第30話 研究者はトンデモ素材を前にしてドン引きされる
晩餐を終え、そろそろお開きの時間となった所で王女はハッと思い出す。
「そうじゃ、忘れておったわ。セードルフ、例の物を持ってきてたもれ」
「畏まりました、お嬢様」
執事と思しき初老の使用人は、王女の申し付けに応じて一旦部屋の外に出ると、布に包まれた何かを手に持って戻って来た。
「こちらで御座いますね、姫様?」
「うむ」
初老の使用人はテーブルにそれを置くと、そっと布を捲って中身を露わにした。
「あっ! それはミスリル銀!!」
それを見て、ロイフェルトは興奮もあらわに立ち上がる。
今までに無いロイフェルトの反応に、王女は誰も気付かない程の一瞬の間にギョっとした表情を浮かべるが、そこは海千山千の貴族達を相手取る事が日常である彼女は、直ぐさまそれを隠して普段から浮かべている不敵な笑みを引っ張りだす。
「出会ってからこれ迄の中で、最も感情が露になったのが、妾達との邂逅ではなくこの金属塊だと言うのは些か附に落ちぬ所じゃが、確かにこれがミスリル銀じゃ。あの時の約定通り下賜しよう」
ユーリフィのその表情の変化に気付かない程ミスリル銀に見入っていたロイフェルトは、彼女の言葉に満面の笑みを浮かべてそれをそっと手に取り、なんと、すりすり頬ずりを始めたのだった。
「ぐへ、ぐへ、ぐへへ……これが天然のミスリル銀かぁ……確かに自然界ではあり得ないほど純度の高いミスリル銀だ……」
普段のロイフェルトを知る一同は、その変質者じみた彼の様子にドン引きしつつ、貴族らしくそれを面に出さずにスルーする。
どちらかと言うと今のロイフェルト寄りの思考を持つ平民階級のトゥアンは元より、万事戦闘以外の事には興味を示すことが少ないツァーリに関しては、今のロイフェルトの変貌を特に気にした様子は無い。
「魔導具の内部組織に使っても良いし、武具の改良に使っても良いし……ぐふふ……楽しみだ……」
「……妾は、金属には詳しくないのだが……」
このまま放っておいては、いつまでも自分の思考に埋没しそうなロイフェルトの様子に心の中でため息をつきながら、ユーリフィはそう切り出した。
「天然のミスリル銀と鉱石より製錬したミスリルインゴットでは何がどう違うのじゃ?」
「この世界における製錬ってのは、加熱溶解処理と高濃度魔素溶解処理の2つを組み合わせた製錬方法なんだけど、どっちにしても製錬したミスリルの内部には不純物が残るんだ。勿論、製錬した人の技量で不純物の程度も違ってくるけどね。でも天然のミスリル銀ってのはそれが無い。不純物がないって事は、只でさえ高いミスリルのマナ伝導率が更に高くなるって事だよ」
「なるほどの。天然のミスリル銀とは言わば結晶体じゃからの。マナを伝導させる際の抵抗力が低く、より効率的にマナを伝導させる事が出来ると言うことじゃな?」
「そーゆー事」
「じゃが、それなら加工の際に不純物が混じり、結果的に質が落ちるのではないか?」
「そこは加工の仕方と職人の腕次第だろうね。腕の良い鍛冶屋やアルケミストなら、高品質を維持しつつ加工するよ」
「職人によりそこまで差が出るものなのか?」
「かなり出るね。もう雲泥の差。姫さんとこは王家御用達の職人が一括して作ってるだろうからあんまり感じないだろうけど、巷に出廻ってるミスリル製と銘打たれた武器や防具のその殆どは、ミスリル製とは名ばかりのパチもんばっかりだよ。本物を手に出来るのは、金持ちかほんのひと握りの幸運な人間だけ。ま、それだけ腕の良い鍛冶職人やアルケミストは貴重だって事なんだから、姫さんとこの職人達は大切にしてあげなよ?」
「おぬしに言われるまでもないわ。それより、そこまで加工が難しいのであれば、おぬしにそのミスリル銀の加工は荷が勝つのではないか? 下賜した物と言えども、貴重なミスリル銀じゃ。無駄とならんか心配になってきたのじゃが?」
「刃物作る自信は無いけど、魔導具の材料として加工するなら俺の得意分野だよ。俺、本職はアルケミストだし」
「スヴェンは、おぬしは自分の武器は自分で作ってると言っておったが?」
「アイツ……何でもかんでも漏らすなよ……んったく……昔、耐久性と切れ味を追求して鍛造製法で自前のナイフを作ったけど、あれと同じ方法じゃミスリルの加工は出来ないんだよね。ミスリルは少し特殊な金属だから。恐ろしく繊細な鍛造技術が必要だし、炉の温度とか水に浸ける時間とか、叩き方なんかにも秘伝の技術があって、広く浅く学んでた俺じゃ手が出ないんだ。それこそ折角のミスリル銀を無駄にはしたくないから、今回はアルケミストとして魔導具を作ろうと思ってるよ」
「どんな魔導具を作るつもりなのじゃ?」
「んー……オリハルコンの材料になる賢者の石が、他の金属と混ぜ合わさる事で様々な性質を持つのに対して、ミスリル銀はマナと交わる事で様々な性質が引き出されるんだよね。これだけ高純度なミスリル銀なら魔石と併せれば最高級の魔法の発動媒体が作れるし、魔獣や魔虫、魔木なんかの素材と併せても面白いかもね。ま、何を作るかは後でじっくり考えるよ」
「出来上がったら一度見せてたもれ。おぬしが関わるとどのような物が出来るか想像できぬのでな」
「えー……」
「『えー』じゃない! 下賜したとはいえ、もとを辿れば王家由来の素材しゃぞ?! 妾にはそれが如何ように使われるのか知っておく義務があるのじゃ!」
「……」(ジトー)
「そんなジト目で見てもダメなものはダメじゃ!」
「……」(ウルウル)
「涙目で見てもダメなものはダメじゃ!」
「……」(プクー)
「可愛く頬を膨らませてもダメじゃ!!」
「……」(テヘペローヌ)
「……貴様がテヘペロってもちっとも可愛くないわ!!!」
「……そ、それで、ロイさんとしては如何するつもりなんですか?」
第三王女邸宅での晩餐会を終え、ロイフェルトとトゥアンは肩を並べて学生寮への帰途についていた。
「んー……あそこで俺のテヘペローヌが通用しないとは計算外だったなー……」
「いいいいや、そこじゃなくてですね……と言うか、そう仰っしゃるということは、ほほ報告する事に忌避感があるのですか?」
「忌避感って言うほどのものじゃないけど、アルケミストとしては、研究内容は秘匿しておきたいものなんだよ」
「で、でも、魔導具を作るのでしたら、出来上がったら売ってなんぼ……じゃないですか? なら、ははは初めに王女様の目に止まるようにしておいた方が、ののの後々面倒がなさそうですけど……」
「だから俺は商売するつもりはないんだって。俺はあくまで
「でででも、色々研究したいのであれば、お金は幾らあってもたたた足りないくらいなのでは?」
「お金に縛られるような
「そそそそれは……た、単純に湯水のように考え無しに研究費を使いまくって、おおおお金が貯まるひひ暇がないってだけでは? む、寧ろ良い研究者には良いぱぱパトロンがつつつ付いていると思いますが……」
「その挙句、そのパトロンとやらに頭を抑えつけられるような状態にされるのは御免だね」
「……ろろロイフェルトさんなら、パトロンからけけけけ研究費を搾り取った挙句に、こここ忽然と姿を消しそうですが……」
「……」
「ヒィッ……なななんでもないですぅ……」
「……その手があったか……」
「へ?」
「そっか、投資させるだけさせて気が済んたら逃げれば良いんだよね」
「ちょちょちょちょちょっと、いいいい今のはじょじょじょ冗談ですから真に受けないでください! そそそんな事されたら、繋がりがあるああああたしが真っ先に目を付けられてしまいますぅ!!」
「なるほど……全ての罪をトゥアンに被せれば無問題である……と」
「ヒィィィィ!! おおおおお願いですからご勘弁下さいぃぃぃ!!」
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