第十五話:想い出は胸いっぱいに
翌朝。
窓から入る朝日。
普段より静か過ぎる雰囲気が、深い眠りからすっと意識を現実に引き戻したのか。
諒はふっと何かの気配を感じ、ゆっくりと目を開く。
瞬間。
「ひあっ」
突然耳に届いた可愛らしい声と共に目に留まったのは、彼のベッドに両手を掛け、じっと顔を覗き込んでいた萌絵の戸惑う姿だった。
目覚めたはずなのに何処か現実感のない諒は、その戸惑いを間近に感じつつも、ぼんやりとただ彼女を見つめてしまう。
少し早く目覚め、諒の寝顔を間近で堪能していた萌絵は、それがばれたと内心強い焦りがあったのだが。
「……おはよう、萌絵さん」
「おはよう。諒君」
彼の目覚めを良いものとするかのように、萌絵もまた、幸せそうな笑顔を返した。
* * * * *
起床した二人は、神楽夫妻と共に団らんをしながら朝食を終え、チェックアウトまでに一息
「我々は今日はこのまま家路に着こうと思う。二人はもう少し見て回るのかい?」
「はい。両親や妹にお土産も買わないとですし。折角いただいた時間ですので、もう少しだけ楽しんでいこうかと」
「そうね。二人でしっかり楽しんで帰りなさい」
「はい。お二方には本当にお世話になりました。ありがとうございました!」
萌絵が勢いよく頭を下げると、神楽夫妻はニコニコと笑顔を見せる。
「こちらこそ。お陰で日本に帰って早々とても楽しく過ごせたわ。ありがとう」
「いえ。お役に立ててよかったです」
「
「はい。伝えておきます」
諒の快活な返事に納得するように謙蔵は頷くと。
「神楽様。お迎えの車が到着しました」
女将が二人に声を掛けてきた。
「では、先に失礼するよ」
「はい。お気をつけて」
謙蔵と諒は笑顔を交わし。
「二人共仲良くやるのよ。萌絵ちゃんはしっかり諒君の心を掴んでね」
「あ、は、はい……」
一恵はそんな言葉で萌絵を応援し、彼女を少しだけ困らせた。
こうして、四人はそのまま石段を降りると、下に到着していたタクシーに夫妻は乗り込み、諒達と手を振り合うと、そのまま去っていった。
「それじゃ、俺達も行こうか?」
「うん」
彼の掛け声に萌絵は頷いた後、少しだけ赤らめると、彼のシャツの袖をちょこんと掴み、上目遣いに彼を見る。
「電車乗るまでは、いい?」
その囁き声に、諒は釣られるように顔を赤く染めた後。
「う、うん。いいよ」
恥ずかしそうな笑みで何とか頷くと、萌絵はふっと嬉しそうな顔をした後、すっと彼の手を取る。
そして彼等はゆっくりと、手を繋いだまま駅前に向け、仲良く歩いて行った。
* * * * *
二人は駅前に向かう間、幾つかの店などを見回った後、最後に駅近くのお土産屋に足を運んでいた。
店の中には工芸品やアクセサリー、茶碗や湯呑などの陶器から、饅頭、クッキー、漬物など、様々なお土産が並び、多くの観光客で賑わっていた。
そんな中、彼等がまずやってきたのはお土産の定番、お菓子コーナー。
「やっぱり、温泉街だから温泉饅頭とかがいいのかな?」
諒は箱の脇にある見本品を見ながら、萌絵にそんな事を問いかけてみる。
「う~ん。私のお父さんとお母さんは洋菓子派だからなぁ。諒君のご両親は?」
「うちはどっちでも大丈夫だけど、あまりお饅頭を食べてる所、見たことないんだよね」
「だったら、無難に食べそうなものにしたら?」
「確かに。そうしてみる」
彼女のアドバイスから、彼が手に取ったのはお米を使ったクッキーの詰め合わせ。
萌絵はあまり迷うことなく、ミルクケーキの詰め合わせを手にした。
「あとは
「
「アイスとかよく食べてるけど、お菓子って言うとポテチとかなんだよね」
「それだと悩むね……」
彼女は少し考えるも、良いアイデアは浮かばない。
ただ、同時にふと思った事があった。
「何となくだけど、諒君が買ってくれた物なら、余程酷いものじゃなければ喜んでくれそうな気がする」
「そうかな?」
「うん。だから、無難にクッキーとかチョコとかにしておいたら大丈夫じゃないかな?」
「わかった」
諒はそのまま少し辺りを見回し、近くの牧場の牛乳を使ったというミルクチョコレートを選んだ。
「でも、萌絵さんがいてくれて助かったよ」
「え?」
「俺、こういうの選ぶの苦手で、いっつも時間掛かっちゃうから」
「そうなんだ。でも諒君の役に立ててるなら嬉しいな」
感謝の言葉に、満面の笑みを浮かべた萌絵は、瞬間、ふっと悪戯っぽく笑う。
「今度から買い物の時は、呼んでくれたら私が選んでもあげてもいいよ」
じっと彼に視線を向けると、諒は少し困ったような笑みを浮かべた。
「そんな。雑用みたいに呼び出すのは申し訳ないよ」
「私はそんな理由でも、諒君といられるなら嬉しいけどな」
何処か余裕のある顔をする萌絵。
勿論それは本音である。
だが、それは、次の一言で一転する。
「……なんか萌絵さん。昨日から凄く積極的だよね」
「え? あ、そ、そう……かな……」
昨晩自身が破廉恥な女子じゃないかと不安になったことを思い出し。
思わず顔を真っ赤にして俯いてしまう。
ころころと変わる反応に、諒は少しだけ戸惑うも。
「でも、それも萌絵さんだって、覚えておくよ」
彼はそう言って微笑んだ。
自分の事を知ってもらったものの、未だ気まずそうな萌絵の手を引き。片手にお土産を抱えたまま、二人は会計の列へを向かったのだが。その途中で諒はふと足を止める。
「どうしたの?」
それに気づいた萌絵がふっと彼を見ると、彼はすっと手を離した。
「ちょっとだけ待ってて」
そう言い残し、視線の先にあったアクセサリーやキーホルダーの並ぶコーナーに向かうと、ある物を手に取りじっと眺めた後、それを手にして戻ってくる。
「何を買ってきたの?」
「内緒」
敢えてそれを見せないように、土産を持った側の手に隠して笑みを浮かべた諒は、再び彼女の手を取り二人で会計の列に並ぶと、そのまま各自で会計を済ませたのだった。
* * * * *
土産を買い終え、時間もお昼を回り。
二人は名残惜し見つつも、帰りの電車に乗り、座席に腰を下ろしていた。
発車のアナウンスの後、ゆっくりと車窓から離れていく
「本当に、楽しかったね」
「そうだね。まあ泊まりになるとは思わなかったけど」
名残惜しげな顔で窓の外を見ていた萌絵に、諒は冗談交じりにそんな事を言う。
「確かにね。でも、それだけ長く諒君と居られてよかった」
「喜んでくれたなら、嬉しいよ」
二人はそう言って、互いに笑みを交わす。
「そういえば、内緒にしてたお土産って、
「あ、そうそう。それなんだけど……はい。これ」
彼は思い出したように、自身の鞄からその小さな包装を手に取ると、萌絵に手渡した。
「え?」
「お土産。付き合ってくれたお礼」
驚いた彼女に、諒はふっと笑みを見せる
「開けていい?」
「どうぞ」
萌絵が包装からその中身を取り出す。そこから出てきたもの。それは……。
「うわぁ……」
それは、桜の花びらを模したペンダントだった。
ガラス細工で作られた二つの花びらがハート型に重なっているそれを見て、彼女の表情が満面の笑みに変わる。
「ありがとう! 大事にするね! 付けてみていい?」
「うん」
彼女は嬉々とした顔でそれを首に掛けると、窓から入る光で、首元で花びらがきらきらと光る。
「似合うかな?」
「うん。想像通り似合ってるよ」
「想像通り?」
「あ、うん。ふっとお店で見た時に、萌絵さんなら似合うかなって思って」
少し気恥ずかしそうに頭を掻く諒に、萌絵も嬉しさを隠さず微笑んでみせる。
「でも、私だけこんなの貰っちゃってごめんね」
「そんなに高いものじゃないし。それに言ったでしょ? お礼だから」
「そんな事。私がわがままに沢山付き合わせたのに……」
「いいの。OKしたのは俺だから」
目の前でそう言って微笑み返してくれる諒に、萌絵の鼓動が一気に高鳴り、胸がいっぱいになる。
高鳴る心を抑え。潤む瞳を堪え。必死に笑みでそれらを隠した彼女は。
「諒君。また、一緒に何処か行こうね」
そう笑顔で口にしながら。
──きっと今度は、私がちゃんとお礼するからね。
そんな決意を新たにするのだった。
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