第8話 研究者は森の中で何故か王女の尋問にあう


「さて……と、約束通りミスリル銀は貰えるんだよね? 姫さん」


 ロイフェルトの質問に、それまで唖然としていた第三王女は我に返る。


「あ、ああ。それは間違いなく下賜しよう。今は手元にない故、後日にはなるがの」


「んじゃ、楽しみに待ってるよ。まさか天然のミスリル銀をこの目で拝むことが出来るだなんて思っても見なかった。……ところでこの娘だけど……鼓膜が破れて、脳が揺さぶられてるから、早く治療した方が良いんじゃないかな? あんまり激しく動かさないようにしてね」


 その言葉に、慌てて王女の付人の一人である治癒師の少女ともう一人の護衛騎士がツァーリの元へと駆け寄った。


 うつ伏せで完全に白目を剥いて意識を失っているツァーリを2人でそっと仰向けにして、微かに漂うアンモニア臭に少し眉間を力ませたものの、治癒師の少女は何も言わずに回復魔法をかける。


 女子として……更に言うなら護衛騎士としてのプライドに関わるそれ・・に、気付かない振りをするくらいの分別は、ロイフェルトにもあったので、そっと視線を外して王女へと向き直る。


「おぬし……確か名はロイフェルトじゃったかの? ロイフェルト・ラスフィリィと言ったか」


「そう言う貴女はニキニエータ王国第三王女のユーリフィ・エステリア・ニキニエータ殿下だったよね。よく俺の名前なんか、しかもフルネームで知ってるねー」


「おぬしはある意味有名人じゃからの」


 肩を竦めるロイフェルトに、王女は少し言い難そうに逡巡したあと、意を決したように口を開いた。


「それより……マナー違反である事は重々承知しておるが、妾は立場上、おぬしが先の戦闘で何をしたのかを聞いておかねばならん」


「何をって……普通、魔術師や探索者の技術ってのは秘匿されるものじゃなかったっけ?」


「分かっておる。じゃが、妾はこの学園を卒業したその後は、王国護衛騎士団の指揮官に任命される事になっておってな。そなたの先程の技が実際に王宮で使われた時の対処法を考えねばならん」


「第三王女が護衛騎士団騎士団長?!」


「正しくは騎士団長の上だな。団員の統括は騎士団長にさせて、運用を妾が行う」


「いや、いくら第三って言ったって王女なんだから王宮の奥でふんぞり返って美味いもん飲み食いして、あとは社交で周りをへーこらさせるのが王族の役目ってもんじゃない?」


 あまりと言えばあまりの言いように、王女は嫌そうな表情を隠そうともせずしかしその台詞を否定すること無く言葉を返す。


「そんなつまらん仕事は兄上と姉上達に全て任せる。それに……妾は王族としてあまり目立ち過ぎるわけにも行かんからな」


「あぁ……第三王女って立場も楽ではないって事ね? しかも確か姫さんは第二王妃の……」


「察しが良くて助かるの。まぁ妾の様に美貌と才能を併せ持っておると何かと妬み嫉みを向けてくる輩がおるのでな」


「胸はないけどね」


「胸は関係ないわい!!」


「……気にしてたのか……」


 気まずそうな表情でボソリと呟いたロイフェルトの一言がぐさりと王女の心を穿った。


「ま……まだ成長期……成長期なのじゃ……まだ膨らみ始めたばかりなのじゃ!!」


 なのじゃなのじゃとブツブツし始めた王女の様子にそそーっと視線を逸らし、自分の持つ王女の情報を思い起こすロイフェルト。


(確か、王子王女7人兄妹の中で1番出来が良いって話だったよな……血縁内での骨肉の争いってやつか。くわばらくわばら……)


 第三王女であるユーリフィ・エステリア・ニキニエータは、ロイフェルトの言葉通り第二王妃の娘としてこの世に生を受けた。


 普通であれば、第三王女……しかも第二王妃の末娘であるならば、国にとっては予備の予備、または他国への調略を行う際に使われる駒の1つとして扱われ、王宮内ではその為の教育が優先されるのが普通であるが、ユーリフィに関しては少し事情が違っていた。


 ユーリフィは優秀すぎたのだ。


 ただでさえ強大なマナを持つ王族の中でも彼女のマナは頭1つ抜きん出ていた。故に将来を嘱望されると同時に王国の火種になる可能性も示唆されていた。


 ユーリフィには他に6人の兄姉がおり、その中でも最も身分が低く、末子である彼女の王位継承権は、王族の中でも下位にある。しかしその強大なマナの所為で彼女の王位継承権の順位を上げようとする勢力が一部あるのだ。


 これを面白く思わないのは他の兄姉達だ。


 ユーリフィには劣るものの、それぞれマナは王族を名乗るに相応しい質と量を備えてはいるのだが、ユーリフィと比べられると分が悪いと言わざるを得ない。神聖言語や神代文字の習得は疎か、魔法発動におけるマナ操作や魔方陣構築速度、更には王族を王族たらしめる固有魔法の起動呪印との相性もユーリフィが最も優秀だったからだ。


 年下の、しかも最も身分が低い末子にあらゆる面で上回られ、兄姉達は常に劣等感を刺激され続けているのだ。それぞれが、末子で可愛いはずの妹にどんな感情を持っているのかは、想像に難くないだろう。


 幼い頃より聡明であったユーリフィは、兄姉達が自分に対してどんな印象を持っているのか十分理解していた。故に極力関り合いを避けてきた。


 両親に対しても同じだ。父親である国王は、自分の身を脅かしかねない高い能力を持つ娘に対して誰の目から見ても分かるほどに警戒心を向けていた。母親は第二王妃という立場に満足しておらず、子供になんの関心も抱かない、自分の事にしか関心がない様な母親だ。これでは肉親の愛情を得ようなどと思いようもない。


 兄姉からは疎まれ、父からは警戒され、母からは無視される……そんな環境で育ったユーリフィは、しかし側近たちには恵まれていた。母親の実家付きの執事やメイド達は、ユーリフィを不憫に思ったのか惜しみない愛情を注ぎ、教育を受け持った者達はただならぬ才能を持つ彼女を熱心に教育し、実は各部署の奇人変人達を掻き集めて付けられた護衛騎士たちは、彼女の能力に心を打たれて今や彼女の手足となって動いている。


 初めは、この王宮内の端っこでひっそりと生きていこうと思っていたユーリフィだったが、それでは彼ら側近達が不憫であると思い直した。父親を刺激しない範囲で王宮内での立場を強化しつつ、王家を護る立場となる護衛騎士団指揮官に名乗りを上げたことで、兄姉達や自分を祭り上げようとする一部勢力に対し、自らの立場を明確にしたのだ。


 流石にここまで詳しい情報は知りうるはずは無いものの、国の権力争いの醜さは万国共通で、それに辟易するのは決まって有能な人間や逆に力の無い民草である事を理解しているロイフェルトは、内心肩を竦めつつも王女の申し出を受け入れた。


「んで、何を聞きたいの?」


「正直全てじゃな。先ずは初めの魔道具による《明り》が異常じゃ」


「どの辺が?」


「あの時、ツァーリは咄嗟に障壁を貼っていた」


「だね」


「ツァーリの使う障壁は、普通の障壁とは違っておっての。物理的な衝撃のみならず、魔法的要因をある程度打ち消す効果がある。それは魔道具であっても例外ではない」


「ほうほう」


「あの障壁に阻まれた以上、そなたの魔道具が発動した事自体が不可解なのじゃ」


「別に不可解でも何でもないよ」


「何?」


「あれは別に発動にマナが必要な類の魔道具じゃないし」


「何じゃと?!」


「あの障壁は、術式そのものを打ち消す障壁だろ? 鉱石とか魔石には高温になると強烈な光を発するものがあるんだよ。あれは、とある鉱石を精錬した物を使ってそれを加工して作った、マナのいらないお手軽閃光弾」


「なんと……そんな物が……それは何処で手に入れたのじゃ?」


「自分で作ったんだよ。俺、アルケミスト志望だし」


「……それは他の者でも作成可能か?」


「材料さえ有れば子供でも作れるよ。材料さえあればね」


「材料とは?」


「それは秘密。ただ……まぁ、よっぽどの事がない限り、出回る事は無いと思うよ? 自慢じゃないけど、俺だから精錬出来た代物しろものだしね。何をどう精錬すれば作れるのかって事は、俺から誰かに伝えるつもりはないし」


「何故じゃ? 知識は宝じゃ。やりようによっては巨万の富を得ることも可能であろう?」


「俺はそんな物もは求めてないよ。出過ぎた杭は打たれるのがこの世の習いってもんだし、俺は知識欲と創作欲が満たされればあとはどうでも良い。もし今後、俺以外でそれ・・の精錬にこぎつけた奴が出て、俺一人の知識じゃなくなったら売る事も吝かじゃないからその時は言って」


「うむ。まぁ、そこまで言うならこれ以上突っ込んでは聞かぬ。妾も知らぬ話しではないしの」


 引き際を弁えている人物には好感を覚えるロイフェルトは、王女に対する認識を少し上方修正する。


「次はどうやって、ツァーリを倒したか……だ。見た所、大きな外傷はない。マナの乱れは多少あったが、人の……しかも訓練をした騎士の意識を、有無を言わさず刈り取るほどの術が使われた気配はなかった」


「ああ、あれは空気の振動を増幅して頭を揺さぶったんだよ」


「空気の振動?」


「そう。例えば……」


 そう言いながら、ロイフェルトは右手を目の前に掲げ、パチンと指を鳴らした。


「……こうして指を鳴らして音を立てたとするだろう? すると人の耳にはパチンと音が聞こえて来る」


「うむ」


「これが空気の振動だ。音ってのは、この空気の振動が耳を通して頭で認識して初めてになる」


「……音と云うのは音の精霊が奏でるものではないのか?」


「違うね。いや、音の精霊ってのはいるかもしれないし、実際音に関わる魔法もあるけど、人間がと定義してるのは、全て空気の振動で、それを頭が音と認識する現象のことだ」


「……うむ。よく分からぬが、そうであると心得よう。して?」


「俺はこの空気の振動をマナで増幅して至近距離から彼女の頭の中に送りこんだんだよ。彼女の耳元で音を鳴らして増幅し、それに指向性を持たせて打ち込んだんだ」


「つまりはツァーリの耳元で、脳に向かって大声を張り上げてダメージを与えた……的な?」


「そうだね。勿論、実際に大声を張り上げたわけじゃないよ? これも俺お手製の道具を使って、音出しと増幅、更に指向性を付与してる」


「それ程大きな音はしなかったが……あの微かに聞こえた『 キィィィィィン 』と云う音の事か?」


「そうそれ。指向性を持たせて鳴らしたから、受けた人間以外には殆ど聞こえなかったはずだけどね。あれを耳元で鳴らされたら、どんなに鍛えている人間でも、鼓膜は破れるし、頭を揺さぶられて意識は刈り取られるだろうね。頭の中にある脳って部分は物凄く繊細だし、そもそもそこを鍛える事は出来ないから」


「防ぐにはどうしたら良い?」


「それこそ魔法障壁で防げばいいんじゃない? あれは物理現象に見えて、その実マナを使った魔法の一種だから」


「つまり……おぬしは魔法障壁では防げぬ閃光弾で視覚を奪い、判断力をも鈍らせる事で防御させない状況を作り、トドメを刺した……と云う事じゃな」


「まぁ、そんなとこ。あとは何かある?」


「おぬしの音の増幅の魔法とはどんな魔法じゃ? 呪文の詠唱も、魔法文字の発現も、魔法陣の構築も見られなかったが」


「……俺が神代文字も神聖言語も苦手なのは知ってるよね?」


「うむ。実際に授業でも見ておったからの。それ故不思議に思うておった。学園は何故おぬしが門徒となる事を認めたのか……とな。今の戦闘を見せられれば、その判断は間違ってはおらんかった事は明白じゃが……」


「俺が認められたのは、平民階層にしては多めのマナ量があったって事と、人よりちょっとマナ操作が得意だからって理由だよ」


「マナが多めとは?」


「C等級あるんだよ」


「なる程、下級貴族並みのマナ量か。じゃが、それだけでは特待生との話しにはなるまい。マナ操作がよっぽど優れておった……という事じゃな?」


「そういう事。俺は魔法式を構築するには神代文字や神聖言語に対する適性が足りないんだ。その代わりマナ操作には自信があるから、魔法式を使わずに、物理的に起した現象にマナを乗せて魔法の代わりにしてるんだよ」


「さらりと言っておるが、物理現象にただ闇雲にマナを乗せる程度では、たいして効果は上がるまい。魔法と呼べるレベルまでマナを乗せる事が出来る手法など、聞いたこともないの。それだけでも分かる人間にはおぬしの異常性が分かる」


「異常性とは酷い言われ様だなー」


「気を悪くさせたのであればすまぬ」


「まぁ、俺もキミに胸が無い発言したり失礼言っちゃったしお相子で」


「いや! どう考えてもおぬしの発言の方が失礼じゃろ! 妾はまだ成長期前なのじゃ!!」


「いや、男としては必ずしも大きい方が良いって訳でもないし……」


 そのセリフに、王女ばかりか取り巻き達も一様にバッとロイフェルトに向き直る。


「わっ! な、何?!」


「……本当か?」

「本当ですの?」

「ホントですか?」

「……ホント?」


「へ? 胸の話? そ、そりゃね。俺は胸に関しては大きさより形だし、大きすぎると却って萎える男もいる筈だよ」


 よく見れば、ツァーリを除けば一行は無なものに華やかさがないものばかりだ。


 王女は言わずもがな、上品そうな治療士も、盾を持った少し背が高い騎士も、斥候の装いの騎士も、揃いも揃って美形なのに、胸元だけが寂しい。


「ま、姫さんみたいに無乳もどうかと思うけど」


「無乳じゃない! 少しはある! そしてまだ成長期前なのじゃったらなのじゃ! ぬし等も自分達は大丈夫だとホッとしとるでないわ!!」


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