第22話 研究者は心ならずも変態の汚名を着せられる


「ふはぁ〜……このハーブティも美味しいですぅ……」


 ロイフェルトにしがみつき、なんとかゲットしたハーブティに舌鼓を打ち、ホッと一息いれるトゥアン。


 ツァーリも隣でウンウンと頷きながらハーブティを啜っている。


「それでどうなの? 痴態を晒してまで頑張った甲斐はあったの?」


「ちちち痴態って言わないで下さいよぉ……ロイフェルトさん、あああたしに厳しすぎません?」


「経験則から来る対応だから。君の自業自得だ」


「ウグ……それを言われると…………け、研究の方は順調ですが、もももう少し時間がかかると思いますぅ……」


「まぁ、そりゃそうだね。一日で出来るはずが無い」


「び、微調整に思いの外、時間が掛ってて……さ、探りながらなので、あと2、3日程いいい頂きたいですね……」


「君の商売だ。好きに頑張りな」


「やややややっぱり、ロイフェルトさん、あああたしに冷た過ぎますよぉ!」


「がぁ! だから変態が伝染るから抱きつくなっちゅーに!」


「へへ変態じゃないですもォグフッ……」


「殴るぞ?」


「ひひ肘打ちしながら言わないで下さいよぉ……」


 トゥアンは、打たれた後頭部を押さえながら、ズレた眼鏡越しに恨めしげな視線を送るが、ロイフェルトはなんら関心を見せずに自分のハーブティを啜る。


 そんな二人のやり取りに、興味深そうな表情を一瞬垣間見せるも、敢えてそこには触れずにロイフェルトに問いかける。


「そう言えば、その湯を沸かす魔道具は、どういう仕組みになっているんだ?」


「あぁ、コイツは底に、マナが通ると熱が起こる特殊な金属を渦巻き状に通してあるんだ」


「ほほう」


「このボタンを押すと中で魔石とその金属の端が触れ合って、魔石から金属へのマナの移動が起こる。この魔石はマナが失われると瞬間的にマナを補充しようとする性質があるから、自動的に指先からマナが引き出されてマナが補充される」


「うむ」


「補充されたマナは金属を通ってポットの底の中心部に溜まり、一定時間留まり続けて熱を起こしてやがて消える。その熱を利用してお湯を沸かしてるってわけ」


「そ、それは凄い仕組みですね……」


「いや、仕組み自体は単純だよ。ただ、熱が起こる金属の調合と加工に手間がかかるんだけどね」


「なるほど……加熱の魔法を使うのではなく、結果として加熱される仕組みなわけだな。マナが自動的に抜かれるなら、確かにマナさえあれば魔法の使えない平民でも使えそうだ」


「まぁ、どれぐらいマナを注げばお湯が沸くのかとか、コツはいるけどね」


「ふむふむ……」


 ポットを手に取りじっくりと観察したあと、何かを思い出したかのようにハッとした表情を浮かべ、それを机の上に置いてロイフェルトに向き直る。


「そう言えば、ひとつ聞いておきたい事があったのだが」


「何?」


「ロイと読んで良いか? 実は実家で飼っている護衛犬の名前がロイフェルトと言うんだ。お前の名前を呼ぶ度に申し訳ない気持ちになる」


「犬……犬と同じ名前……」


「護衛犬としては優秀な犬なんだが、ちょっと困った性格でな」


「困った性格?」


「うむ。女好きで、女性の股ぐらに顔を突っ込んで匂いを嗅ぐ癖がある」


「チョット待てゴラァ! 何その俺の名前を語ってそんな羨まけしからん事をする犬!」


「いい今、うう羨ましいって言いそうになってませんでしたか?」


「言ってない。風評被害も甚だしいナ!」


 無表情ポーカーフェイスでそっぽを向くロイフェルトに、ジト目を向けるトゥアンとツァーリ。


「うん。ツァーリが言った事は許可しよう。と言うか、名前なんて好きに呼んでくれていいよ」


「なら股ぐら嗅ぐ男とでも呼んでやろう」


「さーせん。ロイとお呼び下さい」


「ろ、ロイフェルトさんも変態だと言う事で……」


「変態である事を否定する気はないが、既に露出癖を晒し出してる君に言われたくはない」


「ろろろ露出癖なんて無いですぅ!」


「君と出会って以降、俺と君が会合して君が脱がなかった日は無かった筈だけど? そんなんじゃその言葉に説得力無いと思わない?」


「それはなんとも……弁護の言葉も出てこないな」


「…………ホントにぃ……違うんだもーん……」


 視線を外してこめかみから汗を滴り落とすトゥアン。言われてみれば、ロイフェルトの言う通りで、露出癖があると断言されても反論できない。


「なんかおかしいぞ……この中で1番頭のネジがブっ飛んでいる筈の人間が、1番まともな風体を装ってる!!」


「別に装ってはおらんが? 股ぐら嗅ぐ男」


「さーせん。ちょーしこきました」


「まぁ、私は自分を装ったりはしないから、何と言われようと構わんがな」


「クソー! 天然強ぇー! 天然にゃ勝てねー……」


 泣き崩れるように四つん這いになるロイフェルトの横で、トゥアンも四つん這いになって愕然とする。


「こ、これが本物の天然さんですか……よよ養殖物とはひと味もふた味も違いますね……」


 と、収集がつかなくなったところで、今日はお開きになったのだった。















 研究室を後にし、3人はそれぞれ自分の部屋へと足を向ける。


 ロイフェルトは、男性寮、トゥアンは女性寮、ツァーリは第三王女の別邸だ。


「取り敢えず、トゥアンには明日研究室の鍵を渡すから」


「りょ、了解しました! できれば明日中には魔法完成の目処を付けたいですね……」


「あんまり焦らないようにね」


「私は明日からどうすべきか……怪我を癒やすことを優先する事には納得したが、どうも身体を動かしてないとストレスが溜まる」


「怪我した右肘は無理に動かすのはまずいけど、他は問題無いから基礎体力作りでもしたら?」


「……動いて治りが遅くなることはないか?」


「ツァーリの場合、魔法で骨や靭帯はくっついてはいるんだ。ただ、それは接着剤で無理矢理繋げてるようなものだから、完全に元の通りにしたいなら、ある程度動かして血液を巡らせた方がいい」


「うむ、なるほど」


「ただ、右肘に痛みがある内に剣を振るうと、痛みを庇って変な癖が付いたり、他の部分に負荷がかかって別な所に痛みが出る可能性もある。君の場合、剣を持つと加減が効かなくなる可能性もあるから素振りなんかはしない方が良いかな?」


「分かった。……しかし、剣を持たずに基礎体力訓練か……」


「この機会に、身体強化魔法を使わずに動く訓練してみたら? ある程度、筋肉を使えるようにしておけば、その分、実際に身体強化魔法を使った時の効果も増すと思うよ」


「そうなのか?」


「人間って、自分の持ってる筋肉を全部使って動いてるわけじゃないんだよね。普段はほんの一部しか使ってない。それを訓練して常に全ての筋肉を使える様にしておけば、実際に身体強化魔法を使った時に効率が格段に上がるのは間違いないよ。それに、身体強化魔法を使えば訓練を積んだ戦士にもパワーで負けないから、肉体を鍛えずに魔法を補おうって風潮が最近あるけど、やっぱり基本は自分の肉体だしね」


「それは理解できるな」


「強くなりたいなら訓練である程度筋肉を付けてから身体強化する……それが正しい身体強化魔法の使い方だと思うね」


「うむ。それには完全に同意する」


「うぅ……あたしは完全に身体強化を魔法に依存しちゃってますぅ……」


「トゥアンも飛行魔法使ってた時、あんだけのスピードで飛んでたろ? ある程度の反射神経はあると思うんだよね。身のこなしを見てても、それなりに身体を動かす方の才能もあると思うんだけど?」


「そ、そうでしょうか……しょ、正直、身体を動かすことはあまり得意ではない自覚があるのですが……せ、戦闘訓練でもいつも怒られてばっかりですし……」


「それは身体を動かすことに慣れてないからだよ。効率的な身体の動かし方を身につけてから訓練すれば、それなりに戦えるよ」


「うぅ……が、頑張ってみますぅ……」


「あとは、さっきの研究室での感覚を忘れないように、感覚系の強化の訓練もしたらいい」


「それはそうだな。あの感覚を持ち込めたら、戦闘が何倍も楽になる」


「感覚強化は、身体強化とも繋がりあるから結果的にどちらも強化されるよ」


「それはどう組み合わせれば良いんだ?」


「そうだなぁ……それなら明日の朝、俺がやろうと思ってる事、一緒にやってみる?」


「ロイがやろうとしてる事?」


「うん。最近、身体を動かす方はやっぱりなまってるなって思ってね。久し振りに、昔の修業を再開しようかと思ってね」


「どんな修業だ?」


「ただ走るだけだよ。ただ……場所は森の中だけどね」

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