第14話 研究者は訓練場にて窮地に陥る
「フゥアァァァァ……ムニュムニュ……」
大口を開けて大きく伸びをし、大あくびをかますロイフェルトに、スヴェンは呆れたような視線を送る。
「どうしたロイ。なんかやたらと眠そうだな」
「んー……昨日、寮に帰ってからも実験してたんだよね。気付いたら空が白にじみ始めてた……フアァゥァァォ……ムニムニ……」
「大丈夫か? 今日は今から戦闘実技訓練だぞ? そんな体たらくだと怪我すんぞ?」
「俺、別に騎士団入るつもりも、冒険者になるつもりもないし、戦闘実技訓練の成績が悪くても全くもって問題ないよ。寧ろ、怪我しない程度に流して、目立たないように気を付けなくちゃ……列の後ろで居眠りでもしてるよ……」
「お前の『目立たないように』……は、最早フラグだと思うんだが」
「うぐっ……嫌なこと言うなぁ……」
「本当の事だろ? そう言って目立たなかった試しが無い。良い意味でも悪い意味でも。ほら、もう目立ってるし」
と言ってあたりを見渡せば、目が合う前にササッと視線を外す生徒が多数。
「……これ、明らかにスヴェンの所為だよね? 君が隣にいるから見られてるんだから」
「いえいえ、それもこれも貴方様の人徳のなせる
「……まぁ有名税だと思う事にするよ。君と知り合ったのが運の尽きだったって事で」
「そりゃあどう言うこっちゃい」
「そりゃあそう言うこっちゃい」
ムムム、ムムムと角つきあいは不発に終わり、互いに次はどう言ってやろうかと戦略を練っていると、教師達にスヴェンが呼ばれた。
「またか……教義に生徒を使うなよ……」
「ま、頑張って王国流剣術師範代第八位のスヴェン様」
「その俺に勝ったお前に言われると馬鹿にされているようにしか思えん」
「勝ったって言っても
「だがアレのお陰で高く伸びた俺の鼻が折れた」
「文字通り折っちまったもんね。あれは済まんかった」
「本当に痛かった。俺の心にズカンと来たよ」
「……早く行けよ……シッシッ……」
「クククッ……」
照れた様子のロイフェルトに忍び笑いを漏らしながら、スヴェンは教師の元へ行く。
二人の出会いはこの学園ではなく、城下町にある小さな闘技場での事だった。
師範代になる前の伸び悩んでいた時期にお忍びで闘技場に飛び入り参加したスヴェンと、お金に困って賞金狙いでやむを得ず参加したロイフェルトの二人が戦って、見事ロイフェルトが勝利した事が付き合いの発端だった。
ロイフェルト個人と友誼を結んでいる人間は少なく、その少ない友人の中でもスヴェンは取分け長い部類に入る。
そんなスヴェンだからこそ、ロイフェルトの苦手な物は把握していた。
ロイフェルトは自分が賞賛を受ける事を殊の外苦手とするのだ。しかも今の様に、遠回し且つ本気の賞賛に弱い。
「あーくそ。アイツも分かってて言いやがるんだから性格悪いよなー」
プンスカと不機嫌な顔という名の照れ隠しをしつつ、ロイフェルトは練習場の魔術師クラスが集合している場所へと足を向けた。
それそれが得意な武器の木製の模造品を持っている。片手剣や両手剣、槍や鉾槍、杖やフレイルなんかを持っているの者もいる。この模造武器は特殊な加工を施されているので、刃は無いがその分かなり丈夫に出来ている。
因みにロイフェルトは、初心者用の片手剣だ。
戦闘実技訓練と言っても、学園生の中には騎士訓練を受けた者から、冒険者登録している者、貴族としての嗜み程度の訓練しかしていない者など、様々な人間がおり、ひと括りにしての訓練は出来ない。
ロイフェルトは、分類的には魔術師クラスで、武器を取り扱う訓練の際は、主に防御と基本的な立ち回りの訓練になる。要するに彼にとっては楽なのだ。
因みに、全く武器を握った事が無いような人種もいるが、そういった人間は基礎体力訓練を受けなくてはならず、クラス分けの実技試験の時にそれに気付いたロイフェルトは、上手く立ち回って事なきを得た。
それぞれがいつものように纏まった所で、実技訓練の教官のその中で最も位が高いラーカイラル教官が、朝礼台の上から号令を掛ける。
「
野獣の咆哮のような号令に、皆、耳を抑えつつ整列する。
「今日はいつもと趣向を変える! 実戦形式の訓練だ! 魔法の使用は身体強化系、感覚強化系のみ! 各自力の限り戦うように! 各班組み分けを!」
その号令に、各班の担当教官が動き出す。
(一対一の実戦形式か……これなら適当に手を抜いて、適当なとこでやられた振りをすれば、その後はサボれるな)
そう、ムフフンと良からぬ事を考えていた事が災いしたのか、はたまた鋭い教官に見破られたのか、ロイフェルトは背後から野太い声に呼び止められた。
「お、ロイフェルト・ラスフィリィ。お主はこっちだ」
そう呼び止めたのは先程号令を掛けてたラーカイラル教官。教官の指先は騎士達が集まってるエリアへと向けられている。
「は?」
「なんじゃその返事は? お主は今後、騎士班の訓練に混ざるように」
「ななななななな
「お主がそこまで動揺する所は初めて見たの」
「わわわ私は、魔道士クラスの研究者志望の生徒ですよ?! 何で常日頃から肉体を鍛え、戦闘訓練をしている連中と一緒にされるのですか?! 教官殿は私に死ねと言いたいのでしょうか?!」
「お主が研究者志望であることと、この授業における実技訓練は別問題だ。魔道士班の訓練を幾度となく見ておるが、お主が本気で戦っている所はついぞ見たことが無い。あそこでは本気が出せぬと言うのであれば、別な所で本気を出せ。であらねばこの授業は意義を失う」
「そそそそんにゃことはないでごさる! 拙者は何時でも全力でゴザンス!」
「……どこの誰じゃそれは……」
呆れたような教官の表情に、我に返ったロイフェルトは、ゴホンと咳払いを入れつつ、更に反論を繰り返す。
「私は研究者です! 剣を持って戦う者ではありません!」
「じゃから、それとこれとは話が違うと言うておろう。この学園で学ぶ以上、ある程度の戦闘技術は身に付けてもらわねばならんのだ。お主であれば、騎士班であっても見劣りすることなくついて行けると思えばこそ……だ」
「それは買い被りです! 俺……私はただの研究屋で戦闘の才能など欠片ほども御座いません!」
「……魔術師クラスの訓練と言えども、今まで一度足りとも負傷した事のないお主に才能が無い訳ないじゃろう」
「あ、いやだからそれは……」
ロイフェルトは、そこでようやく言い訳の効かないのっぴきならない状況に陥っていたのだと気付く。
痛い思いをしたくなかった彼は、基本怪我しない程度の攻撃はわざと受け、ヤバければ絶妙なタイミングで避ける……を繰り返し、気付けば無傷で訓練を終えていたのだ。
目立ちたくないばかりに、怪我はせずさせずの精神で乗り切ってきた事が完全に裏目に出た格好だ。確に見る人が見れば不思議に思う状況だったのだ。実力を隠したければある程度の怪我は織り込み済みでなければならなかったと遅ればせながら気が付いた。
「いいいや、私はただ逃げ足が早いだけが取り柄で……騎士見習い達に混じって訓練するだなんて
「逃げ足が取り柄なれば、この訓練で攻撃手段を磨けば良いではないか。その為の訓練だ」
「いや、私は人を傷つける行為に忌避感がありまして……」
「なればこそ、尚更この訓練で慣れておくことだ。これより先、力をふるう術を身に付けられるよう導くのが我ら教官の使命だ」
「いや、だからですね……」
更に言い募ろうとした所で、悲鳴と共に、足下に騎士班の一人が血を流しながら転がってきた。
「……みぃーつけたぁー……」
地獄の亡者もかくやと思える底冷えのするその声に、ロイフェルトは思わず「ヒィィィ!」っと飛び上がり、ゼンマイ仕掛けの人形の様に、キキーッと振り向いた。
振り向いたロイフェルトの視線の先には、返り血を頬に滴らせ凄みのある笑みを浮かべた、銀髪ショートの巨乳騎士の姿。
「お、ツァーリではないか。なんだお主ら知り合いだったのか?」
「そそそそりゃ、授業で何度となく顔を……」
「昨日剣を交えた間柄です、教官殿……」
ロイフェルトの言葉を遮り、ニタァッと笑いながらそう答えるツァーリ。
「なんじゃお主、散々嫌がっとった割りに、
「今までの話の中のどこに謙遜っつー言葉の入る余地があるんですかね!? つーか今、セリフの中にやたらと物騒な言葉入ってなかった?! 殺り合うとかなんとか……学園生間でその言葉出てくるの可笑しくない?!」
「丁度良い。最近は
「何が丁度いいの?! 騎士班でも持て余すような危険人物、魔術師クラスの人間に相手させてどうするんだよ! 怪我したらどうすんだ!」
「安心せい。怪我は治癒魔術師がきっちり治す」
「俺は怪我したくないって言ってんの! コイツが如何に危ない奴かアンタも知ってて言ってんだろ?!」
「いくら
「……多分って言った……多分って言ったよこの人……」
言葉使いを取り繕う事も忘れて絶望に暮れるロイフェルトの肩を、ラーカイラルはニッコリ笑ってむんずと掴み、獲物を差し出すかのように力任せにグイッと押しやる。
「さあ、始めるのだ」
「嫌だぁぁぁぁぁ!! 俺は暴力には屈指な……っ!!」
吹き付ける殺気に、ロイフェルトは反射的に木刀を振るい突き入れられた切っ先を弾く。
「なんじゃ、やはりお主は
いつの間にかその場から退いていたラーカイラルのそんな言葉を気にかける余裕も無いロイフェルト。
気付けば周囲から人は離れ、ツァーリとロイフェルトを中心としたドーナツ状の空間が出来ている。
各自訓練の手を止め、二人の様子に視線を向けていた。
その視線の中には、騎士班だけではなく貴族班や冒険者班からのものもあり、ロイフェルトに対して普段から好意的ではない者達が、ざまあみろとニタニタ笑みを浮かべていた。
ツァーリの犠牲者は騎士班だけではなく貴族や冒険者班にも多数いたので、彼女と相対する事がどういう結果に繋がるのかその身をもって理解しているからだ。
しかし、既にロイフェルトの意識は全てツァーリに向いていたのでそれに気付く余裕は無い。
昨日の戦いがあったからであろう、ツァーリには一切の油断が無い。全ての意識がロイフェルトに向いているのだ。
瞳はギラギラと光り、口元は歓喜で歪んでいる。褐色の肌に紅みが差しており彼女の興奮具合が見て取れる。
ロイフェルトは内心、何故こうなったと身の不幸を呪いながらツァーリと相対する事になったのだった。
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