第23話 研究者は変人と変態を伴い森を駆ける
「ふふぁ……」
メイド達が動くのに身を任せ、身支度を終えた第三王女のユーリフィが部屋を出ると、その口から大きな欠伸が吐いて出た。
すると、それを見ていたお付のメイド長が肩を怒らせ、それでいて楚々とした歩き方で近寄って来て口を開いた。
「姫様! 幾ら外からの目が無いからと言って、うら若き淑女がその様に大口を開けて欠伸をなさってはなりませぬ!」
「相変わらず五月蝿いのぉメイベルは……固いこと言うでない。折角、周りの目がないのだ。学園生でいる間くらい目溢ししてたもれ」
「いけません! 王族に連なる者は何時いかなる時でも……」
「妾は王族と言っても末席の更に末じゃ。そんなに目くじら立てる事もあるまいて」
「それでは姫様のお立場が……」
「じゃから、妾は末席の末。これ以上立場が下がることもない。上げるつもりもないのじゃから全く構わんではないか」
「姫様、王族の立場はともかく、男子に幻滅されるのでは?」
そう声をかけてきたのは治癒師のアニステアだ。
「この程度で幻滅する様な
「その様な事を言っていると、いざという時にその
「うむ……それも一理あるの……分かった分かった。今後は気を付ける。それで良かろう? それより……」
呆れたようなメイド長を無視しつつ、ユーリフィはキョロキョロと辺りを見渡し、いつもと違う朝の様子に小首を傾げた。
「今朝はやたらと静かじゃのう。いつもなら聞こえて来る騒音が無いと、何やら不安が湧いてくるが、あ奴はどうした?」
「ツァーリですか?」
そう返したのはニケーで、その隣にはティッセもいる。
「うむ。あ奴は、何かしてても何をしなくともこちらとしては不安が湧いてくるのぉ」
「今日の所は大丈夫そうです。森で一汗かいてくると言っておりました」
「まだ怪我も完全には癒えておらぬというのに……」
「何でも、医学に精通している知り合いに、全く動かない方が却って良くないと言われたそうです。怪我をしている右肘に負担が掛からないように、剣を振るう様な訓練は避けると言っておりました」
「……
「はい。驚くべき事に、本人が納得した上で、しかもきちんと理解もした上での発言でした」
「……昨日は、ツァーリがロイフェルトに突っ掛かっておるところで妾は離脱したの……ロイフェルトの助言か?」
「恐らくは……是非、どうやって
「ニケーは、騙し討のような形で離脱してましたものね。きっと尋ねても警戒されてお話いただけないでしょうね」
「そう言う君も姫様と共にいつの間にか離脱していたではないか、アニステア。だからやむを得ず私は……」
「姫様をひとりにはしておけないでしょう。ニケーが側を離れるのであれば、代わりに
「何時も何時もそうやって、私に面倒事を押し付けて……」
「ニケーあってのチーム。ニケーの犠牲は無駄にしない」
「良い事言われたと思ったら、結局犠牲前提ですか?!」
「うむ」「当然ですわ」「ニケー……ガンバ」
「シクシクシク……」
実はツァーリを除いた4人の中で、1番胸元が
「取り敢えず朝食とするか。ツァーリは……」
「自分で朝食の準備をして食べてから行かれてましたね。胸元も豊満で、料理もでき、実はああ見えてお茶の嗜みもある……女を捨ていらっしゃる筈のツァーリ様が1番女子力高くないですか?」
メイド長の言葉がグサリと心に刺さった4人なのであった。
「さてと……早速始めようか」
「うむ」「は、ハイ!」
「……って言うか、トゥアンも来たんだ?」
「ちょ……さ、最近、あああたしの扱いおかしくないですか?! こここれでも一応、がが学園内の美少女ランキングにも入っているんですから、もう少し良いああ扱いをして頂いても罰は当たらないと思いますよ?!」
「別に他意はないよ。俺とツァーリの訓練に、君がついてこれるか心配だっただけ」
「は、発言と表情が合ってないような気がしますが……」
「ふっ……それは邪推というものだよトゥアン君」
「い、今鼻で笑いましたよね?!」
「さあ、始めよう」
「ムキー!! こ、この扱いに居心地の良さを感じ始めたじじ自分が怖いですぅ!!」
Mっ気を出し始めた
目指すは森に幾つもある小山の1つだ。その小山に向かって途中までは、なだらかな斜面が続いている。
「森の中ってのは足場も悪いし、障害物も多いから、必然注意深くなる。最初は軽く流す程度に走って、慣れてきたら全力疾走するからそのつもりで」
「なる程……なだらかであってもこの傾斜を走れば、訓練場をひたすら走るより、尚効果があるな」
「極力魔法は使わずに、出来れば体中にマナを満たした状態を維持したまま走ると良い。急激な方向転換や飛び上がる時に、何となく足元に意識を向けるようにすると大雑把なマナ操作の訓練になる」
「な、なる程です……《
「《
トゥアンとツァーリの二人が内なるマナへ呼び掛け、体内にマナを循環させる。魔法を使う前段階の状態で、戦闘時にはこの状態から呪文を詠唱し、魔法を構築して組み上げることになる。
「マナに頼り過ぎると筋力強化にならないから気を付けてね」
そう言いながら、ロイフェルトは木々を間をすり抜けるように駆け抜けていく。
ツァーリは、騎士の訓練でこの手の事には慣れているので難なく付いて行くが、慣れないトゥアンは徐々に離されていく。
「ひぃ、ひぃ、ふぅ〜……ふ、二人とも早すぎですぅ……」
「トゥアンは無理せずその速度を維持。あの小山の頂上で折り返して元の場所に集合ね」
「ひぇ〜! りょ、了解しましたぁ……」
ズレる眼鏡を直しながら、重そうな胸元をゆらゆら揺らしてそう返すトゥアン。
(あんだけ揺れてるって事は、体軸がブレブレだな)
無表情に視線を送りながら、不届きなのか適切なのかどちらとも判別出来無いような事を心の内で呟いていると、隣のツァーリも気の毒そうに口を開いた。
「彼女は基礎体力訓練に慣れてないだろうから、私達に付いてくるのは難しそうだな」
「そうだね。トゥアンに合せてたら俺等の訓練にならないから少し飛ばしていこうか」
「うむ! 何かワクワクするな!」
目を輝かせるツァーリに呆れた視線を送りながら、少しずつ速度を上げていく。
ジグザグと木々の間を走り抜け、砂利や岩場も物ともせず小山を登る2人。しかし、流石に疲労してきたのか、ツァーリが肩で息をしはじめた。
「ハァハァハァハァ……流石に身体強化魔法無しで足場の悪いこの山を駆けるのは肉体に
「平地を走る時と障害物を避けながら走る時、それに山を登る時と降りる時はそれぞれ使う筋肉が違う。魔法はそれを忘れさせてくれるからどうしてもそれに頼りたくなる気持ちは分かるけど、基礎的な筋肉の強化が出来ているのといないのでは、実際に魔法を使った時のマナの消耗度が違うし、やっぱりそれなりに鍛えておかないといざという時に困る事になるよ」
「そうだな。今後は魔法を使えぬ状況に陥る事もあるかも知れんしな。鍛えるに越したことはない」
「それと、肉体が疲労した状態でこそ、マナを最大限に意識する事が出来るんだ」
「そう言えば……」
「人間ってのは、極限状態になると、普段感じれないものを感じれるようになる。マナを受動的じゃなく、意識的に感じる為には、まず肉体的に疲弊した状態を作る事から始めたほうが良いのさ」
「なる程……肉体の強化を経てマナ操作の強化への道が開けるわけか……」
「今の騎士課程や探索者課程だと、肉体とマナに関する器官が同時に疲弊して、どちらも中途半端な強化になりがちなんだ」
「肉体とマナを別々に鍛えるという発想は、普通の人間には思い付かない発想だろうしな」
「呪文を使えばマナを操れるし、身体強化魔法さえあれば肉体を鍛える必要も無いからね。わざわざ肉体を虐めたりマナ操作そのものだけを強化しようだなんて物好きな人間は、脳まで筋肉の筋肉馬鹿か、魔法が苦手な人間か、俺みたいにマナ操作に特化した魔術師位なもんだろうさ」
そんな話しをしてる間に、二人は折り返し地点の小山の頂上へ到着する。
「ハァハァハァハァ……こ、これは……凄いな……」
荒い呼吸を整えながら自分の身体を見下ろし、凄みのある笑みを浮かべてそう呟くツァーリ。
それを見て、ロイフェルトは苦笑する。
「いや、そこでその顔は怖いから」
「自分自身がどれだけ魔法に頼りきりだったのか理解出来た。これからは肉体の強化に力を入れるよ」
「その強化されるツァーリの相手を俺がするのか……」
ウンザリと呟くロイフェルトに対し、ツァーリはキラキラと目を輝かせる。
「フフフ……楽しみだ……」
そのツァーリの様子に、肩を落とすロイフェルトなのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます