第13話 研究者は研究室でスイートポテトパイに舌鼓を打つ
「ウウウ……ひひひ酷いですロイフェルトさん……」
「いやぁごめんごめん。すっかり忘れてたよ。アハハハハ」
研究に没頭するあまり、トゥアンの存在をすっかり記憶から消し去ってしまっていたロイフェルトに、彼女は恨めし気に視線を向ける。
しかしそこでロイフェルトは、はたと気付いた。
「……よくよく考えると君が俺を放置して部屋を出て行けば良かった話じゃね? 元々君が勝手に付いて来たんだから、俺が謝る筋もないような気がするんだけど?」
「ななななんて事おっしゃるんですか?! ああああたしにああああんな事しておいて……」
「……あんな事? 俺、君に何かしたっけ?」
「さっき、ああああたしの手を握って……まままま……マナを通したじゃないですか……」
「ロイお前、んな事したのか?」
「マナを通す? マナを通すって……恋人同士がお互いのマナのやり取りが出来るように、特殊な呪印と呪文を使って行う、精神的性行為の事だろ?」
「ロイ……お前……露骨過ぎんだろうその言葉……」
「そそそそそそそうです! ささささっき、ああああたしの手を握ってマナを通したじゃないですか……あ、あたし……はははは初めてだったんですぅ……」
頬を染めて恥じらうトゥアンに、しかしロイフェルトは冷ややかな視線を送っているが、顔を背けているトゥアンは気付いていない。
「ああああんな事されたら、その後のててて展開に、き、期待しちゃうじゃないですか……なのにろろろロイフェルトさん、ああああたしを無視してけけ研究に没頭しはじめちゃって……ああああの状況でほほ放置されちゃったあたしの事、すすす少しくらい気遣って頂けても……あれ?」
そこでようやくロイフェルトの視線に気付き、何故そんな目で見られているのか分からずに、コテンと首を傾げるトゥアン。
「なななな何故、ああああたしがロイフェルトさんから、そそそそんな目を向けられなければならないのでしょうか?」
「性行為に於ける『マナを通す』って行為は、事前の準備が必要なはずだろ?」
「へ? たたた確かにそうなんですが……ろろろロイフェルトさんは、まままマナ操作が秀逸で、それをみみみ認められて学園へのにゅにゅにゅ入学が許されたとお聞きしましたので……ロイフェルトさんなら、じじじ事前準備無しでもまままマナを通す事もでるんじゃないのかなーなんて……」
「性行為に分類される『マナ通し』ってのは、先ず行為前に呪印をお互いに刻み合い、呪文を唱えなきゃならないでしょうが」
「だだだだから、ろろろロイフェルトさんならすすす優れたマナ操作技術で、そそその事前準備を省略しししししても問題ないんじゃないかと……」
「んな事出来るかぁぁぁぁぁ!! それ、手ぇ握られただけで妊娠しちゃいましたって訴えられてるようなもんだからね!!」
「確に」
「エエェェェェェ!! でででででも確に右手からマナがととと通された感覚が……凄く温かくて……すすす凄く気持ち良くて……身体の中心までまままマナが流れていって……いやん」
「いや、マナが流れたのは水のナイフの方だから。君の身体には髪の毛一本ほどのマナも流れてないよ」
「へ?」
「俺がしたのは、君の右手を通して短剣にマナを流してそれを調べる事だけだったから」
「へ? そそそそれじゃ、ああああたしが感じたかかか快感とか、こここ興奮とかは……」
「全部、君の錯覚か妄想?」
「すげーな。錯覚や妄想でそこまで快感感じたり興奮したりするなんて……」
「へ? ……………へぇぇぇぇぇぇえ??!!」
「君のムッツリレベルは俺の予想のかなり先までありそうだね」
「そそそそそんなぁぁぁぁぁ……」
トゥアンは羞恥のあまり、四つん這いでガックリと肩を落とす。
そんなトゥアンの事は、二人は取り敢えず放っておく事にした。
「ロイフェルトは何を調べてたんだ?」
「魔法で作った水製武器の分子構造とかそれをマナの観点から見た場合の構図とかかな?」
「ぶんし? 相変わらずよく分からん話しだが、そんなの調べて何するつもりだ?」
「ほら俺じゃあ、武器具現化魔法を扱うには色々足りない物があるだろ? でも、水を材料に出来たらやりようによっては、神聖言語も神代文字も使わずに、お手軽にマナの隠った武器具現化魔法に近い状態の武器を作れるんじゃないかと思ったんだ。水は金属や石と違って加工もしやすいし」
「それってなんの意味があるんだ? 武器具現化魔法が使えないなら普通の武器を使えばいいだろ? 武器屋に行けばマナを通せる武器も売ってるし、そもそもお前なら、既に自分で作れるレベルまで鍛冶技術があるだろ。確かに、水はコップに入れればコップの形に、花瓶に入れれば花瓶の形にって感じで形を変えるのは簡単たけど、逆に言えば武器の形に保つのが難しい。わざわざ水で武器を作る研究する必要性を感じないんだが……」
「何言ってんだよ。鍛冶技術で武器を作るなら、材料費が掛かるだろ? 良い武器作りたいなら尚更お金が掛かる。でもこの国なら水は飲み放題、汲み放題だ。形も自分好みに加工し放題。強度の問題さえクリア出来れば、切れ味はマナの操作で何とかなるし」
「ムム……確に。でもそれって……他の人間でも使えるのか? 学園での研究結果って報告義務があったよな? 他人が使えない武器生成方法報告しても、認められないんじゃねぇのか?」
「報告するつもりはないよ? これは研究って言うよりお遊びだから。学園への報告用の研究は別にするつもりだし」
「相変わらずだな……お前が本気で研究して、その結果を売り付ければ日々こんなに困窮しなくて済むと思うんだが……」
「そんなことしたら、自由に研究出来なくなるよ。それよか腹減ったな……もう、ほとんど何も無いだろうけど、購買見てくるよ……」
「ああ、待て。実は……」
そう言いながら、スヴェンが小脇に抱えていた袋を開けた途端……
「こここここの匂いはフーリーベーカリーのスイートポテトパイの匂い!!」
四つん這いで力尽きていたトゥアンがキラキラと目を輝かせて復活した。
「お? おおおう。それだ。つーかこの娘、誰? まだ紹介してもらってないが……」
「変態」
「そうか」
「ちょちょちょちょって待って下さいぃぃぃぃぃ!! そそそその紹介はさささ流石に傷付きます……」
「んじゃ露出狂?」
「ふむ」
「だだだだだから……だからふふ普通に紹介して下さいよぉ……」
「自分でしな。俺がすると今まで俺が受けた被害を事細かく書き綴って展示したくなる」
「……ハイです……」
「まぁ、今の様子を見ただけでも自己紹介になってる気がするな。君もロイの言葉、否定しないみたいだし」
「ウウ……ろろろロイフェルトさんにご迷惑おかけしたのはじじじ事実ですし……」
「驚いた……自覚あったんだ?」
「そそそそれはもう……こここれから先も、おおお友達としてお付き合いいただく為なら、じじじ事実を事実とみみ認める事くらいなななんでもないですぅ……」
「「あざとい」」
「キャヒィィィン……」
「まぁ出会った時からあざとかったからな。ストリーバ商会のご令嬢って事だから、それくらいの取り柄はあるでしょ」
「へぇー……あのストリーバ商会の?」
「はははハイ! あたし、トゥアン・すギュルルルル……で…ふ……」
「……取り敢えず食おうか?」
「……おおおお願いしますぅ……」
真っ赤になって申し訳なさ気に目を伏せるトゥアンに生温かい視線を送りながら、スヴェンは袋の中身を取り出し渡したのだった。
「カリッとしたパイ生地の中で、ほほほほんのりと甘い、ううう裏漉しされたスイートポテトのなな滑らかな舌触りが……ああああああ……美味です……美味ですぅぅぅ……ささ流石は王国随一のぱぱパン屋さんであるフーリーベーカリーいいいい一番人気のスイートポテトパイです。よよよ良い仕事してますね……あぁ生きてて良かった……」
口の中のパイを味わいながら、頬を染めうっとりと目を瞑るトゥアンを横目に見つつ、ロイフェルトもそのスイートポテトパイの旨さに目を見張っていた。
「確に旨いね。買って袋詰してから結構時間が経ってるだろうに、サクサクとしたパイの食感が焼きたてのパイみたいに残ってる。中のスイートポテトにしたって甘過ぎずクド過ぎず、素材その物の甘みを滑らかな舌触りでより引き出して甘さを演出してる……」
「そそそそそうなんです! あのパン屋さんの凄いところは、あああ安易に原価の高い砂糖や蜂蜜を利用するのではなくそそそそ素材の旨味を利用する技術を沢山持っていることなんです! さささ砂糖や蜂蜜の利用をひひひ控えているので庶民でも手が出る価格でこの味です……おおおお王国随一のパン屋の称号はだだだだ伊達ではありません!」
「喜んで貰えたようで良かった」
激しく興奮しているトゥアンの様子に引き気味になりつつも、表面上は爽やかな笑みを返す上級貴族のスヴェン。
「それでは腹も膨れたところで、改めて自己紹介しようか。俺はスヴェン。スヴェン・フォン・ハインブルックスだ」
「ははははハイ! ぞぞぞぞ存じております! いいい一年生でありながら、ととと当学園でも5本の指に入るマナ量を持ち、そそそれを活かしたままま魔法だけではなく、けけけ剣術にも秀でておられ、つつつ付いた字(あざな)が
「あ、落ちた」
「な…………ななななんなのこの娘! 怖いんだけど!?」
「俺は慣れた」
「……ストリーバ商会のご令嬢?」
「そうみたいだね?」
「んで、お前との関係は?」
「森で昼食中に現れてやむを得ず餌を与えたら懐かれた」
「餌付けされたって訳か……」
「んでそのあと、第三王女ご一行とかち合って、所要を申し遣ってそれを一緒に解決し、今に至るって感じ」
「何でそこに第三王女が……」
「偶然……って言いたい所だけど、やむにやまれぬ事情が出来ちゃってね。悪いけど、それが何なのかは俺からは言えない」
「第三王女に関わると碌な事にならんからな。頼まれても聞きたくない」
「賢明だ。俺もそう在りたかった」
「公爵家長男に騎士侯爵家ご令嬢、第三王女に王国一の商会のご令嬢……お前、お上とは関わりたくないって言ってる割に、交友範囲がお上ばっかだな」
「それ言わないで……」
ジト目の友人にそう言われ、ガックリと肩を落とすロイフェルトなのであった。
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