第17話 研究者は自室で友人に種を明かす


「……どう言う事じゃ?」


「それが……全く効いてないわけではないのですが、著しく効果が低いのです。わたくしが治癒をかける時は治癒のマナで対象を満たすのですが、例えるなら、目の荒いザルに水を流しているかのようにそのマナが素通りしてしまうのですよ」


「つまり、このままでは話が聞けんという事か?」


「いや、王女殿下よ。心配する所はそこではないのではないですかな?」


「見たところ、コヤツの怪我自体は大したものではなかろう。どれもこれも放っておいても自然に治る程度の傷じゃ。ならば今問題なのは、今すぐ知りたい妾の知識的欲求が、今この場では満たされる事が無いという事実ではないか」


「姫様。少しは取り繕って外聞にも気を使って下さい」


「いーやーじゃー! もう妾はそんな物に気を使って胃に穴を開けるような生活は懲り懲りなのじゃ」


「姫様、胃に穴を開けていたのは執事長です。主に姫様とツァーリが起こされた騒動の後始末が原因でした」


「何を他人事のように言っておる。ヌシらも同罪じゃぞ。その従事長から聞いておる。ヌシらが、妾の予算を使って豊きょ……」

「「ワーワー!」」


「理解したようじゃな。自分達だけ清廉潔白を謳おうなどと考える事は浅ましい事だと知りや」


「……姫様……」


 そこでアニステアが王女にズィっと近付いて、耳元で王女にしか聞こえないようそっと囁いた。


「ですが、これ以上この場で株を下げるようだと、ロイフェルト君がヘソを曲げて例の事に協力して貰えなくなる可能性が……」


「ぬぬ……確かにそれは一理ある」


 ゴホンとわざとらしく咳をする王女。


「この場で話が聞けぬのであれば、ここに居っても意味が無い。妾達は戻って訓練に励むとしよう。ラーカイラル、ツァーリの方はどうだ?」


「ツァーリの方は治癒魔法を受け、今は眠っております」


「ならば、救護室に運ぶが良い。訓練が終わったら迎えにゆく。ロイフェルトは……」


「コイツは俺が面倒見ときますよ。寮にでも放り込んでおきます。一応朋友ですから」


「うむ。ではそちらはスヴェンに任せた。ラーカイラルは訓練に戻るが良い」


「畏まりました」


 王女はアニステアとニケーを連れて訓練再開の為に元いた場所へと足を向け、ラーカイラルは全体の監視のために持ち場に戻る。


「さてと……」


 そしてスヴェンは、学園付きの使用人にロイフェルトを運ばせて、寮にある彼の部屋へと向かったのだった。














「……起きてるんだろ? ロイ」


 ロイフェルトの部屋にたどり着き、彼をベッドに寝かせ、使用人達を下がらせると、スヴェンはそう声を掛けた。


「あ、気付いてた?」


「そりゃあな。起きている人間と意識のない人間の呼吸の仕方が違うってのは、お前から聞いた話だしな」


「いやー、全く酷い目にあったよ」


「だから言ったろ?」


「何を?」


「お前の『目立たないように』はフラグだって」


「んぐ……」


「あの王女に目を付けられちまった以上、安穏とした学園生活は破綻したと思った方が良いな」


「ダヨネー」


「それより聞きたい事があるだが……」


「あー、あの蹴り・・の事?」


「それだ。あれってどうやったんた?」


「武術的なカウンターの技とマナ操作による肉体操作の併用」


「……具体的には?」


「アイツの刺突を捌いた時の回転力を身体の中で反転して前脚に伝えて、その勢いのまま蹴り出したんだ。つっても回転力の反転はインナーマッスルでやってるから見た目では分からんだろうけど」


「いんなーまっする……って何だ?」


「外からじゃ分からない、筋肉の中側にある筋肉。解剖学の筋肉図は見たことある?」


「一応たしなみ程度には」


「あれに描かれた筋肉が表層の筋肉でその中にある筋肉だ」


「お前……どこでそんな知識を……」


「俺は研究者リサーチャーだ。知りたいと思ったことはあらゆる手段を講じて調べるさ」


「……まさか……やって・・・ないよな?」


「ああ、実際に死体をバラして・・・・見たんでないかって事? 違うよ。俺は目で見なくても視る・・事が出来るから。医者じゃないからそこまではしない」


「医者だったら良いのかよ」


「良い……って言うか、本当に医学を発展させたいんならするべきだろうね。実際に目で見て確かめる事で、治癒魔法の効果も格段に上がる筈だよ」


「死者を弄ぶ行為を肯定しているのを嗜めるべきなのか、賛同するべきなのか……判断に困るとこだな」


「ただ闇雲に魔法で癒やしてると、何がどうして傷が治るのかのメカニズムが分からない。それだとマナの消費が大きくなるし、治すイメージが掴みづらい。ま、どうするのかは術師本人か国のお偉いさんとかそれぞれの判断によるんでない? 俺はそこまで干渉する気はないよ」


「そうか……あ、さっきの蹴りの話しの続きたけど、マナはどう使ってるんだ?」


「反転力の強化と操作、それと身体に負荷がかかって壊れないように身体強化するのに使った。ホントはマナを使わずに済ましちゃいたいところなんだけど、俺にはそこまでの技術は無いんだよね」


「マナも使わずあの威力……か? 出来るのかそれ?」


「俺の師匠にはそれが出来たんだよね。マナの概念を持たない人だったから」


「ああー、前にも話してたお前の武芸の師匠か? マナの概念を持たないって、どこの田舎なんだそれ?」


「平民で、マナの概念を理解してない人なんていくらでも居るよ」


「そんなもんか?」


「そんなもん。平民はマナを感じ取れない人の方が多くて、9割方感じ取れないんだ。それでも生きて行けるし、必要ともしていない。それでも都会ならマナと接する機会が多いから知識としては残るけど、地方に行くとマナに接する機会も殆ど無いし、文字も読めない人の方が多いから記録としても残らない。だから自然とマナの事は忘れ去られる。忘れても自分たちの生活には支障はないしね」


「なんかカルチャーショックだな」


「何言ってんだよ。そういう社会を作ったのが貴族であり教会だろ? 統治するのにはその方が楽だからな。魔法は選ばれたものだけが使える特別な能力ちからって事にしておいた方が色々都合が良いだろうし」


「そう言われると身も蓋もないな」


「事実は事実だ」


「お前はその事に関して何も思わんの?」


「思わないでも無いんだけど、俺一人が思ったところで意味が無い。今は魔物ひしめく暗黒の時代で、その魔物が駆逐されない限りは魔術師達の存在が必要不可欠。そして事実として、魔法は使う人を選ぶ。俺としてはその魔法を使う人・・・・・・達がよっぽど酷い存在にならない限りは無関心でいる事にしてるんだよ。俺は錬成士アルケミスト研究者リサーチャーだ。それ以外の事に頭の容量使いたくないんだ」


「俺としてはお前が、俺の横でこの国の将来の事を一緒に考えてくれたら嬉しいんだけどな」


「無理無理。正直そんな事には興味ない。知ってるだろ?」


「まぁな。今更お前が変わるとも思えないしな。ただ、第三王女に目を付けられた以上、今まで通りには行かないと思うぞ?」


「大丈夫。あの人は引き際をわきまえてるよ。面白がって色々手を回す事はあっても、敵を作るような愚かな事はしないさ……な、姫さん」


 そう窓に向かって声を掛けるロイフェルト。


「なんじゃ、気付いておったのか」


 ブウンッと空気が震える音が響き、空間に亀裂が入ると、そこからゾロゾロと王女一行が現れる。ゲートの魔法だ。


 一行と言っても、王女にニケーにアニステアの三人だ。ツァーリは救護室に、ティッセはあの場では別なエリアで訓練を受けていたのでこの場にはいない。


「覗き見とは趣味が悪いね、姫さん」


 肩を竦めるロイフェルトに、アチャーといった表情で天を仰ぐスヴェン。


「妾は知識欲の奴隷なのじゃ。知りたいと思ったらそう簡単に引き下がったりはせん。おぬしはあまり周りに自分の能力を晒したくないのじゃろ?」


「まぁね」


「そう思ったから一旦引き下がったのじゃ。あの場はひと目も多かったからの」


「お心遣い痛みいるよ」


「そう思うなら、もう一つの疑問にも答えよ。おぬしには何故、治癒魔法の効きが悪いのじゃ?」


「俺は神聖言語にも神代文字にも、全く適正がないんだ」


「それは知っているが……」


「適性がないってのは、覚えられないって意味じゃない。俺は言語も文字も話せるし書ける。でも俺は神聖言語や神代文字に関わる全ての事象に見放されてるんだ。自分では神聖言語や神代文字を使った魔法は発現しないし、治癒魔法を含める全ての付与が受けられない」


「なんと……一体何故じゃ?」


「理由が分かってたらこんな所にいないさ。調べる為にここに来たんだから」


「なる程の……おぬしがこの学園の門戸を叩いたのはそんな理由があったからか」


「そういう事。この国でここ以上に魔法を知る事の出来る場所は無いしね」


「それは悪かったの。そういう理由があるのであれば昨日ツァーリを嗾けるべきでは無かった。今後も面倒かける事になるであろうから今の内に謝っておこう」


「そこはツァーリを止めようよ!」


「無理じゃ。妾の力不足を許してたもれ」


「いや、冗談じゃなくホント、アイツどうにかしてよ……最悪、俺死んじゃうよ……」


「今の話を聞いた後であるから、そうしてやりたいのはやまやまなんじゃが……あれは、多分父上の言葉であっても止める事はかなわんであろうな」


「国王でもかい! ツァーリ……恐ろしい……」


「まぁ、そういう訳じゃから、ツァーリのことは宜しく頼む」


「頼むって何を?! 頼まれたって何も出来ないんだけど?!」


「なるべく護衛任務に充てて引き離すようにするので、偶にそっちに行った時は相手してやってくれ」


「だから無理だって! アイツ話し聞かないし強ぇーし……昨日今日は何とかなったけど、次は大怪我するかもしれないっしょ!」


「じゃが、おぬし、怪我を治す手段は自分で持っているのであろう?」


「……何の事かな?」


「誤魔化すでない。昨日、あれだけの勢いで地面に叩きつけられおったにも関わらず、擦り傷すらなかったのはどうしてじゃ? 自分で治したのであろう?」


「……チっ……油断も隙もない……」


「それくらいの洞察力がなくては、貴族社会では生きて行けぬのでな」


「貴族こわ! 貴族社会こわ!」


「まぁ、そういう訳じゃから、ツァーリの事は宜しく頼む。ではな」


 そう言って、そそくさと王女一行はゲートの魔法で出て行った。


「もう嫌だぁ……」


 ガックリと肩を落としそう嘆くロイフェルト肩を、スヴェンはポンっと無言で叩いたのだった。


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