第六話:それは凄いこと

 一方その頃。

 諒は水宮みずのみやえき前から少し離れた小さな公園で、二組のブランコにそれぞれ腰を下ろしていた。


「萌絵さん、ごめんね。急に呼び出しちゃって」

「ううん。今日は家でのんびりするつもりだったから。それで、日向ひなたに関する大事な話って?」

「うん。それなんだけど……」

 

 諒は彼女に、今回の『Two Rougeなりきりフェスタ』について、事の次第を話し始めた。


 日向ひなた香純かすみが乗り気で参加しようとしている事。

 だけれど、その本気度が高いため、色々と予算が掛かって大変そうなこと。

 だからこそ、香純かすみが欲しがったショルダーキーボードの購入を後押ししたり、椿に相談したりして協力を取り付けた事など。


 それらを萌絵に一通り話して聞かせていたのだが。話を聞くにつれ、彼女の顔はやや険しいものに変わっていく。


「きっとこの話、萌絵さんって日向ひなたさんから相談受けてないよね?」

「……うん」


 萌絵から返った返事は、やや重々しいもの。


  ──やっぱり、萌絵さんあんまり良く思ってないよね……。


 その声色を聞き、そんな気持ちを覚えた諒は、表情に真剣さを見せた。


「……あのさ。日向ひなたさんを、怒らないであげてくれないかな?」

「どうして?」

「きっと、日向ひなたさんも香純かすみも凄く楽しみにしてるし、頑張りたいって思ってるんじゃないかな」

「でも、あの子結構見境なしに行動起こすから、きっと皆に迷惑掛けると思うよ。実際、諒君も日向ひなたに頼まれて説得しに来たんでしょ?」


  ──日向ひなたのことだもん。諒君から話をさせたら、渋々納得してくれるって思ってるんでしょ。


 彼女の表情が拗ねた顔になったのはそんな理由だったのだが。次に続いた彼の言葉に、萌絵は思わずきょとんとする事になる。


「いや。俺が自分で考えて萌絵さんに声を掛けたんだ」

「え? じゃあ椿さんへの相談とかって……」

「あ、うん。日向ひなたさんがきっと、椿さんにそういう話をしそうだと思って、こっちで勝手に話をしただけ」

「何で? そんなの日向ひなたにさせればいいのに。あの子が参加したいって思ってるんでしょ?」

「確かにそうかもしれないけど。でも、参加するとなれば、準備に練習、撮影から動画の編集まで色々あって時間もかかるしさ。少しでも物事は早く進んだほうが良いと思うんだよね」


 確かにそれはそうだろう。

 だが。


「でも、そういう事も含めて、やりたい人が頑張るべきだと思う。もう高校生なんだし、ちゃんと責任も持って、考えて行動しないと……」


 ……という萌絵の言葉も正論だろう。

 何処か棘のある強い言葉に、諒は困った笑みを浮かべ頭を掻くと。


「きっと萌絵さんの言う通りだと思う。でも俺、二人を応援したいんだ」 


 少し弱腰な雰囲気で、そんな言葉を吐いた。


「俺、こないだも話したけど、夢とか全然なくって。だから、萌絵さんが本に携わる仕事を目指したいって気持ちとか、日向ひなたさんや香純かすみが今回のイベント頑張りたいって夢を持つの、すごい事だと思ってるんだ。それで、折角夢を持っているなら、やっぱり叶えてほしいって思うし、応援したいし、頑張ってほしいし、協力したいなって思って……」


 俯きながら、何処か遠い目をする彼を見て、萌絵は思わず唖然とした。


  ──……やっぱり、諒君って不思議だよね。


 萌絵は思っていた。


 日向ひなたがやりたい事なら、相談するのも説得するのも自分でやるべきだと。それこそがやる側の責任になると。

 だが、諒の言葉を聞いて、それにも納得してしまった。

 憧れや夢を追いかけたい人を応援したい。その気持も最もだからだ。


  ──……もう。私も甘いんだから……。


 彼の言葉を納得してしまった今。彼女は自分でも理解してしまう

 諒が誰かを幸せにしようと望んだ気持ちを、無碍になんてできるわけがないと。 


「諒君って、こうやって私を説得したり、椿さんに相談したっていう話、日向ひなたに話してしてるの?」

「……いや、してないよ」

「どうして?」

「だって、俺の勝手なわがままだし。頼まれた訳じゃないのに『俺がやったんだよ』なんて押し付けたら、日向ひなたさん達が気分悪くするかも知れないし、気を遣いそうだし。だから椿さんにもあおいにも、俺が相談したことは伏せるように話しておいたんだ」

香純かすみちゃんのキーボードの件は?」

「あれも母さんに言って、親が何とかしてくれたって事にしてもらってる」

「……もう」


 自信なさげに話す彼を見て、思わずそんな呆れた声を出した萌絵は、


「諒君は皆に甘すぎだし、優しすぎ」


 そう言って微笑んだ。


「そうかな?」

「そうだよ。きっと諒くんのことだもん。友達だしって思ってやってあげてると思うけど。普通そこまでしないし、やっても自分の手柄にする子ばっかりだよ?」

「ごめん。あんまりこういうの、分かってなくって……」

「いいの。そういう所が諒君らしいし、諒君の良いところだもん」


 ちょっと困った顔をする諒に、彼女は首を振る。


「本当は小言のひとつふたつ日向ひなたに言ってやりたいけど、今回だけは諒君に免じて、許してあげよっかな」

「……本当に?」

「うん。だって、諒君が二人の夢を応援したいって言うなら、私も応援してあげなきゃって思うし。それに……」


 顔を上げ視線を向けてきた彼を見て、少しだけ恥ずかしそうに顔を赤らめた萌絵は、上目遣いになると。


「こうやって気を遣ってくれたお陰で、今日も諒君と逢えたし」


 そういってはにかんでみせた。

 その笑みにどきっとした諒もまた、少し顔を赤くする。


「今日って諒君、この後予定ってあるの?」

「え? いや。特に」

「じゃあ、折角だし二人で散歩とかしない? 最後のゴールデンウィークだし」

「あ、うん。俺は──」


 良いけど、と言いかけた瞬間。

 ほぼ同時に二人のスマートフォンがリズムよく振動を繰り返した。


 誰かからの電話を示すリズムに、互いにポケットや鞄からスマートフォンを取り出すと。


「「え?」」


 二人同時に同じ声をあげると、互いに顔を見合わせた。


 諒の着信は香純かすみから。

 萌絵の着信は日向ひなたから。


「……やっぱり、出たほうがいいよね?」

「……私、あまり出たくないんだけどな」

「え?」

「ううん。気にしないで。それより電話でよ」

「う、うん」


 露骨に不機嫌さをあらわにした萌絵に困った顔をしながら、諒は香純かすみからの電話に出た。


『あ、おにい? 香純かすみだけど』

「どうしたんだ?」

『あの……おにいって今、多分霧島先輩と一緒じゃない?』

「え? あ……」


 図星であることを示すような戸惑いの声を出す彼の耳に、小さなため息が聞こえる。


『今、日向ひなたさんが霧島先輩に電話してるから、そっちの状況に合わせて行動してくれる?』

「あ、うん。分かった」

『……ごめんね、おにい。じゃ、また後で』


  ──……これは、あおい辺りが話したかな?


 思わず頭を掻いた諒は、萌絵の状況を見ると……。


「……分かった。詳しい話はそっちで聞くから」


 露骨にまた不貞腐れた萌絵が、そう言って挨拶もなしに通話を切った。

 そして大きくため息をくと、しょんぼりとした顔で彼を見た。


日向ひなたが、駅前の『コックス』に来てほしいんだって」

「……ってことは、皆揃ってるよね」

「そうみたい」


 そこでまたため息を漏らす萌絵。


  ──やっぱり、あまりよく思ってないのかな……。


 そんな不安を感じる諒の心とは裏腹に。

 

  ──もう! 折角諒君と二人っきりで過ごせると思ったのに……。


 萌絵は彼との時間を邪魔された事に、強く不満を感じていたのであった。

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