第二話 初めて会社の面接を受けた日
面接までの数日、必死になっていた優菜は若菜を頼り、面接で聞かれそうな事を聞いていた。
・どうして介護の仕事をしようと思ったんですか?
・どうしてここの施設に応募したんですか?
・この仕事を長く続けるつもりですか?
・不安なことはありますか?
など、若菜は自分が転職したときに聞かれたことを思い出しながら優菜に話した。
突拍子もない質問を受けることもあるし、前職を退職した理由を尋ねられることもあったが、業界未経験で社会人経験もない優菜が聞かれるであろう内容に絞った。ただ若菜は、質問の答えを考えている優菜にはアドバイスをほとんど言わなかった。多くの質問と面接官が求める答えや何を意図した質問であるかを伝えることもできたが、若菜の考え方や回答をそのまま優菜が答えてしまった時に、その回答を聞いた優菜の面接官が何を考えるかも想像できていた。
母の助言は受けていたが、優菜は自信を持った回答を用意することが出来ないまま面接当日を迎えていた。
優菜は寝不足のまま朝早くに目が覚めた。今まで辿り着けなかった面接まで辿り着いた嬉しさよりも、面接日が近づくにつれて不採用にならないか不安になっていた。
優菜は自宅で面接の時間を何度も確認し、余裕を持って自宅を出ようとしてもさらに不安になり、予定したよりも1本早いバスに乗った。
施設に到着した時には30分以上前に到着しており、あまり早い時間に尋ねるのも気が引けたために付近を散歩した。そして10分前になって遂に覚悟を決め、施設の玄関に入った。インターフォンを鳴らすと、一人の女性が現れ、事務室まで案内された。
面接までの間待つように言われた優菜だが、自分の心臓の音が聞こえ続ける程緊張していた。1分がとてつもなく長く感じた。予定していた5分前には事務室に面接担当者が2人来て、そのままその場で面接を行うことを説明された。
面接を担当するのは施設長と管理者で、私は自己紹介をした。
「はじめまして、鈴木優菜です。本日はお時間を作ってくださりありがとうございます」
施設長に促されて優菜が着席する。緊張している私を見かねて施設長が優菜に声をかける。
「大丈夫?緊張していますか?」
「緊張していますけど大丈夫です」
と優菜はすぐに返答するが、声が震えていたことが自分でもわかっていた。様子を察した施設長は優菜に肩の力を抜くように声をかける。
最初に施設長からの質問がはじまった。
「高校を卒業してから今まで何かしていましたか?アルバイトですか?」
「いえ、週に1回~10日に1回ほどのペースで応募を繰り返していました。」
「今までも介護の仕事に応募していたの?」
「介護の仕事に応募したのはここが初めてです。」
そう、ここが初めて応募した介護の仕事であり、今まで応募した会社とは何の関係性も見られない。そこを指摘されると返す言葉が無い優菜は不安に思っていたが、特に触れられることは無かった。そして回答を用意できなかった質問がとうとうきた。
「介護の仕事をやってみようと思ったきっかけはある?」
「きょ・・・興味はあったのですけど出来る自信がなくて応募できませんでした」
相手の質問の返答になっていないことはわかっていたが、今の優菜が出来る精一杯の返事だった。とても他の仕事では採用されなくて、ハローワークで勧められたからなどとは言えない。
「うん、そうだよね。介護の仕事ってやったことない人から見たら大変そうだよね。お食事とかトイレのお手伝いしなきゃいけないし、お風呂に一緒に入らないといけないからね。」
『!?・・・お風呂に一緒に入るの!!無理だ・・・』
と心の声が口から出そうになったが、一度飲み込んで深呼吸した。
「あの、お風呂のお湯に一緒に入るのですか?」
「湯船に一緒に浸かるわけじゃないですよ。お風呂場に一緒に入るってこと。入ったとしても、利用者さんの体を支えながら膝くらいまでだよ。汗もかくし、お湯飛んだりもするから入浴終わったら着替えられるように準備してきてね。」
『してきてね?って言ったよ今。これは手ごたえあるかも。』
口には出ていないが優菜の表情からは少し緊張が消え始めていた。
「採用になったらいつから出勤できますか?」
「来週からなら出られます!」
「私からは以上です」
(施設長が管理者の顔を見て)
「何かありますか?」
と尋ね、管理者は自分からもいくつか質問することを優菜に伝える。
「ここで働くことになったら、入居者様は認知症を患っている方多いですが、同じことを何回も言うことがありますけど、毎回落ち着いて初めて聞いたようにお話聞けますか?」
「やります。頑張ります」
優菜は即答する。
「体調面で不安なことはあります?持病は無いですか?」
「ありません」
体の頑丈さには自信があった優菜はこの質問にも即答した。
「わかりました。私からは以上です。」
管理者の質問が終わると施設内の案内が始まる。リビングや台所、浴室などの説明を一通り終えた後に3人は事務室に戻り、施設長が今後の予定を話しはじめる。
「それでは面接の結果は1週間以内にご連絡させていただきます。今日はありがとうございました」
「ありがとうございました」
優菜は一礼し、退室する。
施設を後にした優菜は少し速足でバス停へ向かう。面接が終わった安心感と早く家に帰りたい気持ちでいっぱいだった。
自宅に着いた優菜はとにかく若菜に報告したい気持ちでいっぱいだったが、若菜の帰宅までは大分時間があったため、買い物に出かけ夕食を作ることにした。普段家事をしない優菜だが、とにかく今は何かしていないと落ち着かなかった。
若菜が仕事を終えて帰宅した途端に優菜が話しかける。
「お母さん、面接いってきたよ」
「どうだった?結果はいつ頃わかるの?」
「一週間以内に連絡しますって言われた」
「じゃあ一週間ドキドキしながら待ってようか」
そう言って若菜がリビングに入ったときに異変に気付いた。その危機的状況に気づいた若菜が立ち尽くしていると優菜が笑顔で話しかけた。
「落ち着かなくてさ、夕飯作っておいたの」
この時の優菜の後ろに見えたおぞましい闇のオーラを若菜は見逃さなかった。
「う・・・うん。ありがとう」
血の気が引いている若菜の引きつった笑顔に気づくことも無く優菜が夕食の配膳を行う。若菜が過去に3回だけ優菜の手料理を食べたことがあったが、3回とも食後に訪れる胃の不快感と腹痛に悩まされた。そのため、いつかは花嫁として送り出すことも考えて料理を教え込まなくてはいけないと思ってはいたのだが、先延ばしにしていた若菜に訪れた急な利息の取り立て。
若菜は早速優菜と一緒に食卓に着く。そして優菜から夕食の説明を受ける。
「ハンバーグ作ったの。ちょっと焦げちゃったけど、頑張って作ったんだよ」
怖い・・・・娘が怖い。言葉だけ聞いていると本当に可愛い娘なのだが、目の前のハンバーグと言って差し出された漆黒の物体は世間一般に言う【ダークマター】と呼ばれる物ではないだろうか・・・。説明を受けなくてはこの物体が何なのかわからない。だがしかし、娘が積極的に家事を始めるきっかけになるかもしれない大事な局面。ここで変にやる気を削いでしまっては母親失格と自分に言い聞かせ、無言でダークマターの処理に入る。
これは・・・・・ おいしい!(外側以外は)
「優菜!このハンバーグおいしいよ!(外側の炭化しているところ以外は)もう少し外側を柔らかく焼けたらもっとおいしかったかな。今度から私が料理するとき手伝ってくれる?」
「うん。これからやらなきゃいけなくなるし、教えてほしいこともあるから料理するとき声かけてね」
母親の務めを果たせたのではないだろうかと胸を撫でおろし、咀嚼を最小限に抑え食事を済ませた若菜は優菜に食器の片づけをお願いした後、こっそり整腸剤を飲むことにした。親であろうと、過去の思い出は良くも悪くも中々消えないものだ。
優菜は普段行わない家事を若菜に褒めてもらったことがうれしく、翌日から積極的に家事を行うようになった。若菜の服用した整腸剤も良く効いた。
このまま娘を社会に送り出すと憲法の25条に接触する可能性があることや、最悪人命に関わることを再確認し、就職が決まるまでの間に出来る限り料理を中心に家事を教えることにした。娘がこれから食事を出す人たちの健康と平和のために・・・・。
--そして面接から3日後、施設から合否通知の電話が優菜にかかってきた--
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