第9話 研究者は森の中で〇〇を熱く語る
再び、なのじゃなのじゃと呟き始めた王女に、ホッとし胸を撫で下ろしていた三人の内の一人がハッと顔を上げて声を掛ける。
「姫様……ソロソロお時間が……」
「……色々と言いたい事はあるが、取り敢えずはここまでにしておこう……特にウヌ等三人!!」
「「「ハッ!」」」
「これ以上、妾を貶める言動があるようなら……分かっておるな?」
「「「イエス! マム!」」」
左腕を腰の後ろに回し、曲げた右腕をビシッと自分の胸元に合わせる、軍隊式の敬礼のポーズを見せる三人に、差し当たっては矛を収める事にしたのか、王女は大きく頷き踵を返しかけた……が……
「……もしかして、
ロイフェルトが常人ならば聞き咎めることなど出来ないような極小の声で、ついうっかりポロっとそう口走った瞬間、王女を含む四人がガバッと振り返り、我先にと彼に詰め寄った。
「ウヒッ?!」
「……今……なんと言ったのかのう?」
「……豊胸食材と聞こえましたが?」
「……私も聞こえました」
「間違いない。そう言った」
「いいいいいやいやいやいや……別に大した話しでは……ガガガガガ……」
「な・ん・と・言ったのかと聞いておるのじゃぁぁぁぁぁ!!」
「ハッキリ豊胸食材と言いましたわよね!!」
「言った!」
「間違いない!」
王女に胸倉を掴まれ、前後に激しく揺さぶられ、他の三人にも詰め寄られる口実を作ってしまった自分の迂闊さを呪い、女性のバストに掛ける情熱は万国共通であると改めて見に染みるロイフェルト。
同じ学園の同級生とはいえ、自分とは違う貴族である彼女らに詰め寄られ、流石のロイフェルトも口を噤むわけにもいかず、あえなく貴重な情報をリークする事になったのだった。
その間ツァーリが、皆から
「……つまりその雪蛤と呼ばれる食材が、豊胸へと繋がるのじゃな?」
「そう。まだ俺も一度しか見てないし、成分の分析もした事ないから、あれが本当に俺が知ってる雪蛤であるかどうかも分からないけど、本物だったら効果がある事は確かだよ」
「して、それは何処にある?」
「……俺がこの学園に来る途中にあった村で、滋養強壮の為に食べられていた物を見……」
「ティッセ! アニステア! 今すぐ
「「畏まりました!」」
ロイフェルトの言葉が終わるのを待たずに、王女は一行の斥候役であるティッセと治癒師のアニステアに支持を出し、彼女らは直ぐさまそれに応えんと動き始める。
アニステアは、人間の限界を超える速度で虚空に神代文字で手紙の内容を描き出し、ティッセは懐から貴重な宝石を取り出して呪文を詠唱し、
作り出された
この間、僅か3秒。
「……今のって、王国の斥候だけが使う事を許されてる情報伝達魔法?」
「うむ。事は重大だ。直ぐさま調査を始めなくてはなるまい」
「たかが豊胸の為に、国家秘匿の魔法使う?!」
「妾達とっては最重要課題じゃ!」
「いやー……必死過ぎじゃね?」
「ハァ……おぬしにとってはそう思えるやも知れぬが、妾達にとっては将来にも関わることなのじゃ」
意外に真面目な話だったようで、混ぜっ返す言葉を
「妾は王族でこやつ達は貴族の子じゃ。王族や貴族にはとある義務が付き纏う。分かるか?」
「……子を成すこと。つまりは結婚か」
「……平民のおぬしが何故そこまで妾達貴族の事に精通しているのか気になる所ではあるが、まぁそういうことじゃ」
「それと胸がデカイ事とになんの因果関係が? あんた等は胸が無くても十分綺麗だし、引く手
「……そこまで率直に言われると、何やらむず痒いが……って胸が無いは余計じゃ!」
「でも事実は事実だし。そもそもそれが原因だって話じゃなかったっけ?」
「ウグッ……確かにこのままでは話が進まん。……そこ三人! ヌシらも小さい事には変わりはないのじゃからな!」
やや不服そうだが、再びビシッと姿勢を正す三人にため息をつく王女。
「貴族の男共がおぬしのように理解がある人間であれば良いが、残念ながらそう云う人間でまともな奴は少数派じゃ。胸が慎ましやかだというだけで、女を下に見る傾向が強いのが貴族社会というものじゃ」
「まぁ、そういう人間が多いって事は否定できないね。ただの好みの問題を、人間否定の材料にするような奴らは突っぱねれば良いんじゃない?」
「ただの好みの問題……か。貴族社会がそれを認める社会構造であれば問題なかったのじゃがな。残念ながらそうはいかんのじゃ」
「その心は?」
「子を成すことに関わることじゃ。虚偽か事実か分からぬが、貴族の間では、ある話がまことしやかに語られておる。それは子が生まれ、その子に乳を与える時、乳の大きさが乳の出る量に影響するとされる話じゃ。子が母親の乳を飲む際、同時に母親のマナの影響を受ける。生まれた子がどれだけ大きなマナを授かる素養が出来るかはこの時に決まる。貴族の男が胸の大きな令嬢を好むのは……」
「自分の子供により大きな将来性を持たせたいから……か。まぁ確かに、貴族社会じゃ、マナの大きさは権力の大きさに比例するところがあるしね」
「そういう事じゃ。貴族の中でも良い家柄の男児であれば、家の存続にも関わるマナの事は無視できぬ。必然、良い男は胸元にふくよかさを求めるようになったのじゃ」
「胸元が寂しい君た……ゲフンゲフン……胸元が寂しいご令嬢達はその選定から弾かれて……」
「幼女趣味の変態に嫁ぐか、もう跡継ぎの心配ない年嵩の貴族の第二婦人か愛人に……とされる可能性が高くなる」
「そりゃ、必死にもなるね」
「この学園に通う貴族の子らも、やはり胸の大きな令嬢を好む傾向があるの」
「そいつは難儀だ。胸の大きと母乳の出方に、なんの因果関係もないのにね」
「医者でもないおヌシが何を根拠に……と言いたい所ではあるが、何故かおヌシの言葉には説得力があるの」
「研究者たるものあらゆる知識に精通しているべきだ……ってのが俺のモットーだから。胸が大きかろうと小さかろうと、形が良かろうと悪かろうと母乳の出に影響はないよ」
「じゃが、事実として、胸の小さな女性は乳の出が悪いものが多い」
「それは多分
「
「人間、何かしらの重圧に晒されれば、よく体調崩したりするだろ? 腹痛起こしたり、頭痛に悩まされたりさ」
「さもありなん」
「それと同じさ。病気や体質が原因である事を除けば、ほぼ間違いなく
「うむ。それはもう男共には分かりえない程の
「そんな中、胸が大きいと乳の出が良くて、小さいと出が悪い……だなんて噂が出回れば、胸が大きい女性は安堵し、小さい女性は焦燥にかられる」
「なる程……それを
「それはもう、鬼の首を取ったような騒ぎになるだろうね。特にドロドロした貴族社会の社交界絡みになれば、少しでも優位に立ちたいご婦人方が嬉しそうに吹聴しまくる」
「それを聞いた、胸のふくよかな女性達は増長し、それが
「胸の寂しいご婦人方には更なる
「ひとつの悪循環が更なる悪循環を生むわけじゃな」
「世知辛い社会だねー貴族社会。まぁ、そんな話を聞いちゃうと、確かにあんた達が必死になるのも頷ける」
「理解を得られたようで何よりじゃ。と、いう訳で、食材を得られた際は、おぬしのところに持ち込む故、その時は成分の分析とやらを頼む」
「……ハァ……分かったよ。逆らったら後が怖そうだ」
「うむ。妾はともかく、こ奴らが黙ってはいまい」
ギラン、と光る一行の眼光に、ロイフェルトは苦笑を浮かべて降参とばかりに両手を上げた。
「……おっといかん。授業が始まるな」
慌ててその場を離れ始める王女一行をその場で見ていたロイフェルトだったが、微かに流れてきたとある臭いでハッとそれに気付いた。
「姫さん、ひとり忘れてるよ!」
「チッ……気付いたか」
「『チッ』て何よ『チッ』て。自分の部下でしょうが」
「人との関わりを避けているようで、おぬしは意外にお人好しなようだからな。放っておけば、おぬしがツァーリを連れて来てくれると踏んだんだが……実は小水塗れのツァーリを誰も運びたがらんのだ」
「塗れって程でもないでしょ。布で腰元包めば臭いもそれ程気にならないよ」
「では、おぬしが布で包んでツァーリを運ぶ……と言う事でどうじゃ」
「俺は俺で連れがいるの!」
未だ目覚めぬ様子のトゥアンを指差すロイフェルトに釣られて彼女の存在を思い出し、そう言えば……とばかりにポンッと拳で掌を叩く。
「それに……幾ら何でも男の俺が、あの状態の女の子運ぶわけには行かないでしょ。あの娘の将来に傷を残す可能性もある」
「……おぬしはやっぱりお人好しだな。ツァーリは全く気にしないであろうが、まぁおぬしの配慮は有難く受けておこう……ニケー!」
「……やはり私ですか……」
名指しで命じられ、盾持ちの背が高い女騎士がため息を吐いて肩を落とす。
「やむを得まい。他の二人では体格的に無理じゃ」
「畏まりました。アニステア、ツァーリのマントを取ってくれ」
治癒師が渡すマントでツァーリを包み、荷物のようにヨイショと肩に担ぐ。
「……良いのあれ? あの娘も一応貴族令嬢なんでしょ」
「構わぬ。ツァーリはどんな扱いを受けても文句は言わぬ。本人は全く気にしない。あやつの両親も、あやつの結婚は諦めておるから体面を気にする必要もないので良いので楽じゃ」
「なる程……放置して俺に運ばせようとする訳だ……」
「そういう事じゃ。まぁ今回はおぬしの配慮を無駄にするのもどうかと思うでな。さて、戻るとしよう。では、また授業の時にな」
「俺としては、必要最低限の接触に留めてもらいたいんだけど……」
「断る。おぬしの様な面白そうな人材をそのまま放置などしてやらぬ。そもそも、おぬしは既にツァーリのターゲットじゃ」
「はあ?」
「ツァーリは武勇に優れた人間を執拗に追い回す。今後、学園内での安寧はないと思え。ハハハハハ」
「ハハハハハ……じゃねえ! あんたそいつの主なんだからきちんと抑えろよ! ちょっと聞け! 無視すんなぁぁぁぁぁ!!」
王女一行がロイフェルトの視界と探知魔法の外へと抜けた所で、彼はクルリと振り返ってとある一角に視線を向ける。
「……んで、いつ迄寝たふりしてるのかな? ソロソロ起きたら?」
「……きききき気付いてたんですか……」
ロイフェルトの呼び掛けに、気絶していた筈のトゥアンが反応し、むっくりと起き上がった。
「意識のある人間と無い人間ってのは呼吸の仕方が違うんだ。まぁ、あの連中の前じゃ、寝たふりしたくなるのも分からんでもないけど」
「ににに苦手なんです、貴族って……ロイフェルトさんは、ぜぜ全然そんな感じしないように見えましたが?」
「俺だって苦手だよ。出来ればこれ以上は関わりたくないんだけど……あの様子だと関わらざるを得なそうだな……それより……分かってるよね?」
「ははははハイです! 向こうです……」
そう言って歩き出したトゥアンの後ろをロイフェルトは追いかける形で着いて行くのだった。
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