想を聞かれるので、どれが良かったこれが美味かったと答えたのだが、その言葉選びにも細心の注意を払わねばならなかった。
トゥアンの方は明らかな下心が見え隠れしていたので、幾らでも受け流す事が出来たのだが、ミナエルの方は今までの自分の関係性と彼女が位置する立場を鑑みると迂闊な反応は返せない……と言うのがロイフェルトの考えだ。
ある意味裏表無く言いたい事を言い合える関係にある友人は、ロイフェルトにとっても貴重な存在だったのだ。
ミナエルの最近の歩み寄りが、ある程度の好意から来ているものである事が分からない程、ロイフェルトも鈍くはない。しかし、それを本人が自覚しているのか、自覚していたとして、どこまで深いものであるのか、ロイフェルトとしても測りかねていた。
何故ならロイフェルトは、この学園の在学中は
ウームと悩むロイフェルトだったが、ふとそこで気が付いた。
(何故に俺がそこまで悩まにゃならんのだ)
ロイフェルトは悩んでいた事が阿呆らしくなり、即座に思考を切り替え答えた。
「判定……勝者トゥアン」
「んぐっ………そ、その判定は潔く受け入れましょう。ですがせめてその判定理由くらいは聞かせて下さいませ」
「そう言ってる時点で潔くないと思うけど?」
「トゥアンさんのお弁当も、美味しかったのは事実ですが、わたくしのお弁当が劣っていたとは思えません!」
「み、ミナエル先輩……ロイさんは、じじ実は牛肉派ではなくて、鶏肉派なんです」
「鶏肉……あ! あの『カラアゲ』ですか?! 茶色い塊の……」
「弁当と言えば唐揚げ。唐揚げと言えば弁当だ」
「そそそれと、パン派ではなくライス派で、ああああのライスボール……『オニギリ』というやつが、ロイさんの好物の一つなんですよ」
「つまり、わたくしが負けたのは、ロイさんの好みを把握出来ていなかった事に原因の一因があったという事ですわね……」
「ふふふ……そ、それだけ、あたしとロイさんの間には深い絆が芽生えて……」
「料理そのものは、アンタの方が上だったから、同じものを作ったらアンタの方が勝つんでない? そもそも唐揚げもおにぎりも俺がトゥアンに教えたもんだし」
「そういう事なら、わたくしに作り方をご伝授下さいませ」
「むむむむ無視ですか?! って言うか、みみみミナエル先輩が同じ土俵に上がってきたら、あああああたしに勝ち目なんてあるわけないじゃないですかぁぁぁぁぁ!!」
「ええい、すがりつくな! 大体、他力本願で上に立ちたいとか、考えるからこうなるんだ!」
「ああああたしは上に立ちたいんじゃなくて、ろろろロイさんの隣りに居たいんです! 泥水を……浄水して啜ってでも! 他人の足を引っ張り……そのままへばり付いて引き上げてもらってでも!」
「なんか良いこと言ってるのかと思ったら、そこはかとなく残念なこと言っとるな」
「とても情熱的な告白をされているのかと思いましたが、よく聞けばやっぱりトゥアンさんですわね」
「ああああたしがどんなに情熱的に告白しても、シリアスな空気にいいい一切ならないじゃないですか! あ、あたしの想いを知ってるんですからそこは…………」
「このボード、自信作なんだ。加工にはだいぶ頭を使わされたけど」
「どの辺がセールスポイントなんですの? 形は設計図よりもだいぶ細身になっておりますが………」
そう言いながらミナエルが視線を向けた先には、完成した飛行用魔導ボードがどんと壁に立て掛けられている。テールがやや幅広で平らなスカッシュ状のサーフボードといった形状で、サーフボードとの違いを挙げれば、断面が流線形になっており、テールに行くに従って厚さが薄くなっている点だろう。
「そそそそしてまた何事もなく話し進めてるしぃぃぃぃぃ!!」
トゥアンは頭を抱えてそう叫びながら、床をゴロゴロと転げ回る。床に散乱している実験道具や商売道具に一切触れずに転げ回るその姿は、最早名人芸と言えるまで洗練されていた。
当然のようにロイフェルトとミナエルの二人はそちらには目もくれず、件の飛行用魔導ボードの話が進む。
「本当は
「大霊樹の欠片と混紡糸がセールスポイントと言う事ですわね」
「そーいうこと。大霊樹の欠片は、人の精神と共鳴する働きがあるから『空を飛ぶ』という事象を明確に思い描けるなら、その思考を読取ってボードの操作を楽にしてくれる筈だ。混紡糸の方は、マナの動きに強い指向性と集束性を持たせられるから、マナの消費量の大幅な節約が見込める」
「つまり、操作性が上がるうえに飛行時間を伸ばす事もできる…………と言う事かしら?」
「そうそう。理解が早くて助かるよ」
「…………『空を飛ぶ』……『空を飛ぶ』ですか…………その事象が、いまいち想像できませんわね……わたくしは、飛行魔法で宙を舞いますし……」
「それは、このボードを使って見せてやるよ。飛行魔法を使わずに、自然現象の強化だけで飛行してな」
「ふふふ…………そこまで自信をお持ちなのでしたら、しかと見届けさせて頂きましょう」
ドヤ顔で言いながら飛行用魔導ボードを片脇に抱えて研究室を出て行くロイフェルトと、その後を追うミナエル。
そして…………
「まままままた置いてけぼりですか?! 少しはあたしに興味持って下さいよぉぉぉぉぉ!!」
半泣きのトゥアンが、二人の後を追って研究室から飛び出して行ったのだった。
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