第18話 研究者は口先三寸で刺突姫の要求を躱す


 と、言うわけで次の日、授業の終わったロイフェルトの目の前にツァーリがいた。


「…………」


「フフフ……見つけたぞロイフェルト・ラスフィリィ……勝負だ!」


 そう宣言しながら、左手に握った木刀を突き付けてくるツァーリに、ロイフェルトはゲンナリとした表情を返す。


「いや……昨日の今日で何言ってんの」


「だから勝負だ!」


「君、王女の護衛騎士でしょ。任務ほっぽって何してんのさ」


「今日から暫く、怪我の治療で任務を離れる事になっている。問題無い。だから勝負だ!」


「怪我の治療で任務を離れているのに養生せずにまた決闘って、どう考えてもおかしいよね?!」


「そんな事はない。怪我したのは右肘だから、左手を使えば問題無い。勝負だ!」


「動けるなら普通に任務に付けよ!」


「これ、怪我人を無理矢理任務に付けたと有らば、妾の沽券に関わるじゃろうが。妾の職場は怪我人を無理矢理働かせるような隠微で陰湿な場所ではないのじゃ」


 そう言いながらツァーリの背後から声を掛けてきたのは、ツァーリの上司たる第三王女のユーリフィであった。


「姫様のお許しが出た……勝負だ!!」


「姫さん、こいつをなるべく任務に付けて遠ざけるって話しは?!」


「……」


「目を逸らして黙らないでくれますかねぇ? 姫さん確かに言ったよねぇ?!」


「フッ……妾は自らの力不足に肩を落としつつそそくさとこの場を去る事にしたのだった……」


「いや、ちょっと?! ホントに行くなよ! コイツ連れてけ……ちょ、なんで邪魔するの?!」


 立ち塞がったのは王女の護衛騎士の一人である身長高めの女騎士・ニケーだ。


「済まない……私としても、心苦しいのだが、主の命令は絶対なんだ……」


「…………君……なんか何時も貧乏クジ引いてるよね」


「その通りなので、出来ればこの場は私の顔に免じて引いてもらえると助かる」


「……んじゃコイツ連れてって」


「フ………姫様が離れる時間は稼げた! これにてさらばだ!」


 脱兎の如く逃げ出したニケーを、唖然と見送るロイフェルト。


「あ……こ、これだから女は信じられねぇ! 同情誘ってその油断突くって卑怯と思わないの?! ったく……」


 ため息を吐きながらも、何事も無かったかのように歩き出すロイフェルト。


「……と言いつつ逃げるな。私と勝負だ!」


「…………三十六計逃げるに如かぁ……ず」


 走り去ろうとした所で、ツァーリにあっさりその肩をガシリと掴まれる。


「そうやすやすと逃がすと思うか?」


「アンタ、速すぎんだろ……」


「フフフ……職業上、逃亡者の捕縛は得意だ。さて……勝負だ!」


「駄目」


「なんと言われようと……」


「肘の怪我を甘く見るな!!」


「っ!!」


 今までのうんざり気味の口調とは違う、意外な程真摯な台詞に押し黙るツァーリ。


「アンタの肘は骨も折れたし、靭帯も一旦千切れかけたんだ。魔法で治しても見た目だけで完全に元に戻るのは先の話だ。その状態で動けば確実に悪化する」


「だから右がダメなら左で……」


「それはつまり、万全ではない状態の君を相手に俺に手を抜いて戦え……って事?」


「馬鹿を抜かすな! 騎士である以上、万全な状態でなくとも戦う事も多々ある! 手を抜くなど言語道断……恥を知れ!!」


「だって右肘を庇いながら戦う奴相手に本気なんて出せないもの」


「そんな気遣いは無用……私も武人である以上、怪我などいい訳にもならん事は弁えている! さあ……始めるぞ!」


「俺は武人じゃなくて研究者リサーチャーだもの。アンタがどんなに大丈夫と言ったところで、怪我人を前にして本気で戦うことなんて出来ないよ」


「貴様……戦場でも同じことが言えるのか!!」


「だから、俺は研究者リサーチャーであって軍人じゃないよ。戦場には出るつもりはない」


「ング……」


「大体、万全な状態でも負けたのに、ハンデを負った状態でも君は俺と戦って勝てると言いたいのか? 俺を馬鹿にしてるのか?」


「い、いやそうではなく、私は戦う事で自分を高めたいと……決してお前を馬鹿にしている訳では……」


「君が俺の立場だったとして、かつて自分に負けておきながら万全な状態でもないのにただ闇雲に向かって来ようとする相手に対し、君は何も思わないのか?」


「そ、それは……」


「何度も言うけど、俺は研究者リサーチャーであって武人じゃない。そりゃ、それなりに鍛えてはいたから戦う事そのものが嫌いだって訳じゃないけど、それはあくまで趣味の延長線上だ。職業として戦うことを選んでいる君とは違う」


「だ、だが……」


「万全な状態に戻ったら、手合わせくらいはしても良いけど、それ以上を求めるなら俺は今後一切君とは戦わない。剣を向けられても手を出さず、されるがままでいることにする」


「……分かった……全快するまで勝負は預ける……その代わり、全快したら……」


「分かってる。死合い・・・はするつもり無いけど、手合わせくらいはするよ。俺も君と戦って、如何になまっているのか突き付けられたから。でもあくまで手合わせだからね」


「了解した。確かに、万全ではない状態でお前に挑み掛かる事は、お前に対して礼を失する行為だな」


「分かって貰えたなら結構」


 そう言い置いて、ロイフェルトはその場を立ち去り研究室へと足を向けた。


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


「……なんで着いて来るの?!」


「っ!! あ、いや、実は今日はこの後夕刻までお前との勝負に費やすつもりであったので、正直やることが無いのだ。お前との手合いの事を考えると、鍛錬に当てるのもどうかと思うし……」


「夕刻までって……姫さんの所に戻ればいいんじゃない?」


「休暇中は、授業と食事の時以外は姫様の下知があるまで近付かない事になっているんだ。近くにいればどうしても仕事をしてしまう事になるからな。今までは修練さえしていれば良かったんだが……こう、手持ちぶたさになるのは初めてで……」


 勝負だ刺殺刑だと言っていた先程までのツァーリを知ってる者として、今の落ち着きなくキョロキョロしている彼女の様に、これがギャップ萌えかーと、妙な得心を覚えてしまうロイフェルト。


「そう言えばお前はどこに向かっているのだ?」


「自分の研究室だよ」


「なる程……私も付いて行っていいか?」


「……研究の内容をみだりに話さない事と、あっちこっちとベタベタ触り回らない事を誓えるんであれば構わないけど」


「それは誓おう」


 こうして、二人は肩を並べて歩き始めたのだった。














「随分奥まった所に有るのだな。不便ではないか?」


「俺って、貴族側からも平民側からも煙たがれてるから、こんな離れにされちゃったんだよね」


「……姫様を通じて訴えれば、改善されると思うが?」


「最初は不便かなぁとも思ったけど、今では人もあんまり来ないし色々私物を持ち込んだりもしてるから、却って良かったと思ってるよ」


「なる程。確かに周りに煙たがられているならば、離れていた方が気も楽だな。私も在学中は姫様の屋敷に住まわせて頂いているが、部屋や庭で鍛錬していたら五月蠅いと叱責されて、それ以来一人離れで寝起きしている」


「君の場合、鍛錬の仕方に問題があるんじゃいの?」


「そう言えば、ニケーにも同じことを言われたな。黙って鍛錬してればそこまで煙たがられなかったのに……と。だが、自分自身のやりようを今更変えることはできないし、変えたいとも思わないな」


「それには同意。だから研究室が離れでも俺は文句は言わない」


「なる程。理解した」


 そんな話をしながら歩いていたら、あっという間に研究室に着いた。


 しかし……


「……何で君がいるの……」


「そそそそんなぁ……あああたしとロイフェルトさんの中じゃないですかぁ……」


 研究室の前を不法占拠しているトゥアン変態に冷たい視線をくれるロイフェルト。


「ロイフェルト、この娘は?」


「変態」


「そうか。了解した」


「ちょちょちょちょっとこの間のすすすスヴェン様の時と言い、その紹介はひひ酷くないですか?!」


「何と言うか君が視界に入るたびに、言いようの無い疲労感が全身を包む感覚に襲われるんだよね」


「ささささ錯覚ですよ! そそそれよりこの方は……だだだ第三王女殿下のごごご護衛騎士の方では?」


「そう」


「ツァーリだ、変態娘さん。ツァーリ・パリエスヴァリー」


「どどどどうも宜しくです……ってへへへ変態じゃないです! ととととトゥアン・ストリーバと申します!」


「そうか、それは失礼したトゥアン。宜しく」


「ツァーリ、ここが俺の研究室。んじゃ、散らかってるけどそれでも良ければどうぞ」


「失礼する」

「おおおお邪魔しまーす」


「何故、君まで入って来るトゥアン」


「ななな何故なら今日からああああたしもこのけけけ研究室の一員だからです」


「そんなものを許した覚えはない!!」


「ここここの研究室の顧問である、ラ・サーラ教授のきょきょきょ許可は得てますので……これが入会証でぇす!」


 と、デーンと見せびらかす様に差し出したのは確かに、この研究室の入会証。


「あのクソ教授め……普段全く使えねぇくせに、こんな時だけ……」


「フフフ……ここここれでも商人しししし志望ですから! ねねな狙いどころはわわわ弁えているつもりです!」


「商人志望なら、もっと有意義な研究室に入れば良かろうに」


「ろろろろロイフェルトさんとご一緒すれば、ききききっと大きなもも儲けが転がり込んでくるとおおお思うんですよねー」


「ハァ……もう好きにして。俺の邪魔だけはしないでよ」


「ももも勿の論です! ああああたしの事はじょじょじょ助手としてお使い下さい!」


 相変わらずのテンションの高さに、先行きが不安になるロイフェルトであった。

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