第八章:そこにある夢
第一話:事実は小説より奇なり
「……ポチっちゃった……」
諒が隣の部屋で色々と調べ事をしていたのと同じ頃。
彼女が注文したのは、今日のライブで発表された企画と合わせ、Two Rouge公式ショップで限定販売された、MARRY愛用のショルダーキーボードと同型のキーボード。
これが期間限定、かつ抽選による限定十台のみ生産販売される為、その抽選に応募したのだ。
彼女の憧れ、MARRYと同型のショルダーキーボード。
それは
『Two Rougeなりきりフェスタ』。
今日のライブイベントで発表されたその企画に、
だからこそ、彼女も一念発起してこの抽選に参加したのだ。
抽選受付は今日いっぱい。しかも抽選結果が出るのは何と明日の昼。
それはまだいいだろう。
外れたらそれはそれ。
どちらかといえば、問題は抽選が当たった時。
「……お父さんだったら、協力してくれるかな……」
そう独りごちりながら、ベッドに横になると天井をぼんやりと眺める。
彼女の不安。それは勿論その価格だ。
元々ショルダーキーボードの価格は、他の楽器同様にピンキリではある。
安い物なら三万円前後。高い物だと十万を超えるわけだが。残念ながら、今回の物は後者である。
そしてその価格、流石に中学生の
「……まあ、当たるかも分からないもんね」
ため息を
当たって欲しい気持ちもあるが、その金額に対する後ろめたさから、何処か外れたほうが割り切れる自分もいる。
だからこそ、心で下手な期待をしないようにしていたのだが……事実は小説より奇なりとは、よく言ったものである。
* * * * *
翌日。
諒は未だゴールデンウィークなのを利用し、午前中から一人街に出て、ちょっとした買い物を済ませると、お昼過ぎに家に戻ってきた。
「ただいま──」
玄関を開けた瞬間。
「お母さんなんて大っ嫌い!」
思わず彼が唖然とするほどの強い叫び声がしたかと思うと、誰かがバタバタと勢いよく駆け上がる音がした。
──今の
靴を脱ぎ家に上がった彼は、そのまま居間に入ると、
「まったく。あの子ってば……」
エプロン姿の母、静江が両腕を組んで呆れ顔をし、
「まあまあ。あいつだって色々やりたい年頃なんだろ」
と、ソファーに座り相変わらず楽観的な笑みを浮かべる父、
「何があったの?」
諒が思わず首を傾げると、静江はひとつ大きなため息を
「
「キーボードって、PCの?」
「そんな安い奴ならわざわざ俺達に話なんてしないさ」
諒が
そこに映っていたもの。それは昨日
「何か抽選に当たったらしくてな。何でも千分の一の抽選に通ったらしい」
その画面を見ている内に、流石の諒も少し目を丸くする。
「は? 十五万!?」
「そうなのよ。中学生がこんな物欲しいなんて言い出すもんだから、私も流石に呆れちゃって。はい」
「あ、うん。ありがとう」
未だに不満を色濃く見せる静江が、諒の前にコップに入れた甘そうな白いコーヒーを置くと、諒はそれを一口軽く飲む。
「俺は若い内にやりたいことやらせたいし、構わないんだけどな」
「お父さんはあの子に甘すぎです! 大体
「別にちゃんと合格して何処か高校行ってくれればいいじゃないか」
「それはそうですけど、にしたって、こんな時期にこんな高い物買うなんて……」
「あいつならやる時は本気で取り組むだろ。投げ出したりはしないよ」
「ですけど、十五万ですよ?」
諒は二人の温度差をはっきりと感じると同時に、互いに
──まあ、確かに母さんが驚くのも無理ないよな。俺だって三万位のかって思ってたし……。
そんな気持ちがあると同時に。
──だけど、あいつ相当Two Rouge好きだし。本気でやりたいんだろうな……。
昨日の
「それに、最後に合格すれば良いって言いますけど、受験勉強だってそろそろ本格的にしなきゃいけないでしょ?」
「なーに。俺だって高校受験なんて二学期から何とかした位だ。大丈夫だろ?」
「何が大丈夫なもんですか! そういう所が甘いんですよ!」
両親の会話を聞く限り、会話は何処か堂々巡りしそうな雰囲気しかない。
母親の不満も、父親の楽観視も。
残念ながら根本的な一番の問題に触れていないのだから。
──ったく。ほんと、手が掛かるんだから。
ふっと少しだけ笑った諒は、すぐに表情に真剣さを見せると、
「父さん、母さん。ちょっと話があるんだけど」
と、言い争いに発展しそうな二人に割って入った。
二人の視線を受けながら、諒は彼なりのアイデアについて話をする。
それを聞き、母親は戸惑いの、父親は何処か嬉しそうな顔をした。
「諒。本気で言ってるの?」
「うん。母さん、ダメかな?」
「俺は大賛成だぞ」
「お父さんは黙ってて頂戴」
賛同する意見にあっさりと釘を刺され、思わず呆れた笑みを見せる
──ほんと、この子も
内心そう思ってはいる。
だが、
──でも、お兄ちゃんとしてそこまでしてあげたいって言うなら……。
父より具体的な話をしてきた息子のしっかりとした考えに、何処か同情も芽生える。
暫し顎に手をやり考えていた彼女は、はぁっとひとつため息を漏らす。
その顔には呆れた笑み。
「……仕方ないわね。その代わり、さっき言った事は有言実行なさい。いいわね?」
「うん。ありがとう、母さん」
嬉しそうに笑う諒を見て、両親は互いに顔を見合わせると、同じ気持ちで笑い返す。
そこにあるのは、優しい息子を持ったという、そんな嬉しさだった。
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