第九話:それは間違い。だけど正解

 諒と香純かすみが見守る中。


 まるで先程の妹をなぞるように、日向ひなたが最初に向かったのはワンピースコーナー。

 そこで、白いワンピースをサイズを確認するため身体に合わせた後。少しの間じっと眺めていた彼女は、ふっと笑みを浮かべると、それを手に取った。


  ──もしかして、先輩……。


 一連の流れを見ていた香純かすみは、その動きの怪しさをいち早く感じ取る。

 そんな彼女の心を他所に、日向ひなたが次に向かったのは、またも先程彼女が向かい、選んでいたジーンズジャケットのコーナー。


 そこで、妹とお揃いのデザインのジャケットを見つけると、サイズを軽くだけ確認して迷わず手に取り、笑顔で二人の元に戻ってきた。


「さて。私が選んだのはこの二着だけど。諒君ならどっちを薦める?」


 両手に手にした服を持ち、彼に見せながら。何処か悪戯っぽい笑みで、試すように問いかける日向ひなた

 ここまでの流れを見て、香純かすみは心で迷わず答えを呟く。


  ──これ、ジーンズジャケットだ……。


 先程の日向ひなたの説明から考えた場合、より時間を掛けていた白いワンピースに後ろ髪を引かれたという事になる訳だが……。

 確かに、これは罠だ。


 理由はここに来る前。三人が出会った時に何気なく話していた、日向ひなたの一言にあった。


  ──「私なんてこの肌だからさ~。そういうのほんっと似合わないんだよね〜」


 彼女は清楚系な服装の香純かすみを褒めた時、こう言葉にしていたのだが。これこそが彼女の本心であり、選ばない理由。


 更に、ジーンズジャケットは今の日向ひなたの服装への着あわせも問題ない。

 白いワンピースを見たあの時に笑ったのも、彼女が罠を仕掛けほくそ笑んだのだと香純かすみは捉え、薦めるのであればこちらだと結論づけた。


 あからさまな罠に掛かるのか。

 それとも。今までのことを覚えていて、または何らかの理由でそれを掻い潜り、見事正解するのか。


 不安と期待の眼差しで、香純かすみ日向ひなたがじっと見つめる中。諒は顎に手をやり、少し目を閉じ考えた後。ゆっくりと目を開き、真面目な顔で日向ひなたを見て、こう答えた。


「ワンピース、かな」


 口にされた答えに、露骨に残念そうな顔をしてしまう香純かすみ

 実際、彼女の推測通り。日向ひなたにとってもそれは外れの選択肢。


  ──やっぱり、最初は引っかかっちゃうかぁ。


 少し残念な気持ちになりながらも、日向ひなたは敢えて、表情を変えはしない。


「何でそれを選んだの?」


 答え合わせには理由も必要。

 だからこそ、敢えて答えを明かさず更に問いかけたのだが。諒が返した理由は、彼女が予想しないものだった。


「似合うと思ったから」


 迷うことも、恥ずかしがる事もなく。彼がそうはっきり言葉に口にすると、思わず日向ひなたの表情が戸惑いで崩れる。


「な、何よ急に!? ふ、ふざけた答えは流石に──」

「ふざけてないよ」


 狼狽うろたえ目が泳ぐ日向ひなた。だが、諒は目を逸らす事なくこう語る。


日向ひなたさんは自分で似合わないって言ってたけどさ。さっき淋しそうに笑ったのは、本当は着たいからだよね?」

「え?」


 その言葉に、思わず驚きの声をあげたのは香純かすみだった。

 自分が感じた笑みへの答えと違う理由に、まさかといった驚きで日向ひなたを見たのだが。

 彼女が呆然と諒をじっと見つめる姿に、それが真実なのだと理解する。


香純かすみもそうだけど。日向ひなたさんも十分可愛いから、何着てもちゃんと似合うよ。肌の色を気にしてたけど、日焼けした健康的な女子がこういうの着てる姿も見るし。だから日向ひなたさんも、自信持って大丈夫だよ。充分絵になるし、似合うから」


 演技すら忘れたストレートな、自信を持って欲しいという発言。

 そこに込められた真剣さを強く感じ、日向ひなたはあからさまに顔を赤くすると。

 恥じらいを誤魔化すように服を片腕にまとめて掛け、少し俯き加減になりながら、空いた手で髪の毛の先をくるくると、落ち着かないようにいじりだした。


「……諒君ってさ。卑怯だよ」

「え? 何で?」


 意味が分からず首を傾げる彼に、彼女は恥ずかしそうに俯く。


「女の子って、色々考えてて、本当に単純じゃないんだよ。だけど……きっと私だけじゃなく、萌絵や妹ちゃんだってそうだと思うけど。恋している子が好きな彼にそんな事言われたらさ。間違ってたって、正解になるに、決まってるじゃん」


 演技をするのを忘れたのか。

 何時になくしおらしく、一人の少女として語った日向ひなたは、上目遣いにちらりと彼を見ると、はにかみながらこう言った。


「今回は仕方ないから、正解にしてあげる」

「……何か、空気読めなくて、ごめん」

「何言ってるの。恋人相手なら空気読め過ぎてヤバ過ぎだよ?」


 相手が望んでいた答えではないだろうと思い、日向ひなたの言葉に困ったように笑う諒。

 相手に望んでいた以上の答えを貰い、諒の言葉に嬉しそうに笑う日向ひなた


 今までもよく見た彼と、今までに見たことない彼女の姿に。香純かすみは安堵と羨望の微笑み向けていた。


 日向ひなたの気持ちは痛いほどに分かる。

 先程彼女に突っ込まれた通り。もしこれが普段の買い物だったら、彼女もまた、諒が選んだほうを喜んで買っていただろうから。


 同時に、彼女は日向ひなたがとても羨ましがった、その理由はというと……。


「いいなぁお姉ちゃん。私も『似合うから』って言って決めてほしかったなぁ」


 そう。

 はっきりと口にした諒の選択は、恋い焦がれる者ならば、言われたい言葉に決まっている。

 恋人っぽくねだられると、彼はきょとんとし。日向ひなたは悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「あれ? 香純かすみ。もしかして嫉妬してる?」

「別に~。そんな事ないですも〜ん」


 にんまりする日向ひなたに、顔を赤くしつつ、腕を組みそっぽを向いて不満をアピールする香純かすみ

 そんな二人を交互に見ていた諒だったが。


「あの、香純かすみさん。普通こういう時、似合わないと思う物、わざわざ選ばないと思うよ。さっきも似合うと思って選んだし」


 そんな空気を読めない発言をすると、じろりと彼女に白い目を向けられた。


「そんなのは分かってます〜。そうじゃなくって。女の子っていうのは、口ではっきり褒めて貰いたいものなんです~」


 拗ねた口調は変わらない。

 だが、そんな彼女の表情を一変させたのは日向ひなたの一言だった。


香純かすみって案外鈍感なんだね~。諒君がちゃんと言ってたじゃない。『香純かすみもそうだけど。日向ひなたさんも十分可愛いから、何着てもちゃんと似合うよ』って」

「あ……」


 彼女の言葉に、香純かすみははっとする。


 確かに。

 真剣な顔で、自分の事も可愛いと言っていた。普段そんな事を口にしない兄が、演技もせずに。


「そ、そっか。そうだよね。じゃ、じゃあ、許してあげる」


 真っ直ぐすぎる言葉を思い返し。ぽんっと赤くなった彼女もまた、急にしおらしく、俯き、恥じらう。


 言った言葉を掘り返され、これまたそっぽを向き恥ずかしそうに頬を掻く諒といい。

 ころころと表情を変えておきながら、結局恥じらう香純かすみといい。


  ──なんか、本当によく似た兄妹きょうだいだよね~。


 その変化に思わずくすくす笑った日向ひなたは、表情を普段の笑顔に戻すと、突然こんな事を言いだした。


「さて。じゃあ次は、正解したご褒美の時間かな」

「え?」


 顔を上げた香純かすみに対し、


「勿論! 今日の眼福がんぷくタイムに決まっているでしょ?」


 日向ひなたは嬉しそうに、またもにっこりと笑うのだった。

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