第十話:夢の終わり

 あれから少しして。

 着替えた服の入った店のロゴ入り手提げ袋を預かった諒は、二人の姿に少し驚いた顔をした。


 金髪の姉妹の出で立ちは、先程と真逆になったかのように、入れ替わっていた。


 選んだトップスに、追加でデニムジーンズを購入した香純かすみは、試着室で買った服装を着合わせ。髪の毛を普段通りのツインテールに戻しつつ、まるで日向ひなたが着ていたファッションと同じ姿に変わり。

 日向ひなたは、白いワンピースと羽織るカーディガンを購入し、長い髪を背中付近でゆったりと束ね、香純かすみがしていたような清楚な姿に変わった。


「いやぁ、やっぱり香純かすみはこうでなくっちゃね~」


 上から下までなめるように見回した日向ひなたは、満足そうに笑い。


「お姉ちゃんも、とってもお似合いです」


 褐色の肌に白いワンピースが予想以上に映える姉を見て、思わずそんな褒め言葉を口にする。


「諒さん。私達、似合ってます?」

「どう? どう? ちゃんとリクエスト通りだよ?」


 互いに服装を一通り見せあった後。

 二人は同時に彼に向き直り、にっこりと微笑む。

 だが、表情にはありありと、ある言葉をかけてもらえることを期待する目の輝きがある。


 彼は二人を順番に見ると。


「うん。二人共、とても似合ってるよ」


 優しい笑みと共にそう本音を口にする。

 瞬間。二人は顔を見合わせてぱっと嬉しそうな顔をすると。すっと彼の両隣に回り込み、持ってくれていた手提げ袋を彼から奪うと、同時に空いた腕に手を絡めた。

 再びの拘束にまたも彼が一気に赤面し、恥ずかしそうな顔をすると。


「うん。諒君のその照れ顔。何時見てもピュアッピュアでいいね」

「そうですね」


 姉妹は悪戯っぽく笑う。


  ──なんか、本当の姉妹みたいだよな、二人って。


 ちょっと不思議な、だが悪くない感覚を覚えながら、彼女達を見守っていると。


「折角だからさ。プリ機で記念撮影しよ?」

「あ、それ賛成です」


 日向ひなたが突然そう提案し、香純かすみも意気投合する。


「え? へ?」


 一人まだ頭が付いてこない諒が、またも間の抜けた顔をする。

 その変貌ぶりが面白い二人は、笑いながら互いに諒越しに視線を交わすと。


「じゃあ、ゲーセンにレッツゴー!」

「はい!」


 そう言って、またも諒を連行していくのだった。


* * * * *


 こうして足を運んだのはショッピングモール地下一階にあるゲームセンター『アドイース』。

 コインゲームから筐体ゲーム、体感ゲームも多いのだが。勿論、そこには女子御用達のプリクラ筐体も大量に設置されている。


 その一台に三人は入っていったのだが。


「折角だしさ。ハーレムルートっぽい写真、撮っちゃおうか?」

「え? どんなですか?」


 突然の言葉に、思わず首を傾げた彼女に、日向ひなたが何かを耳打ちをすると。香純かすみは今日何度目かわからない赤面を見せ、身を震わせ、激しく狼狽うろたえる。


「お、お姉ちゃん!? そ、それは流石に……」

「大丈夫大丈夫。流石にくっつけはしないしさ。それに記念記念」


 そう安心させるように笑う彼女だが、その顔は褐色の肌の上からも分かるほどに、同じく赤面している。

 二人の反応に、何とも不安になる諒だったが。


  ──どうせ、逃げられないよな……。


 そもそもプリクラを撮る事自体慣れていない彼は、二人の機嫌を悪くしないように、という気持ちだけで諦めていたのだが……。


「え? あ? は!?」


 いざ撮影となった時。二人が取ったポーズには、流石の諒も思わず戸惑いの声ばかりをあげてしまう。


「諒君。男なんだから、どーんと構えて立っててね」

「りょ、諒さん。早く済ませたいから。ね?」


 そんな彼を挟みポーズを決めた二人に、彼はただ、真っ赤になりながら、困った顔で視線を泳がせるしかなかった。


 そして、何度かの撮影の後、写真を選択することになったのだが……。


香純かすみが堪えきれなかったこれは残しておくとして~」

「お姉ちゃん!? そ、それは流石にダメだよぉ!」

「記念だよ? こういうのも大事なの」

「えぇぇっ!?」


 二人はわーわーきゃーきゃー言いながら撮影された写真を選択していたが、諒はあまりの恥ずかしさに、その輪に入るどころか、写真を見ることすらできなかった。


 しっかり綺麗に撮れた写真。

 そこにあるのは、恥ずかしさで顔を真っ赤にし直立不動する彼を挟み、二人も顔を真っ赤にしながら、諒の肩に両手を乗せ、頬にキスをしようとする写真。


 流石に寸止めされており、実際にキスはされていない。だが、確かに日向ひなたの言う通り、これはハーレムルート感満載である。


「折角だから、少しデコろっか」

「色々盛ります?」

香純かすみも素で可愛いし、諒君のこの表情もいいから、少しだけキラキラっとデコって、後は文字だけかな~」


 写真が決まると、意気投合しながら互いに色々と相談を進める二人を横目に。


  ──これ、黒歴史にならなきゃいいけど……。


 諒はひとりだけ後ろで肩を落とし、がっかりとしていた。


* * * * *


「いやぁ。面白かった~」

「私は流石に恥ずかしかったです」

「まあまあ。人生でそうそうあんなの撮れる機会ないから。それにしても諒君の顔は見ものだったよね~。あんなに顔真っ赤にしちゃってさ~」

「そ、そりゃ。恥ずかしいに決まってるよ」

「もう。相変わらずピュアッピュアなんだから~」


 プリクラを無事撮り終え、ゲーセンに来た時同様に、二人が諒を挟み互いに彼と腕を組み、一階のショッピングモール入り口に戻ってきた。


 心底満足そうな日向ひなたに、少し照れくさそうな香純かすみ

 そして、相変わらず緊張で固くなっている諒。

 随分と仮想恋人である姉妹への対応に慣れてきたとはいえ。やはり腕に伝わる熱や柔らかな感触には、緊張が隠せない。


「まだ陽も高いし、何処か行ってみる?」

「あ、それいいですね!」


 そう言って、姉妹が笑顔を交わした時。

 ふっと何かに気づいた日向ひなたは、一度諒から離れると、自身のポケットからスマートフォンを取り出すと、誰かと話し始めた。


「もしもし。あ、みっち〜?」


 どうやら知り合いからの電話だったのか。最初は普通に頷き、相槌を打っていたのだが。


「え? マジ!? じゃあ私が迎えに行くよ。うん。舞子はそのままよろしくね。それじゃ!」


 途中から驚きの表情を見せた彼女は、ひとしきり話し終えた後、二人に向け頭を下げた。


「ごめん! 何か急に妹が保育園で熱出したらしくて。これから迎えに行かなきゃ」

「え? そうなんですか?」


 真剣に謝る日向ひなたに、残念そうな顔をする香純かすみ

 折角姉妹関係にも慣れてきた所だっただけに、少し寂しい気持ちになる。


「そんな顔したら日向ひなたさんが困るだろ? 日向ひなたさん、早く妹さん迎えに行ってやって」


 なだめるようにそう香純かすみに話した諒は、日向ひなたに微笑むと、彼女は頷き返す。


「諒君。恋人関係はこれで終わりだけど、ちゃんと萌絵のエスコートに活かすんだよ?」

「うん。頑張ってみるよ」

「妹ちゃんもここまで。本当の妹と一緒みたいで楽しかったよ。わがままに付き合ってくれてありがとね!」

「こちらこそ、おにい共々お世話になりました。今度は普通に遊んでくださいね」

「そうしよ! まあまた恋人ごっこも面白いけど」

「それは勘弁してほしいかも……」


 悪戯っぽく笑う日向ひなたに、思わず彼が苦笑すると。流石の彼女も「冗談冗談」とさらりと口にする。


「それじゃ。二人共気をつけてね」

海原うなばら先輩もですよ!」

「うん! じゃあね~!」


 大きく手を振った日向ひなたは、そのまま踵を返すと白いワンピースの裾を舞わせながら、元気に走り去っていった。


 本当に、春の嵐が過ぎ去ったとでもいうべきか。

 彼女の勢いに振り回されていた二人は、ふぅっと大きく息をくと、互いに安堵した笑みを向ける。


「俺達も、今日はこの辺にして帰るか?」

「うん。私も少し気疲れしちゃった」

「確かに。本当に日向ひなたさんは元気あるよなぁ」

「おにいもそう思う?」

十二分じゅうにぶんに」


 恋人関係を終えた二人は、普段のような気さくな会話を交わし、笑い合う。


  ──本当は、もう少し恋人でいたかったけど……。


 香純かすみは心でそう思うも。レクチャーは十分できたし、何より諒をこれ以上疲れさせるのも可哀想だからと、敢えて口にはしなかった。


「そしたら、駅に戻るか」

「うん。あ、折角だから家に帰る前にコンビニ寄っていい?」

「ああ。何かいるのか?」

「喉乾いたから、何か買って帰ろっかなって」

「確かにな」


 春の温かい日差しと風を感じながら、二人は並びながら笑顔で駅に向け歩き出す。

 そこには、何時もの仲の良い兄妹きょうだいがいるだけ。

 だが。香純かすみはそれでも充分に満足していた。


 こんな日はもう来ないかもしれないけれど。

 それでも、一時でも兄の恋人として振る舞い、一緒にいる事ができたのだから。

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