第24話 研究者は森の大木を駆け上がる
「さってと……降りるか」
「ちょっと待ってくれ、ロイ」
どうしたの? と問い掛けようと振り向いたロイフェルトの目に飛び込んできたのは、ガバッと服を脱ぎさるツァーリの姿。
「ちょっと待てーい! 君にまで露出癖があったなんて俺は知らんかったぞ!」
「別に露出癖などないが? 流石に暑くてたまらんかったから、訓練着を1枚脱いだだけだ」
そう言いながら、脱いだ訓練着を腰に巻いて結ぶツァーリ。
確かに訓練着の下は裸ではなく、1枚インナーを身につけている。あまり下着っぽく無いデザインのそのインナーは、女性騎士が好んで身につける物で色気も何も無いのは確かだが、人前に晒す格好でもないことも確かだ。
インナーの裾からチラリと覗く腹筋は見事な筋が入っており、女性ながらに身体を鍛えていたことを窺わせる。
一瞬、考え込んだロイフェルトであったが、結局は、まぁ良いか……と肩を竦めるに程度に留める事にしたようだ。
それどころか、自分も汗をかきつつある事を思い出し、ツァーリと同様、1枚脱いで自分の腰に巻き付ける。
「降りる時は極力足音を立てないように。膝を上手く使うのがコツね」
「了解した」
返事を聞いたロイフェルトは、そっと足を踏み出し小山を下り始めた。
登りと同じルートだが、登りと降りでは脚にかかる負担が違う。
「こ、これは……」
違いを実際に体感したツァーリは、驚愕しつつも何故か嬉しそうにロイフェルトの後を付いて行く。
「下りの時は、体の重みが下にズシンと降りるから、登りよりもキツイだろ? 膝を上手く使って自分の重さを吸収しながら降りれば、身体のバネが鍛えられる」
「何と言うか……自分がどの筋肉を使っているのかこれ程明確に理解できるとはな……」
「あ、それ、この訓練の目的の1つ。身体のどの部分を使っているのか、明確に意識出来ると、身体強化を使う時にもきっと役に立っよ」
「それは間違いないな」
そう言いながら麓まで降りると、丁度到着し、へたり込んでるトゥアンが目に入る。
「ハァハァハァハァロイハァハァハァさハァハァハァハァ……」
「いや、無理に喋らなくていいから。その状態だと山登りは危ないから、ここから戻って。出来れば止まらず歩きながら息を整えて、呼吸が戻ったらまた走ってね」
ロイフェルトの言葉になんとか立ち上がり、コクリコクリと眼鏡がズレるのも構わず頷き、なんとか息を整えようと大きな胸元を抑えながら深呼吸を繰り返している。
「んじゃ、俺とツァーリは行くから、無理のない程度で戻っておいで」
無言で頷くトゥアンをその場に残し、ツァーリとロイフェルトは再び駆け出し始めた。
振り返りざまに、視界の端でトゥアンが訓練着の裾に手を掛けていたのを見て、嫌な予感がしたものの、それを振り切り前方や足元に注意を向ける。
「帰りは微妙な降りだからスピードも出やすい。疲労で集中力も散漫になりがちだから気を付けてね。あ、なるべく足音を立てないようにってのは続けて」
「了解した」
そして二人は森の木々の間をすり抜けながら、颯爽と走り抜けるのだった。
「ハァハァハァ……到着ぅー」
「ハァハァハァハァ……ロイ……お前、鈍ってると、言う割に、あまり消耗している、ようには、見えないぞ? ハァハァハァ……」
理不尽なものを見るように、ツァーリはロイフェルトに視線を向ける。
「俺の場合、ツァーリとは少し目的が違うからね」
「目的?」
「そう。この訓練、肉体そのものの鍛錬と、肉体を疲弊させてマナに意識を向けやすくする事の2つの目的があったんだけど、俺には肉体を疲弊させてまでマナを意識する必要がないんだよ」
「何故だ?」
「そんな事をするまでもなく、俺は常に体内でマナを循環させてるから。俺にとってはマナが身体を循環している状態が当たり前なんだ」
「なんと……」
「まぁ、魔法が使えないハンデを補う為にやむを得なく……ね。だから俺は体中の筋肉をまんべく鍛えて、後は昔の感覚を体中に思い起こさせる為にこの訓練してるって訳さ」
「なる程……マナが肉体を循環しているなら、肉体的疲労は最小限で済むわけか」
「そう言う事。ただ、完全にマナに頼っちゃうと筋肉の鍛錬にならないから、そこには気を使ってるけどね」
「サラリと言っているが、マナに干渉して肉体への影響を微調整するなど、本来そうやすやすと出来る事ではないのだがな」
そう言いながらググーッと伸びをするツァーリ。
「フゥ……うむ、この後はどうするのだ?」
「トゥアンが戻るまで少し時間がありそうだね……なら……」
ロイフェルトは1本の大木の下まで移動して立ち止まる。
「この木いいかな? ……この木を足だけで駆けのぼる。魔法は禁止。足元にマナを集めるように意識して登れるところまで登る事。やって見せるよ」
そう言って、ロイフェルトは大木に向って走り出した。
先ずは地面を蹴って木の
地面を蹴る瞬間、ロイフェルトの脳からマナの混じった電気信号が放たれて、下肢の隅々まで行き渡り、通常ではあり得ない脚力を発揮して体重をものともせずに音も立てずにフワリと飛び上がる。
地面を蹴った足とは反対の足が木の
そのままコブなどの出っ張りを伝って10mちょっと駆け上がり、太い枝にたどり着くと、そこで一旦立ち止まった。
「こんな感じ。細かいマナ操作なんかは無理だろうから、体中のマナを足から地面にむけて放つような気持ちで地面を蹴って飛ぶと良いよ。ただ、極力フワッとした感じを意識した方がいい」
そう言ったあと、ロイフェルトは枝からフワリと飛び降りる。
「ロイ!」
ツァーリの警告じみた呼び掛けに慌てる様子もなく、たいした音も立てずに着地した。
「どうかした?」
「なんともはや……その高さを魔法も無しに飛び降りてどこも痛めていないとはな……今のはマナを上手く使ったのか?」
「マナを使わなくてもコツさえ掴めばこれぐらいは誰でも出来るよ。俺の師匠はマナの存在も認識できない田舎の平民だったけど、もっと高い所から飛び降りても平気そうだったよ」
「それは凄いな……一度会ってみたいものだ」
「残念ながらもう会えないんだ」
肩を竦めるロイフェルトの様子に何かを感じたツァーリは、それ以上は何も聞かず、今度は自分の番だと大木に向き合った。
「限界まで上がって無理そうだったら幹を蹴って体勢整えて飛び降りて。さっき山を下った時みたいに膝を上手く使えば、怪我することは無いと思うから」
ツァーリの運動神経を以ってすれば問題なかろうと、ロイフェルトがそう告げると、ツァーリはふむと一瞬悩む素振りを見せたが、意を決して大木に向かって駆け出した。
ロイフェルトと同じ様に地面を蹴り、
しかし、5mほどの所で限界に達し、幹を蹴り付け宙返りしながら飛び降りた。
着地は上手く行き、どこも怪我することもなく事なきを得る。
「疲労で足に力が入らないのだが、マナを意識する事で上への推進力が得られる気がするな……」
「お? 初めてでそこまで意識できた? 地面を蹴った時に生じる衝撃にマナを乗せると、その衝撃に、より強い力が加わるんだ。んで、その感覚を積み上げていけば、呪文を使わなくともマナを操作出来るようになるよ」
「うむ……ならばこの感覚を忘れぬ内に、再度挑むとしようか」
そう言って、ツァーリは再び大木を駆け上がり、宙返りしながら落下する……といった動作を繰り返し繰り返し行っていく。
ロイフェルトも、負けじと大木を駆け上がり、ある程度登った所でフワリと落下する事を繰り返し行っていった。
どれくらいの時間そうしていたのか……二人は無心で繰り返していたので、近づいて来ていた彼女の存在に気付くのが遅れてしまう。
「なっ?! 何をしていらっしゃるのですか?! 破廉恥な!」
場違いなセリフに首を傾げながら視線を向けると、ワナワナと震えるミナエル・フォン・ベラントゥーリーの姿。
「なんだよ、ミナエル・フォン・ベラントゥーリー……この訓練風景の何処に破廉恥要素が……」
と、言いかけて、ふと視界にとある物が飛び込んでくる。
「あ……ツァーリ、確かにそれ、目に毒だわ」
「ん? ああ、集中しすぎて気付かなかった」
ミナエルとロイフェルトの視線とセリフで、自分の格好がどんな状態であるかにようやく気付くツァーリ。
「『気付かなかった』と流さずに、身嗜みにはきちんとお気を付けなさい! ましてや男性がこの場にいるのですよ?!」
ツァーリは、訓練の影響で汗だくになり、インナーも汗を吸って透けていたので、膨らみ部分の先の先まで、はっきり視認出来る程になっていたのだ。
「先にはシートを貼っていたのだがな。激しい動きと流した汗でいつの間にか剥がれてしまっていたようだ」
キョロキョロと視線を彷徨わせ目的の物を見つけると、地面から
ツァーリは、汚れが落ちたことを確認すると、インナーの裾をたくし上げて胸元を露にし、ペタリと先に貼り付ける。
「ちょちょちょちょっと待ちなさい、貴女! たた確か第三王女殿下の護衛騎士でしたわよね? 幾ら騎士といえども、貴女も貴族の女性ならば、慎みというものを……」
「この場にいるのはアンタとロイだけだ。なら別に見られたところでどうという事はない」
「ロイ? 何故貴女がそのように親しげに……で、ではなくて、愚民さんが居るからこそ注意すべきでしょう?!」
「ロイは女の胸は見慣れてるそうだから、今更そこに気を使っても馬鹿を見るだけだと思うのぞ?」
「見慣……れてる?」
「いや、そこは気を使おうよ。なんか変な誤解を巻き起こすよその発言は。あと、そんな
「女性の胸元を見慣れてると
「いや、俺が見慣れてると言われてる原因の大部分は
と、指を刺した先には、息も絶え絶えようやく戻って来たトゥアンの姿。
その姿を見たミナエルの瞳は点になる。
ロイフェルトは、トゥアンの姿を視界に収めたその瞬間、さっきの悪い予感が、的中したしてしまった事を悟って、内心肩を竦めていたのだった。
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