介護福祉士は定時で帰りたい
ゆるけあ
プロローグ 余命宣告を受けた老人
窓から初夏の強い日差しが差し込む病室。
彼女はパイプ椅子に腰をかけてベッドに横たわる老人に声をかける。この老人は介護老人福祉施設に入居する佐久間市郎さんで、前日からの顔色が悪く、37度台の微熱の症状があったのだが、今朝になって嘔吐、下血の症状が認められ血中酸素飽和度が90前後、体温も38度まで上昇したために病院受診をしたところ、そのまま入院することになった。
入院準備をせずに受診したため、施設職員である彼女が生活に必要な道具を一式まとめ、佐久間さんの病室に届けに来ていた。
「今日からここに入院することになりましたよ。体調が良くなったらまた施設に戻って一緒に生活しましょう。入院生活で必要なものはベッドの横の床頭台と棚に入れてあります」
彼女はそう話すと立ち上がり、佐久間さんに直射日光が当たらないように病室のカーテンを閉めてベッドに横たわる老人に一礼し、病室を後にした。
病院から出てすぐに彼女はスマートフォンを取り出し職場に連絡をする。
「今から戻ります。」
そう話した後に彼女は社用車に戻り、職場である特別養護老人ホーム【北華園】へ向かう。
彼女が職場に戻ってまず向かった先は施設長室だった。
「失礼します。受診対応から戻りましたので、報告させていただいてよろしいでしょうか?」
と丁寧に施設長へ伺いを立てる。
「お願いします」
と施設長の谷本琴音が彼女の報告に耳を傾ける。
「詳細は検査後に再度連絡が来るそうですが、直腸ガンの進行状況によっては人工肛門になる可能性があるので、今後の経過はまだ読めないそうです」
「わかりました。おつかれさまです」
報告を終えて彼女は自分が普段勤務している部署に戻る。戻った直後に彼女の下へ職員の一人が話しかける。
「佐久間さんどうでした?」
「先の見通しは立ってないけど検査結果次第だってさ」
「昨日から少し顔色悪かったですよね。わかりました、ありがとうございます」
彼女の報告を聞いて自分の予想と大差が無いことを確認して職員は仕事に戻った。
彼女の名前は鈴木優菜で29歳独身。ユニット型の特別養護老人ホーム【北華園】で介護主任を務めている。優菜は職場の中でも年齢が若く、他の職員からの信頼が厚い。人並み外れた観察眼と積み上げ続けている知識、技術が信頼につながっており、それらが彼女を20代にして介護主任まで押し上げた。
今日入院になった佐久間さんは、優菜の入職日に入居した方で優菜にとっては特に思い入れが深い。
2日後に佐久間さんが入院した村山記念病院から優菜へ連絡が来た。
「佐久間さんの検査が一通り終わりました。ドクターの判断では人工肛門を使用するのであれば小腸ストーマになります。ガン自体の転移は無いのですが、血液検査の結果腎臓や肝臓の数値が高く、貧血傾向もみられるので体が全体的に衰えてきている状態です。低栄養状態もみられるので体が栄養分を吸収できなくなってきています。総合的に判断して人工肛門の設置はせず、このまま経過を観察して何か症状が出たときにその都度退所を行う方針で考えています」
すぐに何かを察した優菜は
「あと余命はどれくらいになりますか?」
「ドクターの見立てではこのまま自然な形で生活して3か月~半年程で、CVカテーテルの挿入を行って定期的な輸血を行えば、状況にはよりますがもっと長く生きることは可能です。ただ、CVカテーテルを入れると特別養護老人ホームでの生活はできなくなります」
「家族様に状況をお伝えして一度ご連絡させていただきます」
電話を切って優菜は深呼吸をしながら、今にも零れ落ちそうな涙を拭き取り、その内容を家族様に電話で話した。普段は冷静で仕事中に感情を表に出すことが少ない優菜だが、自分が勤務を始めた日に入居された佐久間さんとは色々なエピソードがあった。
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