第31話 研究者は影でコソコソ秘密の特訓に明け暮れる
『
『
一手先に発動されたのはツァーリの魔法。次いで訓練相手が防御魔法を展開する。
ツァーリの魔法は術者の動作を加速する身体強化魔法のひとつだ。
但し、直接肉体を強化することで結果として動きが速くなる一般的な身体強化魔法とは違い、彼女の『
動きが加速されるという事は、それだけ骨幹をなす肉体への負担が大きく、強靭な肉体と強大なマナ、そして獣並の反射神経を併せ持つパリエスヴァリー一族にのみ許された秘術なのだが、実はツァーリにはこれを使いこなすには素養が足りなかった。
反射神経は一族の中でも上位に入る彼女だったが、加速された動きを制御する為の肉体が無かったのだ。女性であるが故に肉体的なハンデがあるのは致し方ない事だろう。
マナにおいても、騎士見習いの中では上位になれても、パリエスヴァリー一族の中では見劣りし、このオリジナル魔法を使いこなすには不十分だった。
実際、彼女の使う『
躱されれば終わりの単発な攻撃は、戦場では恰好の的になる。それ故、彼女の『
しかし、ツァーリはその評価をものともしなかった。研鑽を積み、自分自身の身の丈に合った使用方法でこの魔法を使いこなす事に成功する。
それが彼女の二つ名、
この学園の入学してからは、この刺突を武器に学園内の強者へと登りつめている。同学年では
その中で、今日相対している生徒は、騎士見習いとして騎士団でも何度となく剣を交え、ツァーリに勝てはしないまでも、マナ切れでギブアップする事でギリギリ無傷で対戦を終える事のできる稀有な存在だ。
それは彼の持つ結界魔法、通称『
一見すると手も足も出ていないようにも見えるが、その実、マナ量の増大と結界維持の効率化が実り、最近ではツァーリのマナ切れが先か、彼のマナ切れが先かの勝負となっていて、ツァーリを止める第一候補と呼ばれるようになっていた。
まぁ、実際に止めたのはロイフェルトだったわけだが。
そんな事情もあり、その彼……ケルベルト・フォン・ニアステリアはいつにも増して張り切っていた。
今度こそ
何より平民風情に負けた
ケルベルトは、口元を歪めて結界越しにツァーリを覗き見……ようとしてその姿が瞬時に刺突の構えで目の前に現れ、ギョッとする。
想定以上の速さ且つより洗練された動きで間合いを詰められ、その気配さえ察知できなかった事実にケルベルトは恐怖する。
「ヒィ……」
ケルベルトは恐怖に駆られながらも、自らの拠り所である結界魔法にマナを注ぐ。
対してツァーリは、自らの変化を冷静に分析し、思考へと落とし込んでいた。
『
この所のトレーニングで、ロイフェルト程ではないが自分の肉体を巡るマナに関してはある程度制御できるようになっていたツァーリは、自らの五感全てを支配下におく。
踏み込んだ左足から地面に向かって加重がかかり、その反発が前方へと進むベクトルを生む。
そこに更にマナが注がれ爆発的な加速が生まれる。
加速はそのまま術者であるツァーリの肉体への負荷となって襲いかかるが、体内のマナをうまく潤滑させることで負担を減らす。
加速と同時に、
視界は良好で、対戦相手の表情も、彼が張り巡らせた結界もよく見える。
つまり、心の動揺で結界に過剰なマナが流し込まれているのも確認出来たし、その結界の綻びが何処で見られるのかもハッキリ認識出来たのだ。
後は、ツァーリがその綻びに向かって刺突を放つだけで全てが終わった。
結界は砕け散り、刺突の切っ先がケルベルトに突き刺さった所で勝敗が決したのだった。
ツァーリは、悶絶しているケルベルトには目もくれず、待機している王女一行の元へと足を向けた。
戻る途中で一人の生徒と一瞬目があいニタリと物騒な笑みを浮かべたが、それでも口を開く事はなかく目を伏せその物騒な笑みを引っ込める。
見学していた他の生徒達は、今の戦闘を思い起こして息を呑む。やってる事は変わっていないのに、明らかに動きの質が今までと違っていたのだ。
速くはあっても、言わば雑であったツァーリの動きが、驚くほど洗練されたものになっていた。
これは、彼女の強さが1段階上に昇った事を意味し、これからの彼女との訓練が更に苛烈になる事を意味している。
絶対に死人が出るぞ!
そんな未来を思って……自分自身がそうなるのではないかと恐怖し、一同は心の中で涙をチョチョ切らせるのだった。
「俺……あんな化け物と戦わなきゃなんないのか……」
「いや、今回はある意味自業自得だろ? あんな化け物に育ったのはどう考えてもお前の所為だと思うんだが?」
「そうなんだけどさ……」
「お前らしくなかったよな? 勝ち負けに頓着しない、成績も落第しなけりゃそれで良いって言ってたお前が、あの
「どれも成り行きだったんだよぉ……」
「成り行きって言葉だけじゃ納得行かないな」
「……」
「肩入れし過ぎじゃね? ……俺にはさっぱりだったクセに」
「……スヴェン、お前……そこまで俺の事を……」
「そういう意味じゃねーよ! 分かってんだろうが!」
「えー……ぼくちゃんこどもだからわかんにゃーい」
「……」
「いや、怖いって!」
「……」
「とととと取り敢えず剣柄から手を離そうか!」
「……」
「そそそそその殺気も引っ込めて頂けると幸いッすぅ……」
「……なんで、そこまでアイツに入れ込む」
「いや、別に入れ込んでるわけじゃねえーよ。ただ……」
「ただ?」
「……何でもねーよ」
「何でもねーわけあるか! 俺が何度再戦を申し込んでも受けやがらねぇ! 一緒に訓練しようとしても断りやがる! なのに
「男の嫉妬は醜いぞ♡」
「ダァァァ! 誤魔化すんじねぇ! って逃げんじゃねぇ! 待ちやがれロイ!」
その夜、ロイフェルトはひとり森の中に足を運んだ。
「何でって言われてもねぇ……あんだけ純粋に邪心の欠片もなく求められて、応えない訳にはいかないっしょ……」
昼間のスヴェンとのやり取りを思い出しながら、ロイフェルトはそうひとり苦笑する。
何故かと問い掛けられれば、答えは単純明快だ。
あんなに真っ直ぐな視線でロイフェルトの強さを賞賛し、それを超えたいと願う率直な言葉を聞かされたら、男として応えない訳には行かないだろう。
要するに、ツァーリのことを気に入ったからその求めに応じたまでだったのだ。
それを他人に伝えるのは気恥ずかしい。
いつも世の中を斜に構えて見つめている自分が、打算無く相手の求めに応じた事実を人に知られるのも癪に障る。
「さて……あの求めに応じるなら、それ相応の覚悟を決めなきゃね……今のままじゃ、彼女は満足しないだろう……」
彼女とは当然ツァーリのことで、ツァーリはある程度、自分の能力の一端に、気付き始めている。今のまま戦いに挑んで、あっさり負けたら、彼女を失望させてしまう。
他の誰に失望されようとも、今の彼女に失望はされたくない。
「……ここで試すのは初めてだな……果たして上手く行くかどうか……」
ロイフェルトは、肩幅に足を広げ立ち、両手を胸の前でパチンと合わせて目を瞑る。
意識を向けるのは内なる自分。
視覚に聴覚に嗅覚に味覚に触覚に……五感全てに意識を広げ、内にたゆたうマナの律動を感じ取る。
「……シノギリュウトウホウ シカイ マトイホウセンカ……」
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