第一話 介護の仕事に応募した日
大学を受験せずに高校を卒業してから仕事をしようと思っていた優菜は、在学中から就職活動を行ってはみたものの、自分が思っていたような求人が見つからなかったために公務員試験を受けようか、どこかの会社の事務員や庁舎の非常勤職員をやりながら仕事を探そうかと思っていた。2014年の4月に高校を卒業するまでは、なんとなく仕事が決まってなんとなく仕事をしているうちに彼氏と結婚する未来を想像していたが、現実は想像から剥離していた。
少し目を引く求人を見つけ相談窓口に何度も行き、どこも「履歴書を送ってください」と口を揃えて言うので、自宅に帰っては履歴書を何度も書き直し投函していた。
そして1週間ほどすると「選考の結果、この度は誠に残念ですが・・・」と似たような文章と自分の履歴書が同封された封筒が貯まるばかりの日々を繰り返す。
「私って社会から必要とされてない人なんじゃないだろうか?」
「経験が無いと面接で話すら聞いてもらえないんだ。」
と、家にいても悪いことばかり考えてしまって、段々気持ちが落ち込み、学生時代のアルバイトで貯めた貯金も少しずつ目減りしている金額を見て、自分の好きな仕事や、やりたい仕事を!なんて選んでる場合じゃ無いんだという現実を突きつけられていた。
高卒で職歴無し、英検や漢字検定以外の資格を持っていないのに、事務や専門職の仕事に応募して不採用通知が返ってくることで、身に染みて実感していた。
高校を卒業して7月に入った頃に就職相談窓口で
「私が採用されそうな会社や業種は無いんでしょうか?」
と思い切って聞いてみた。採用されない怒りと自己嫌悪を込めて、半ば八つ当たりで。
窓口の職員さんは
「そうですね。介護の仕事なら無資格未経験でもすぐに採用されることは多いんじゃないでしょうか?」
というアドバイスを受けたが、優菜には介護の仕事をするという選択肢が無かったため『介護って何するんだろう?』と全く分からずに、その場での返答が出来なかった。
「一度家に帰って考えてみます」
とその日はハローワークを後にし、目線を落としながら自宅へ向かう。
自宅に帰ってから母親に
「今日介護の仕事勧められたんだけど」
と話すと間髪入れず
「やめなさい。あんたが介護なんて無理でしょ(笑)」
と笑われた。優菜自身も無理だと思っているが、それ以前に何をするのかわからないから判断材料もないし、職歴が無いので比較の材料も無かった。
介護というと『おじいちゃんおばあちゃんが転ばないように横で支えているような仕事だよね?』程度の認識しか無かった優菜だが、幸いなことに母親である鈴木若菜は2000年にホームヘルパー2級の資格をとり、2001年からグループホームで勤務。2005年には介護福祉士を取得し、2011年には特別養護老人ホームで働き、現在は2018年から務めているグループホームで勤務を続けるベテランの介護福祉士だった。
「ねぇ、介護の仕事って何するの?」
「一言で介護っていっても色々あるし、働く場所によって全然違うのよ。汚い仕事もしなきゃいけないし、心無い言葉ぶつけられたり叩かれることだってあるのよ」
「そんなに給料高くないでしょ?なんで続けてるの?」
「家庭の為って思ったり、入居者さんの為って思ったり色々あったけど、仕事なんて自分で納得できるだけの理由があって、生活できてればいいんじゃない?私は優菜が結婚して別々に仕事するようになったらパートになろうかな」
笑顔でそう話すと若菜は黙って優菜に数冊の本を渡す。
「基本的なことはこれに書いてあるから、これ読んでみてそれでもやってみようと思ったらやってみなよ。わからないことあったら何でも聞いて」
若菜は優菜に一言添えて夕食の準備をしにキッチンへ向かう。その表情は穏やかな笑顔で、自分が長年続けてきた仕事に娘が興味を持ってくれたことに喜びを隠せなかった。
そのときの優菜は自分に自信が持てずに、どこに応募しても無理だろうなとは思いながら他の就職先を探したが、さらに増える不採用通知に嫌気がさしてきたことが大きく『他の仕事が決まるまでの間やってみようかな』という気持ちになっていた。
若菜に仕事の内容や施設の特徴などの説明を一通り受けたが、優菜は良くわからずにハローワークへ行き、職業検索機で自宅から通えそうな場所にある介護の求人を4~5件程印刷して相談窓口へ向かった。
早速持って行った求人の中からどこにしますかと尋ねられ、自宅の近くの施設に連絡してもらったところ、すぐに面接の日時が決まった。履歴書は当日持参してほしいとのことで、紹介状を出していただいてその日は帰宅した。
優菜が高校卒業してから3か月と少し、初めての就職面接だったので非常に緊張している。
面接は翌週の月曜日になった優菜は、今から何を聞かれるのだろう?と不安な気持ちもあったために、高校でもらったビジネスマナーや面接対策の資料を見直した。
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