第7話 研究者は粉塵の中で我が身の不運を呪う
モクモクと漂う粉塵の中心で、ロイフェルトは先ずは自分の無事に安堵する。節々に痛みはあるが、それは急激な負荷が掛かった状態での筋肉使用からくる痛みで動きを阻害するような重傷なものではない。
受け身は完璧で、頭を打っていない事も確信できたロイフェルトは、粉塵が治まる前に状況を把握する為、まだ余韻の残っている気配探知で周囲を確認する。
先ずは自分の身体の上で目を回してる変態だ。ロイフェルトとしては、正直ポイッと投げ捨てたいところだが、それでは目覚めが悪いので、無事かどうかだけでもと確認する事にする。
生きていることは間違いない。脳漿がぶちまけられてもいないし、関節が逆方向に曲がっていたりもしていない。
呼吸は正常で、痛みに打ち震えている様子もない。まぁ打身程度の怪我はあるだろうけど……と結論付けると、結局ペイっと傍らに投げ捨てた。
「ふげぇ……」と、女子としてはあるまじきうめき声を発する変態の事は無視して、今度は周囲に意識を向ける。
あれ程の衝撃を、五体満足で乗り切ったのは、地面と自分の間に緩衝材となった物があるからだ。
トゥアンを受け止め、そのまま2人で錐揉み状に墜落した訳であったが、地面に叩きつけられる直前に、戦闘中の一団を突っ切る形で横切った2人の下敷きになった獣型の魔物がその緩衝材だ。
ロイフェルトは、その瞬間の感触を鮮明に覚えている。なんとか背中を下にすることが出来たので、その感触は背中から伝わったものだ。
始めは、ごわついた毛並みが彼を包むように受け止めた感触だった。
次いでその毛並みを掻き分け、背中がその魔物の脇腹に触れる感触。
更に10階建ての建物から落下した様な衝撃が全身を駆け抜け、同時に背後から何かがボキボキと砕け散る音と感触が伝播していった。
視界をかすめたのは、あらぬ方へと折曲がった頭部と四肢。じわりじわりと赤く染まっていく毛皮。そして地面に引かれていた魔物と自分達によって描かれた直線。
よくぞ生きていたものだと、こめかみに冷や汗が一筋滴り落ちる。
ロイフェルトは身体が自分の思い通りに動くかを確認しながらゆっくりと立ち上がろうとして……
背筋に冷たい何かが走る。
粉塵の隙間を縫うように一筋の光が、自分の額に向かって差し込む瞬間、ロイフェルトは咄嗟にサバイバルナイフを逆手に抜いて身体をひねりながナイフを振るう。
光はナイフに触れるとカキンと金属音を放って僅かに逸れ、ロイフェルトのこめかみをかすめながら通り過ぎた。
それは切っ先だった。ミスリル製レイピアの切っ先が、ロイフェルトの額を穿たんとしていたのだ。
収まりきってない粉塵の中で、正確に自分の頭部を狙った手並みに更なる冷や汗を滴らせ、ロイフェルトはチラリと突き手と思しき人影へと視線をくれる。
粉塵の中から現れたのは、褐色の肌にベリーショートの銀髪が特徴的な細身の剣士。学園の制服を着ているところを見れば生徒であることは間違いないが、鋭い眼光と細身ではあるが引き締まった肉食獣かのようなしなやかな肉体が温室育ちの貴族達とは一線を画している。
確か王国第三王女の護衛騎士のひとりだったよな……と記憶の中を探り当て、内心ため息をつく。平民階級のロイフェルトにとっては最も近寄りたくないチームに近寄ってしまった事に気付いたからだ。
ロイフェルトが交戦の意思がないことを示そうとナイフを降ろしかけたその瞬間、ヒュンっと切っ先が横薙ぎに払われ彼に向かう。
のわっと奇声を上げながら、片膝を脱力させ、身体を捻って切っ先をやり過ごし、空いた相手の脇腹に蹴りでも入れようかと思ったが敢えてその衝動を抑えてそのまま地面を転がり、その勢いを利用して飛び退いて距離取るロイフェルト。
刺突横薙ぎの主は、油断なくレイピアを構えたままロイフェルトを注視している。
「……どこの刺客であるかは知らぬが、私の剣を避け、私が作った誘いに乗らずに退いたその技量と眼力には素直に敬意を評しよう……」
「いやいや、別に刺客でも何でもない、ただの同級生なんだけど……と言うか授業で何度か顔合わせてるよね?」
「そんな戯言に耳を貸すつもりは無い! 大人しく我が剣の錆となるか……さもなくば我が剣の錆となれ!」
「どっちにしろ錆かーい」
「貴様の話しは我が剣で貴様を突き殺してから聞くとしよう。敵であれば突き殺す。それが我ら護衛騎士の役目!」
「いや、姫さん守るのがおたくらの役目だろ? 大体殺したら話なんてできないじゃん」
「手応えのない魔物ばかりで興醒めしていたところに降って湧いた暗殺未遂! 天は我が意を得たりて敵をくだされた! 神に感謝を!」
「人の話聞けってーって……本音出てるしー」
「ここまで来たらもう言葉は不要……大人しく我と剣を交えて命を賭して戦うのだ!」
「それってもう大人しくの範疇を超えてるよね?」
「これ以上の問答は無用だ! 覚悟しろ暗殺者!」
「だから同級生だってばー」
半泣きになりながら、ロイフェルトは再度突き込まれるレイピアの切っ先をなんとか躱す。
躱されるとむきになり、更に幾度も突きを繰り出してくる。それをロイフェルトが時には身をよじって躱し、時にはナイフで弾いて捌いた。
そうなると、護衛騎士の少女の顔に凄みのある笑みが浮かび始め、ギラギラと目を輝かせて更に刺突を繰り返してくる。
細身の割に、制服のボタンが弾き飛んでしまうのではないかと心配になる程激しく揺れる豊満な胸元だが、貧ヌーに苦しむ年上の女性が好みのロイフェルトにとっては、残念ながらご褒美にはならない。
そんな事を繰り返しているうちに、粉塵はすっかり収まり視界が完全に晴れていく。
粉塵の先に現れたのは、ロイフェルトの予想取り、第三王女とその取り巻き達だ。もう既に状況を把握しているのか武器を収め、各々こちらの様子を窺っていた。第三王女に至っては、切り株に腰をかけて既に高みの見物を決め込んでいた。
「ちょっと姫さんこの人止めてよ!」
「ツァーリはこうなると止まらぬ。諦めて剣を交えよ」
ヒュイン
「うひゃぁぁぁぁぁ!! そ、そこを止めるのが主の役目だよね?!」
「すまぬが元々ツァーリの血の気を少しでも抜く為にわざわざ昼休みにここまで来ておったのじゃ。おぬしが轢き殺したその魔物をツァーリが退治できていたならば事情も変わっておったろうが、こうなると一旦戦わねば収まらん。目の前の獲物を横取りした責任を取って大人しくツァーリの餌食となるのだな」
シュバァァァァァ
「いいいい今のあたったら死ぬから! 死ぬやつだからぁぁぁぁぁ! え、獲物を横取りした格好になったのは謝るけど、それで死ねって理不尽じゃない?!」
「安心しろ。流石に死ぬまで殺り合えとは言っとらん。一応この学園内での死に関わるような私闘は御法度じゃしな。ツァーリもそこまで馬鹿ではない……と思う……多分?」
シュビシュバァァァァァ
「疑問形んにゃぁぁぁぁぁ! い、今の見てたよね!? どう見ても殺すつもりで来てるよコイツ!! 姫さんだって、確信してないでしょ?! そんなんどう信じろってのさ!?」
「ハッハッハッ。偶に周りが見えなくなる事がこやつの欠点でな。なに、血を見るか自分で満足の行く戦いが出来れば正気に戻る」
ヒュンッ
キン
「私闘は禁じられているとか言いながら私闘を促してる様に聞こえるけど!?」
「ほほう、今のも防ぐか。まぁ、今行っているのは私闘ではなく暗殺未遂実行者の撃退じゃからな。うむ、暗殺恐ろしや恐ろしや」
「暗殺者は死するべぇぇぇし! 『
「ンギャァァァァァ!! 魔法まで使うなやぁぁぁぁぁ!」
「ほほう。ツァーリの身体強化魔法にも即対応とは……おぬし、望むのであれば妾の口利きで国家騎士や国家探索者として取り立ててやっても良いぞ?」
「何それ?! それって俺になんのメリットもないよね?!」
「何? 妾の口利きじゃぞ? それだけでおぬしにとっては褒美となろう」
シュザザザザザザ
キンキンキンキン
「俺は
「ならば、国家錬成士として取り立ててやろう。それならば文句はあるまい」
「はん!! 誰かの指示通りにしか動けない錬成士が大成出来るかよ!!
「姫様のお心遣いを無下にするとは……不敬だぞ! やはり処刑だ! 刺殺刑だ!」
「まて、ツァーリ。そう言う事は思っていても口にするのではない」
「こんな物騒なこと考えるのは問題ないのか……こえーな貴族! うわっ!! ……と言うか、満面の笑みでそんなこと言える人間を第三王女の護衛騎士にしといて良いの?! ひゃぁぁぁ! あ、あれってどう見ても王女の為にとか、国の為にとか全く考えてないよね?! ただの危ない人に見えるけど?!」
「意外に余裕そうじゃの、おぬし。身体強化を使用した状態のツァーリの刺突を喋りながら躱すのじゃからな」
「そいつはぁ……どぉぉぉぉぉもぉぉぁぁぉ!!」
「ならば、物品の褒美ではどうだ? 錬成士ならばミスリル銀のインゴットならば不足あるまい」
キィィィィィン
「……ミスリル……銀?」
「なっ?! 躱し弾くだけではなく受け止めるだと?!」
「……ミスリル鉱石ではなく?」
「うむ。しかも錬成した物ではなく天然物じゃ。まぁ怪我をしても特別に我が専属の治癒師に言って治してやるゆえ気軽に請け負うがいい」
ギリ……
突如として変化したロイフェルトの気配に、今度はツァーリがその場を飛び退く。
「俺は騎士じゃない。綺麗な戦闘を望まれてもそれには応えられないけど良い?」
「護衛騎士の相手は魔物や暗殺者などありとあらゆる敵を想定しておる。同じ騎士相手でなければ戦えぬなどと言う者が護衛騎士になるはずがなかろう。卑怯な手でも何でも使うがよい。ツァーリ、良いな?」
「ハッ! 望むところです!」
「……言質は取ったよ?」
次の瞬間の、またもロイフェルトの気配が変わる。全身の力みが抜け、その場にいるのに存在感が希薄になっていったのだ。
「「「「「「っ!!!!!」」」」」」
その様子に、ロイフェルトを除くその場にいる全員が息を呑んだ。
するとロイフェルトの右腕が、何気ない動きで何かをツァーリに向かって放り投げた。
ツァーリは油断なくそれを魔法を使って不可視の盾を作り出し受け止める。
次の瞬間、その場を光が覆い尽くす。
次いで、キィィィィィンと微かな空気が震える音。
そしてドサリと何かが崩れ落ちる音がしたところで、その場にいた人間の視力が徐々に回復していき、その目に写った光景にまたもや息を呑んだ。
ツァーリがロイフェルトの足元で意識を失っているその光景に……。
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