第四章:散歩進んで二歩下がらず?
第一話:言われてしまえばそれまでで
『それじゃ、おやすみなさい。諒君』
「おやすみなさい。萌絵さん」
木曜夜。
予定通りに萌絵との通話を終えた諒は、スマートフォンを手にしたまま、パジャマ姿でベッドの上に大の字になった。
またも顔は真っ赤。やはり、意識してしまった相手に、耳元で囁かれるように名前を口にされる恥ずかしさは別次元なのか。
──スマホじゃなくて、直接ならまだマシなんだけど……。
大きなため息を
少しずつ落ち着いていく恥ずかしさ。だが、入れ替わるように大きくなったある感情に、
「参ったなぁ」
心の声が、思わず口を
結局。この日までに決めようとした出掛ける場所は、今日も決まらなかった。
といっても、彼とて何も決めずに今日に挑んだわけではない。
先日
レクチャーを受け、デート場所としても良さそうだと認識した諒は、この場所なら少しはうまく案内できるのではと思っていた。思っていたのだが。
* * * * *
それは、彼等の通話開始まで
『もしもし。諒君?』
「うん。萌絵さん、だよね?」
『うん。こんばんは』
「こんばんは」
MINEを交わしてすぐの通話。しかも着信時に名前まで見えているのに、互いを確認してしまう二人。
まだ二度目とはいえ、慣れない緊張感から余所余所しいスタートとなった通話だが、挨拶もそこそこに。
『それでね。場所の話なんだけど……』
と、萌絵から本題を切り出されたのだが。
──そういや、萌絵さん。いい場所見つけたかな?
諒の頭に、まず最初に浮かんだのはこれだった。
彼女が選んだ場所に行けば、きっと喜んでくれるし安心なのでは。そう考えたのもあるのだが。
諒は気づかなかった。それが、自身の弱気の虫だと。
「萌絵さんは、何処かいい場所浮かんだ?」
結果、彼は開幕早々、こう安易に返してしまう。
それが命運を左右するとも知らずに。
『うん。と言っても、結局場所じゃないんだけど……』
彼女ははっきりと場所を決められなかった申し訳無さを言葉にし、小さなため息を
『諒君も行ったことのない場所が、いいかな?』
そんな曖昧な提案をしてきたのだ。
「え?」
『あの、この間自己紹介した時に言ってたでしょ? 適当な駅まで遠出して、ぶらぶらしてるって』
「う、うん」
『だったら、二人共行ったことがない場所とかだったら、色々新しい発見もできるかもしれないし。諒君も普段通りに散歩できるから、きっと気持ちも楽かな……って』
「た、確かに、そう、かも……」
言葉に感じる彼女の気遣い。
それをはっきりと感じてしまったからこそ、彼は戸惑い、言葉に
何故ならば。
残念ながら彼は
『ごめんね。こんなの答えじゃないよね。考えてくるって言ったのに……』
「そ、そんな事ないよ」
少し開いた
思わず謝りだす萌絵に、彼は見えるはずもないのに、思わず空いた片手を振って必死に否定する。
「萌絵さんがこっちに気を遣ってくれたって分かってるし。だから、大丈夫」
『そう? それなら良かった』
必死にそう慰める言葉を聞き、安堵の声が漏れる。
諒も声の雰囲気にほっとしたのも束の間。
『そういえば、諒君は何処か決めていたの?』
「あ、その。えっと……」
そう尋ね返されてしまった彼は、またも返す言葉を失った。
──行ったことない場所……。
彼女が口にした提案。それは、今頭にある提案を根底から覆すもの。
だが、折角の彼女の気遣いを無駄にはしたくない。
そう思ったからこそ。
思ってしまったからこそ。
言えなくなってしまったのだ。自身の提案を。
戸惑いの言葉に、何かを感じ取ったのだろう。
『あ、私が言ったことは気にしなくて大丈夫だから。諒君がいてくれたら、どこでも楽しめると思うし』
萌絵の優しい言葉が返ってくる。
だが、それでは納得がいかない諒は思わず。
「あ、その。情けない話なんだけど。実は俺も、結局いいところが思い浮かばなくって……」
無意識に頭を掻きながら、そんな嘘を並べてしまった。
『いいの。私がアイデアもないのに、突然春休みに逢いたいなんて言ったから、困らせちゃっただけだもん。ごめんね』
「そ、そんな事ないよ。ただ、本当にこういうの慣れてないから、色々考え過ぎて、逆にわかんなくなっちゃっただけ」
少し気落ちしたのを感じる彼女の声に、慌てて諒は首を振る。
そして。彼が必死に頭をフル回転させて出した答え。それは……。
「だ、だからさ。当日までに考えておくよ。何も浮かばなかったら萌絵さんの提案通り、二人が行ったことない駅で下りてぶらりとしてみようと思うけど。どうかな?」
結局、先延ばしだったのだ。
* * * * *
「はぁ……。情けない……」
萌絵がその提案を受け入れたことで、後は当日勝負となったわけだが。
諒は自らが提案した内容に、落胆の色を隠せなかった。
折角あそこまで
それらが良心の
──やっぱり俺なんか、好きになってもらっちゃダメなんじゃないか?
告白され、友達となって間もないものの。やはりこういう事に慣れそうにない自分に対する自虐的な気持ちが、油断するとすぐ心に強く湧き上がってしまう。
それは変わらなければいけない性格だと、分かってはいるのだが。
──……喉、乾いたな。
萌絵との通話で緊張したせいか。
ふと自身の喉がからからになっている事に気づき、諒は冴えない表情のままベッドから起き上がると、ポケットにスマートフォンを仕舞い、そのまま部屋を出て一階に下りていった。
階段を降りてすぐ、明かりのついていない一階の廊下を、玄関とは反対側に歩き出す。
両親がまだ起きていることを感じさせる、明かりの漏れる居間のドアを静かに抜けると、隣の暗い台所に入り、部屋の電気を点けた。
少しばかり強い眩しさに思わず目を背けつつ。中央のテーブルを迂回して冷蔵庫の前に立ち静かに開けると。目に留まったのは、中にある帰りに買ってきた清涼飲料水のペットボトル。
それを手に取った諒は冷蔵庫を閉め、ペットボトルの口を開けると、ぐびぐびっと中身を一気に飲み込んでいく。
「……ふぅ」
四分の一ほど飲んだ所で、彼は口を離すと、再びそれに蓋をした。
水分を摂った事で頭が少しすっきりしたのか。心が随分と落ち着いていく。
だが、それで名案が浮かぶ事もない。
──まあ、最悪行き当たりばったりでも、仕方ないか……。
自分一人なら気楽なもの。だが、やはり萌絵を無駄に歩かせてしまうのではないか、という不安は未だある。
悩みを
冷蔵庫のドアにマグネットで貼られた幾つかの紙。
料理のレシピだったり。
明日買いだす材料のメモだったり。
それは母の豆な性格が出る普段通りの場所だったのだが。そこに毛色の違う、一枚の紙があった。
それを諒はじっと眺めると……。
──ここって……。
幾つか出てきた検索結果から、詳細な情報を見た彼は、少しその場で思案すると。
──ここなら、萌絵さんを無駄に歩かせなくて済むかも。
はっきりとした希望に、ふっと笑みを浮かべた。
──これは、母さんに感謝かな。
そんな事を考え、ちゃんとお礼にお土産位買ってこないと、等と考えつつ。諒はペットボトルを冷蔵庫に戻すと、来た時よりも足取り軽く、部屋に戻っていった。
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