第33話 研究者は刺突姫とガチでやり合う


 目を瞑るロイフェルトの気配が一変し、次いで何かが彼の周囲を侵食していく。


鎬流闘法しのぎりゅうとうほう 始界しかい 纏い鳳仙花まといほうせんか


 聞き慣れない言語の羅列を口から紡ぎ、ロイフェルトは目を開く。


 無造作に肩幅に開かれた両足は、一見すると棒立ちで、とても戦闘態勢には見えないが、その実、余計な力が入ってないのでどんな不意打ちにも対応できる態勢である事を共に訓練を重ねていたツァーリは知っていた。


 一度パチンと胸の前で合わされた手のひらは、指先だけを軽く合わせて手のひらを軽く開き、三角形を描いている。まるでその中に何かを溜め込もうとしているようだ。


 ロイフェルトはゆっくりとその両手を解いてだらりと降ろした。


 益々無防備に見えるその姿に、しかしツァーリには戦慄と歓喜が湧き起こる。


「ふは……ふははははは……」


 無防備などではない。これは無駄・・が無いと言うのだ。体中から力みが消え、自然体・・・で立っている。


 迂闊な特攻は、全て受け流されてしまう事は想像に難くない。


 だが……


「くくく……くはははははは!!」


 ツァーリは哄笑を上げると、右足を後ろに引きながら上体を半身に開き腰を落とす。


 右手に持った木刀をこめかみ高さまで持っていき、弓を引き絞るように後ろに引く。


 対となる左手はロイフェルトに向かって突き出され、その指先がロイフェルトに向かって伸びている。狙ったロイフェルト獲物は逃さないと構え・・で示して見せているかのようだ。


 受け流されると分かっていても、それ・・から逃げ出すなんて事はツァーリの脳裏には欠片ほども存在しない。


 どんなに動きが洗練されてきても、彼女の戦闘スタイルの根源は体当たりの真っ向勝負だ。エストックの切っ先を攻撃対象に突き刺す事にのみ全力を傾けて来た。


 パリエスヴァリー家秘伝の魔法もロイフェルトとの訓練も、その刺突結果の為の過程に過ぎない。


 ツァーリは更に全身を引き絞り、解き放たれる前の弓矢の如く力を溜める。


 ロイフェルトはそれを見てその顔に苦笑を浮かべるが、恐れを抱いているわけでもなく、静かにツァーリが動くのを待ち構えている。


 ロイフェルトの戦闘スタイルの本質は後の先だ。相手の出方に合わせて千差万別に戦術を変えるのが彼の真骨頂。


この・・奥の手を見せる以上、自分自身の最高・・を以て、アイツの全力を受け止める)


 会場中が静まり返り、誰かがゴクリと息を呑むその音でさえも響き渡りそうなほどの静寂がその場を支配する。


 しかし、ツァーリとロイフェルトの二人には、そんな周りの様子など、既に意識の彼方へと追いやられ、お互いの姿しか……お互いの存在だけしか認識・・できないほどに集中していた。


『……雷霆よラティアース……』


 先に動いたのは、やはりツァーリ。


 唱えた魔法は『加速クワース』との相性がすこぶる良好な雷属性の魔法だった。


 全身に雷を纏い、加速力を増しつつ刺突に魔法属性を持たせることができる、まさにツァーリの為にあるような魔法だ。


 ツァーリは、引き絞った全身のバネを刺突に乗せ、まさに解き放たれた矢の如く一直線にロイフェルトに向かって特攻をかける。


 ヒュンと風を切り、音すら背後に残して放たれた刺突は、ロイフェルトの胸元を穿つかに見えたが、刺突を放った本人であるツァーリ自身が、そうならない事を瞬時に悟った。


(これは……風壁?!)


 木刀の切っ先が、ブォンと何かと擦れあう音を微かに響かせながら無理矢理にそらされると、ツァーリは直ぐさまそう結論付ける。


雷槌ラティーツ!!』


 ゴォォォォォンという轟音と共に雷撃がロイフェルトに襲いかかるが、それも彼を避けるように受け流されていく。


(そうこなくては!!)


 魔法の気配無く繰り広げられた目の前の現象に、ツァーリは戦慄ではなく興奮を覚えながら次の攻撃の為の行動に移る。


 対するロイフェルトには、実は余り余裕が無かった。


 ツァーリの攻撃が速すぎる上に雷属性のオマケ付きで、今のままでは直ぐに対応し切れなくなるのは目に見えていたからだ。


(『始界しかい』じゃダメだ……更に深く能力ちからを搾り出さなくちゃ……)


 ツァーリの姿が掻き消え、立て続けに死角から刺突が繰り出されるが、自分のマナを融合させた空気を張り巡らせた結界でなんとかその切っ先を逸らしていく。


 しかし一撃ごとに威力が増していくその刺突とドーンドーンと鳴り響く雷の連撃を、ロイフェルトは次第に逸しきれなくなっていた。


 ツァーリの動きにも付いて行けず、結界の力だけでなんとか凌いでいる状態だ。


 そして、直撃はなんとか避けているものの、遂に彼女が放つ刺突の衝撃が、結界を乗り越えロイフェルトの肉体を掠め始め、身体のあちこちに裂傷を生み出していた。


 ロイフェルトの結界に慣れ、どの角度から刺突を放てば彼の結界の景況を最小限に留めておくことが出来るのか、ツァーリは行動をもって自分の肉体に刻み込んだのだ。


(なんつー戦闘センス。たったこれだけの時間で『始界しかい』の結界術、『柳百花やなぎひゃっか』を攻略し始めやがったよ……)


 ロイフェルトは内心舌打ちしながら、『始界しかい』の更に奥底に意識を落とし込んでいく。


(思考は電気信号だ。その電気信号にマナを乗せて侵食・・させる感覚で……)


 ツァーリの刺突を受けながら、ロイフェルトの思考は加速・・する。


 肉体を廻る微かな電気信号を、人間の能力の限界を超えて探り出し、身体の隅々まで……脳の深部まで自分の支配下に抑え込む。


(よし……準備オーケー)


鎬流闘法しのぎりゅうとうほう 深界しんかい 紫電徒花しでんあだばな……』






















「なんじゃ? 急にロイフェルトの動きが変わったぞ?」


「そうですね。ツァーリの動きについて行けなくなっていた筈なのに、急に上手く対応し始めました」


「動きが良くなっているのは確かですが、それより動きそのものが最適化され始めてるように見えますね。迷いが一切なくなってる」


「ツァーリの動きを読み始めたということかの?」


「わたくしには、何が何やら……」


「ああああたしもですぅ。は、早すぎますよツァーリさん……それに対応してるロイさんもどうかと思いますが……そそそそそれよりこの対戦、いい一般公開してもおおおお金取れる対戦ですよ! いいい1年生だけで見るのはももも勿体無いですね……」


「うむ。2年のミナエル雷帝が、なんとかこの対戦を見ようと色々画策していたらしいが、叶わなかったらしいの」


「ウチのティッセも残念がってましたわね」


「二人の実力を知っている人間にとっては、興味が惹かれないはずはない対戦ですしね。それよりロイフェルトくんの防御障壁はどうなってるのでしょう? ツァーリの雷撃を受け流しているところを見ると、風魔法の結界が張られているように見受けられますが……」


「じゃが、ロイフェルトは神聖言語も神代文字も用いておらん」


「さっきの言葉が魔法発動の為の呪文でしょうか? それなら世紀の大発見ですわ。教会が黙っていないのではないでしょうか?」


「本当に新しい魔法発動源であればな。じゃが妾にはあの言葉・・・・を口に出す前に、既に術が発動していたように見えた」


「俺にもそう見えました。いずれにしろ、ロイフェルトの本気・・を見たければ、あの状態になるまで追い込まなくちゃならないみたいですね」


「拗ねるでない、スヴェン」


「っ!!」


「おそらくロイフェルトは、あの・・能力ちからをこの学園で他人に見せるつもりは無かった筈じゃ。ツァーリ・・・・だからこそ、あの姿を引きずれ出せたのじゃ。自称・・友人では無理であろう。うむ。友人とはいったい何なのであろうな? どう思うスヴェン」


「…………」


「すすすすスヴェン様! おおおおお気を確かにぃ!!」


「姫様も煽らないでください……男心は拗れると、女性以上に脆く崩れるんですよ!」


「……シクシクシク………」


「へ?」


「トドメの一撃じゃな。ニケー、お主案外えげつないのぉ……」





















(なんだ? 私の刺突が受け流されるのではなく……受け止められている?)


 ツァーリの刺突は、初めはロイフェルトの周囲に張り巡らされていたらしき空気の膜のような障壁に受け流されていたのだが、それを踏まえて受け流されない角度と力で刺突をねじ込むことでその障壁を打ち破り始めていた。


 それが急にロイフェルトの動きが変わり、刺突の出鼻を抑えられ始め、受け流すのではなく受け止め弾くように変わったのだ。


(ロイの動きが早くなっているのは確かだが……これは……私の動きを読んでいるのか?)


 良くない兆候に、ツァーリの動きに迷いが出始める。


 ツァーリの使う『加速クワース』は、あくまで動きそのものを加速する魔法だ。刺突を放つその出鼻を挫かれれば、速度も威力も半減してしまう。


 このままの間合いで戦うべきか、一旦仕切り直すべきか……そのツァーリの迷いを正確に読み取り、ロイフェルトは防御から攻撃へと瞬時に転じる。


「クッ!?」

「ヒュ」


 咄嗟に飛び退こうと動くツァーリに向かって、短く息を吐き出したロイフェルトが勢い良く右拳を突き出した。


 蹴り足となった左の足元の石畳に蜘蛛の巣状のヒビが入り、その衝撃が肉体を通して右の拳へと流し込まれる。


 踏み足と拳撃が同じ右となり、身体ごとぶつかってくるような攻撃に、ツァーリは咄嗟に半身となり回避を試み、そしてそれは半ば上手く行く。


 しかし……



ビシッ



 踏み足である右足が石畳を打ち据え、同時にロイフェルトの周囲の空気が螺旋を描きながら右の拳に流れ込み、そして……


「ガハッ……」


 弾けた。


『……鎬流闘法しのぎりゅうとうほう 臨界りんかい 乱れ梅花みだればいか……』

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