第二話:予想外の戸惑い
ベッドの上で枕を涙に濡らしていた
ゆっくりと目を覚ました。
窓に映るのは夜の
気づけば結構な時間眠っていたらしい。
──「
心にふっと過ぎる、母の強い否定の言葉。
それは最もである。最もであるが……子供としては、やりたい夢を否定されれば、強く反発もしたくなる。
「……お母さんの、馬鹿」
悔しさにまた涙を滲ませ、ぽつりと独りごちる。
だが、それで何とかなる訳でもなく。同時に心が落ち着いたのもあって、母の心配も最もだと理解していた。
──……キーボードは、諦めよっかな……。
流石になりきりフェスタには参加したい。
だけども、楽器にそこまでのお金を掛けなくてもいい。
そこを反省するのは、彼女も両親に迷惑ばかり掛けられないと思うからこそ。
──きっと、お
ふと、彼女はそんな事を思う。
諒と萌絵が友達となり、その流れで知り合った先輩、
正直年上の先輩なのに、ここまで感性が近い相手が現れていなければ、参加しようと考えもしなかっただろう。
そう運命を感じるからこそ、この機会を逃したくはないと強く思っている。とはいえ、自分は貯金もそれ程ない中で、ただ我儘を言っただけでは、両親に迷惑をかけているだけだ。
少しずつ反省する気持ちが大きくなってきた、その時。
「
一階から普段通りに呼ぶ静江の大きな声がした。
「あ、うん。分かったー」
思わず条件反射で返事した彼女だったが、下に行けばまた母親に不機嫌な顔をされると思い、ベッドの上で上半身を起こすも、動き出すのを躊躇してしまう。
──……うん。まずはお母さんに謝ろう。
少しの間、部屋で何とか気持ちを落ち着けようと、
と。
ふっと、目に留まったのはメールのアイコンについた未読の通知だった。
「あれ?」
寝る前にはなかったはず。
迷惑メールかと
件名にあるのは『お買い求め、ありがとうございました』の文字。
宛先は見覚えのある、Two Rouge公式通販ショップ。
──……え? え!?
強い動揺を覚えながら、恐る恐るメールを開き内容を読む。
それは件名から想像した通り。ショルダーキーボードについて入金が確認できた旨を示す内容だった。
「何で……」
片手にスマートフォンを手にしたまま、もう一方の手で驚き開いたままの口に無意識に手を当てる。
嬉しさが込み上げる。が、それ以上に驚きと戸惑いが支配し、何も言えずにいると。
「こらー。ご飯冷めちゃうから早く降りて来なさーい」
催促する母親の呆れた声が届く。
「あ、うん」
何とか返事を返した
* * * * *
キッチンに向かうと、既にテーブルに付いて諒と
「うん。やっぱり母さんのご飯は美味しいな」
「あら。ありがとう」
などと、両親はにこやかに会話し、それを笑顔で見ながら黙々とご飯を食べ進める諒。
それは普段と変わらぬ光景。まるで昼間の事などなかったかのようだ。
「ほら。
「あ、うん……」
昼の事などなかったかのような雰囲気に、強く戸惑いながらも
「いただきます」
少しおずおずとしながらご飯を食べ始めた彼女は、目でちらちらと食卓の雰囲気を確認する。
「諒。ご飯食べ終わったら向かうからな。良いか?」
「あ、うん。大丈夫」
「神楽さん達にお土産はいるかしら?」
「なーに。それは行きがてらに買って行くさ」
やはり会話は自然。
だが同時に誰もショルダーキーボードの一件に触れてこない。
それが恐ろしく彼女を不安にさせた。
「ご馳走様」
と。一足先に晩御飯を平らげた諒が挨拶を済ますと席を立ち、食器を流しに運ぶと、
「ちょっと準備を済ませて来るから」
と、そそくさと二階に駆け上がって行く。
「……お父さん達、何処か出掛けるの?」
「ああ。お父さんがお世話になってた人達に呼ばれていてね。諒と一緒に会いに行ってくる」
「そっか」
ふとした疑問から父と会話をするも、それも長く続かず。
「ご馳走様。じゃ、俺も準備を済ませてくる」
「はい」
そう言って
ぱっと見母は普段通りに見える。
が、昼間の件もあって、
──……やっぱり、お母さんと話した方が良いよね……。
「ねえ、お母さん」
そんな気持ちで意を決して声を掛けたのだが。
静江はそんな彼女に対し、
「……二人が出掛けてから話しましょ」
ため息混じりにそう告げると、互いにそれ以上何も話せぬまま。静かに食事を食べ進めるしかなくなるのだった。
* * * * *
暫くして、諒と
母と二人っきり。
その気まずさに身を小さくし俯く
「……さて。二人も出掛けたし、良いわよ。話しても」
母が静かにそう切り出すも、
──……何て言えばいいんだろう……。
諦めようと思った矢先の注文確定メール。
だが、母親の雰囲気は二人っきりになったせいもあってか。昼間ほどきつくはないものの、何処か不満気にも見える。
「……話がないなら、それでも良いわよ」
「は、話は……ある……」
「楽器の件よね?」
「……うん……」
気まずさにまたもしょんぼりと俯く娘の姿に、静江はため息を漏らすと、呆れ顔のまま視線を浮かべた。
「いい? あなたは受験生。しかもまだ中学生なの。十五万なんて高いお金払って何かをするのが当たり前なんて、思ってもらっちゃ困るのよ」
「うん」
「……私はあなたを産んだわけじゃないわ。でもあなたが大事な娘だと思っているからこそ、あなたの事を思って厳しい事を言ってる。それはわかってくれる?」
「……うん……」
その言葉は
自分は父方の子。諒は母方の子。
だからといって、今までも厳しい事を言われた事はあっても、愛情を感じなかった事なんてなかったのだから。
唇をぎゅっと噛む娘の姿に反省の色を見てとった静江は、ふっと呆れ笑いを見せた後、冗談混じりに話し出す。
「お父さんもOKしたから、今回だけは大目に見てあげたわ。だけど、はっきりいって安い買い物じゃないの。だから、せめてちゃんと弾けるようになって、やるだけの事はなさい。じゃないと、諒ががっかりするわよ」
「……え?」
突然兄の名を耳にして、
「……本当は話すなって言われてるんだけど。お金を出したのはあの子よ」
「え!? 何で……」
「お父さんと一緒よ。お兄ちゃんは妹に甘いから」
まったく、と肩を竦める静江。だが、その表情は少し嬉しそうだ。
「諒が『俺がお金出すから、買ってあげてくれないかな?』って言い出したよ。まあ、あの子はあまりお金も無駄遣いしないし、お年玉なんかもしっかり残してるから貯金もあったんでしょうけど。そしてあなたが話さなかった事情も話してくれたわ。あの子の友達にイベントに誘われたんでしょ?」
「そう、だけど……」
「あなたはそこまで話さず、憧れのアーティストのモデルだからってしか言わないから、話が
何処か嬉しそうに笑う母親の顔を見て、
──お
思わずじんわりと瞳に涙を浮かべる彼女に、静江はやれやれといった顔をする。
「いい? 折角の機会なんだし、やる以上は全力で挑みなさい。そして、ちゃんとその分受験勉強もしっかりやる事。
「うん」
「後、練習とかで遅くなる時は事前にちゃんと連絡する事。できる限りは諒も一緒に連れて行きなさい。お兄ちゃんの友達なんだし、帰り遅いと危ないから」
「分かった。……お母さん、ありがとう」
「礼なら諒に言いなさい。あ、でもそうすると話したのバレちゃうかしら。まあ、その時はお母さんが口を滑らしたって言い訳でもなさいな」
笑顔の母の優しい顔に、思わず目尻の涙を拭い、
──お
そんな想いを胸にしながら。
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