第32話 研究者はかつての自分に踏み入ることを決意する
「ふふふふふ……ロイよ……待っていたぞ、この時を……」
「ちょちょちょちょっと待てツァーリ! 先ずはその殺気を引っ込めようか?! こ、これは只の訓練のはずで、そんな殺気立って相対して良いもんじゃないだろ?!」
「ふむ?
「今、変なルビ入ってたよね?! 訓練だよ! く・ん・れ・ん!」
「だから
キラキラと良い笑顔を煌めかせながらエストック型の木刀を構えるツァーリの様子に、もう何を言っても無駄だと悟ったロイフェルトは、大きく溜息を吐きながら小太刀ほどの長さの木刀を腰のホルダーから抜き放ち、右腰脇で木刀を備える、所謂脇構えに似た形の構えを取った。
「ウム。それでは場も温まったようだな。存分に
「いや、
「……ウム。それでは始め!」
「だから話を聞け……」
『
「皆までさせるか!!」
ツァーリの詠唱が完結する前に、ロイフェルトは脇構えのまま踏み込んで、瞬時にツァーリの間合いの内側へと踏み込んだ。
その速さで10の距離を0に出来るツァーリ相手では、離れた間合いはロイフェルトの不利になるのだ。彼女の特徴を踏まえた上で、更に攻撃力を少しでも削ごうとするならば、クロスレンジの更に内側、超近距離戦がロイフェルト唯一の勝機が望める間合いである。
虚を突かれた形のツァーリであったが、彼女は慌てる事なく、廻り始めた体内のマナから一つの術を立ち上げる。
『……
ロイフェルトの瞬間移動したかと見間違えるような瞬歩法からの鋭い逆袈裟切りは、あっさりとツァーリの魔法の障壁に防がれる。
ロイフェルトは直ぐさま切り返し、防がれたその反動を利用して更なる攻撃を試みるが、それより早くツァーリの魔法が完成していた。
『
瞬間、ロイフェルトの視界からツァーリの姿が掻き消える。
ロイフェルトは殆ど勘だけで頭を傾げつつ膝から力を抜いた。
膝から力の抜けたロイフェルトの身体は傾げ、一緒に傾げた頭の横……正確にはこめかみの辺りをツァーリの刺突が通り過ぎる。
完全には躱しきれなかったロイフェルトのこめかみに、焦臭いにおいと火傷のような裂傷が穿たれるが、それに構わずツァーリに向かって左脚での蹴りが放たれる。
しかしそれもツァーリの『
「っ!?」
同時に放たれた右上からの片手袈裟斬りがツァーリに向かって振り下ろされる。
ツァーリはそれを何とか躱し、刺突の牽制を入れながら飛び退き間合いを取った。
「ふう……フフフフフ……」
「……渾身の『双竜』も無傷で凌ぐのか……勘弁してよホント……」
蹴りと同時に斬撃を見舞う自分の渾身の一撃が、あっさりと防がれた事にげんなりと肩を落とすロイフェルト。
「いや、今のは危なかった。
そう言いつつ更に構えを取るツァーリに、ロイフェルトは溜め息をもって応える。
二人が相対しているのは、学園内の訓練場だ。しかも何時もの集団訓練を行う広い訓練場ではなく、闘技場のような見る事を想定した訓練場だった。
獲物は木刀だが魔法もありの戦闘訓練で、この場を対決の場と定めていたツァーリの要請で、ロイフェルトが相対している。
因みに他の学園生は疎か教師もギャラリーとして集まっており、さながら闘技大会のような様相となっていた。
このところ急激に実力を伸ばしているツァーリが、そのきっかけとなった因縁の相手であるロイフェルトと対決する事になった事で、学園中の話題となったのだった。
平民風情と蔑みの対象であるロイフェルトが無様に叩きのめされるところを目にしたい貴族の子息令嬢達や、同じ平民階層のくせにとやっかむ同じ平民階層の生徒達、二人の関係を知っており純粋に優劣を見極めたい二人の身内とも言える友人達や、中立の立場で興味の赴くままな教師達が駆け付け所狭しと観覧席を埋め尽くしているのを見て、ツァーリはともかく出来れば手の内を明かしたくはないロイフェルトが、肩を落とすどころか、手と膝を地面に突いてガックリと項垂れたのはココだけの話だ。
学校の成績には無頓着で、落第さえしなければ良いと考えているロイフェルトであったので、相手がツァーリでなければ間違いなくとんずらしていただろうが、実は今回だけは逃げるわけには行かない事情が出来ていた。
ロイフェルトは、その
「……良いのか、ロイ」
「何がだい?」
「
「……さて、何の事かな?」
「もう一度聞くぞ? 本当に
「…………はぁ…………」
面白がるようなツァーリの問い掛けと視線に、ロイフェルトは遂に根負けし、大きく息を吐いて一旦構えを解く。
「今回だけだよ?」
「うむ。心得ている」
「終わった後に『まだまだ!』とか言うのは無しだかんね」
「そういう約束だったからな。騎士の矜持に懸けて誓おう」
「……ラーカイラル教官」
「なんだ?」
「
「うむ。おヌシがこの場で本気を見せるというのであれば良かろう。今後、儂の訓練の参加は免除しよう」
その台詞に、会場がざわりとざわめく。
これが、今回ロイフェルトが逃げる訳には行かなくなった事情だった。
ツァーリと本気でやり合うだけだったならば、態々こんな多くの観衆の面前で剣を交える必要はなかった。
ツァーリにしても本気のロイフェルトと戦えるのであれば、別に授業の一環でなくても良かったのだ。正式な手続きを踏めば、授業時間外に訓練場の使用許可を取って戦う事もできたのだから。
実際ロイフェルトは初めはそうしようとして訓練場の使用許可を申請していたのだが、そこに待ったをかけたのがラーカイラルだった。
二人が対決するのであれば、何か起こるか分からないので自分の目の届く場所でやるようにと話をし、渋るロイフェルトに条件を付けたのだ。
つまり、『人の面前で正々堂々ツァーリと本気で競い合い、見事勝利して見せたならば、今後訓練を免除しよう』との条件だった。
大勢の観衆は言ってみれば証人だ。ラーカイラルとしてもいち生徒を贔屓する訳には行かない。条件を達成したければ誰もが認める形で勝利しろと言う訳だ。
ロイフェルトは覚悟を決めると、手に持っていた木刀を腰のホルダーに戻す。
肩幅に足を広げて立ち、両手を胸の前でパチンと合わせて目を瞑る。
意識を向けるのは内なる自分……更に言うなら奥底に閉じ込めていた
体中にマナが廻り、遂には外へと溢れ出す。
溢れ出したマナの奔流が周囲の大気と混じり合い、彼を取り巻く様に纏わりついていく。
『
「なんじゃ、今のは? 聞いたことのない言語であったが……」
「今のは詠唱でしょうか? でも明らかに神聖言語ではありませんでしたわね」
「詠唱と言うにはおかしくなかったですか? 普通、魔法は呪文の詠唱によって現象が引き起こされる筈です。今のは詠唱される前に現象が引き起こされた様に見えましたが……」
「スヴェン、お主にも分からぬのか?」
「俺も初めて見ますね。アイツの周囲の空気は明らかに変化してますが……」
「あああああたしには、ままマナが溢れてロイさんの周囲の空気と混じり合った様に見えます!」
「なる程……どういう原理か解りませんが、風魔法を扱う直前のような状態を保っている様に見えますね」
「魔法の使えぬロイフェルトがか? トゥアンは何か聞いておらんのかえ?」
「ろろろロイさんは、ひひひひ人の事は根掘り葉掘りきいてくる上に、いいい異常なほど察しが良いのですが、ごごごご本人の事になると、いいいい異様なほどガードが堅いんですぅ」
「アイツは俺にもなかなか本心を明かしませんからね。アイツから情報を引き出すのはなかなか難儀な事なんですよ」
「……本心を明かされる事のない者共が、本当に友人と言えるのかのぅ? …………まぁ良いか。見てれば答えは自ずと見えてくるであろう」
ボソリと呟いた第三王女のその台詞に、バッサリと切り捨てられて死に体となったスヴェンとトゥアンなのであった。
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