幕間:お礼のご褒美?

 あの後、皆は久しぶりにカラオケに足を運んだ。


「今日はしっかり聴かせるからね! 妹ちゃんもちゃんと付いてきてよ!」

「はい!」


 色々な緊張から解放された日向ひなた香純かすみの二人はノリノリでTwo Rougeの歌を存分に歌い。


「折角だし。椿さんの歌、聴かせてもらっていいかな?」


 そんな諒の言葉に、椿も嬉しそうにその歌声を披露した。


  ──やっぱり、良い歌声だな……。


 そこにある想いを強く感じながら、しかし心を痛めることなくその曲を耳にできたことにほっとしながら、彼はその歌声を堪能していく。


 流石に諒は歌うことはなかったものの。

 あおいや萌絵もまた、それぞれに歌を歌い、皆が楽しくカラオケを楽しんでいく。


 そんな中。


「ちょっと飲み物取ってくるね」


 諒がそう言ってドリンクのカップを持ち席を立つと、


「あ、私も行ってくる! 皆はちょっと楽しんでて!」


 そう言って日向ひなたが同じくカップを手にし、後を付いて部屋を出ようとした。


「あ、じゃあ私も──」

「萌絵。ごめん!」


 更に後に続こうとした萌絵だったが、振り返った日向ひなたが申し訳無さそうに手でごめんねっとポーズを取ってそれを静止すると、そそくさと部屋を出ていった。


「……珍しいね」

「そうですね」

「多分、海原うなばら先輩、お礼を早く言いたいんだと思います。私は後でおにいにお礼言えるけど、先輩はそうもいかないから……」

「う~ん……。まあ、あそこまでしてもらったらそんな気持ちにもなるだろうし。仕方ないかな」


 香純かすみの申し訳無さそうな言葉に、萌絵はしぶしぶ席に腰を下ろす。


  ──最近、ちょっと日向ひなたの様子が怪しいのが気になるけど……。


 心の中ではそんな不安もあったのだが。

 そこはぐっと呑み込むと。


「じゃあ、次私が歌うね」


 そういって気分を変えるべく、マイクを手に取るのだった。


  * * * * *


「ねえ。諒君」

「ん? どうしたの?」


 フリードリンクコーナーで二人っきりとなった諒と日向ひなたは、ドリンクのカップをドリンクバーの機械にセットした所で、立ったまま向かい合った。

 きょとんとしている彼に対し、もじもじと髪をいじる日向ひなたは、俯き加減になりつつ、申し訳無さそうな顔を向けてくる。


「あの、ね。今回のこと、本当にありがと」

「ああ。だから気にしなくて大丈夫だよ。こっちでしたくてやったんだし」


 あー、と納得した顔をした諒は、いつもの彼らしい笑みを見せる。


「いっつもそんな事ばかり言ってさ~。諒君ってほんと、誰にでも優しいよね~」

「それを言ったら日向ひなたさんだって皆に優しいし。同じだよ」

「そんな事ないよ~。諒君と違って、色々考えちゃうし」

「色々って……皆の顔色とか?」

「ま~、それもあるけどね~」


 ふっと少し顔を赤らめた彼女が、少し真剣な表情で見つめてくるのを見て、諒は未だ首を傾げていたのだが。

 彼女はふっと彼に詰め寄ると、耳元に顔を寄せる。


「諒君、ありがと。これ、ご褒美ね」

「え?」


 思わず驚きの声をあげた諒は、次の瞬間。頬に何かが触れたのを感じた。

 温かく柔らかなそれは、一瞬何か分からなかったのだが。


 ふっと距離を空けた日向ひなたがもじもじとした恥ずかしがり方をしたのを見て、まさかという気持ちが込み上げる。

 思わず無意識に頬に手を当てる彼を見て、日向ひなたは顔を赤く染めにんまりとした。


「あの時してあげられなかったからね~。どう? 嬉しい?」

「あの時……って……」

「そ。あの時も感謝してたけど、妹ちゃんもいたし、お返ししてあげられなかったからさ~。その内ちゃんと、萌絵からもしてもらうんだよ?」


 彼女は恥じらう笑みを見せた後、先にドリンクの入ったカップを手にして、廊下を歩き去っていく。


  ──今の……って……やっぱり……。


 頬に感じたものを改めて思い返し、諒は顔を真っ赤にしたまま暫しそこで固まってしまう。


 人生で初めて頬に感じた感触に戸惑い。

 彼女の悪戯心に混乱させられた諒は、暫くの間その場を離れる事ができなかった。


 そして、先に廊下を戻る日向ひなたと言えば。


  ──諒君、めっちゃ照れちゃって。かっわいい~!


 と、満足そうな笑みを浮かべるのであった。

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