第二話:それは、誰のため?
諒が萌絵と通話をしていた頃。
──お
何も分からない。
その真意は、女友達と出掛ける、という事に関して。
一応ドラマや漫画などで、何となくは知っているだろう。
例えばデートに行くとした場合。女の子の好きそうなお店を回り。買い物したり、デザートを食べたり。時にその駅にある良さげなスポットに連れて行ったり。
そういう事をすべきであろうことは。
しかし、帰り道で聞いた話から……いや。それを聞かずとも、彼女は知っている。
兄がとかく女子との行動にも、流行りに対しても
このままでは、萌絵と二人きりになった時に困る事は明白。ではどうすればよいかと言えば……正直な所、かなり難題だ。
──やっぱり、お
ファッションや場所に関する知識は、なければそもそもどうにもならない。
ただ、優しい兄と優しい萌絵の組み合わせなら、気を利かせたり、彼のファッションに関してはどうにかなるだろうか。
状況を整理し。優先順位を考え。
兄をどう成長させるか。そんな事を考えていく内に。
少しずつ心が重くなり。苦しくなり。
大きなため息を漏らすと、寂しそうな顔をした。
──私、何やってるんだろ……。
諒と萌絵。
何となく二人はお似合いだと感じ、二人が付き合うことになれば、幸せになるのではないかと思ってはいる。
だが。
まだ二人は友達。そして萌絵は、ある意味で恋敵と言っても良い。
敵に塩を送る、ではないが。それに近い気持ちが、心の不満として
そこまでしなくても、自分なら兄を好きでいていられる。
兄の側にいられれば、それだけで幸せ。
だからこそ。
兄を変えるべきと思う行動が、諒と萌絵にとっての幸せには必要であっても、自分との幸せには無用な物に感じさせてしまっていた。
しかし、同時に感じている。
霧島萌絵は、決して悪い人物ではないと。
自身と違い、身近でもないのにずっと兄を見続け、兄に憧れ続けた相手。
そんな彼女の諒へ向ける優しさや興味は、妹から見ても、ちゃんと兄を知ろうとし、気遣いも感じる安堵できるもの。
だからこそ。
それでも。
どこか、二人がうまくいかなかったらと考えそうになる自分に。
──何か私、嫌な奴……。
思わず自身を責める姿を隠すように、布団を頭ごと被った、その時。
「
そんな声が、ドアの向こうから聞こえた。
随分遅い時間ではあるが。ドアから漏れる灯りで、まだ起きていると判断したであろう兄の声だった。
「うん。入っていいよ」
その顔を見て、彼女はすぐさま苦笑する。
「お
「ん?」
「霧島先輩の件で、何かあったんでしょ?」
「へ? 何で分かるんだ?」
まるで心を読まれたかのような気持ちとなる諒に、
「だって。めちゃくちゃ困った顔してたもん。今日一緒に帰った時とそっくり」
「……そんなに、酷い顔してたか?」
「うん」
確かに顔を出した諒は、わかりやすい位に眉間に皺を寄せ、困りきった表情をしていた。それは、もし事情を知らなくても、誰でも分かるくらいに普段とは違う。
「お
悪戯っぽく笑う
これを彼は、他人に中々しようとはしない。
そう。これこそ、彼女だけが知る兄の姿。
「ほら。入ってベッドにでも座ったら?」
「あ、うん」
「で。デートにでも誘われた?」
「へ?」
「図星?」
彼女の言葉にきょとんとする諒に、当たったでしょ? と言わんばかりの顔をした
「友達同士って、デートになるのか?」
諒は間の抜けた顔のまま、そう問い返してしまう。
彼の中では、付き合っている二人とでないとデートではない、という古風な発想しかないのかもしれないが。
「最近は、友達が遊びに誘う感覚でデートする事もあるんだよ?」
「へ~」
彼女はそんな最近の現実を突きつけ、彼を納得させた。
「で。OKしたの?」
「一応」
「何時?」
「えっと、今度の土曜。場所は木曜までに互いに候補を出すことになったんだけどさ……」
ふぅ、とため息を
その理由が分かるからこそ。
「つまり。早速私に頼れる人を紹介してほしいって思った訳ね?」
「……ああ。こんな早くに迷惑かける事になるなんて、思ってなかったんだけど、さ……」
何とも困ったような、それでいて申し訳無さそうな複雑な顔をする兄を見て、
それは、萌絵のために何かする事への嫉妬……ではなく。純粋に、兄が困っている姿を見るのが辛かっただけ。
「意外に霧島先輩、積極的なんだね」
「う~ん。どうだろ? その割にはかなり恥ずかしそうな感じだったし、結構勇気いったんじゃないかな?」
「恥ずかしがってる……って事は、通話でもしたの?」
「え? ああ。何か通話したいって言われてさ」
「へ~」
──やっぱり霧島先輩、お
ファミレスで見た二人も、名前で呼ぶのを恥ずかしげながらお願いしたのは萌絵。
何だかんだで積極性がある萌絵を知り、
自分にその勇気があれば、あるいは……。
そんな、もしもを考えるも。
──考えても、無駄かな……。
過去は変えられない。それを知るからこそ、彼女はそんな想いを切り捨てた。
それよりも、今困っている兄を何とかするほうが先決なのだ。
「お
「ん? ああ。毎日暇だし」
諒の答えを聞き、
「じゃあ
「え? そんな急に大丈夫なのか? 相手のスケジュールとか聞いてないだろ?」
いきなりの事に戸惑う諒だったが。そんな彼を意にも介さず、
「そりゃあ。こんな事もあろうかと、既にその人と話してスケジュール確認してるから」
「お前、めっちゃ用意周到だな……」
「そりゃ、お
意外そうな顔をした諒に、彼女は思わず優しい笑みを浮かべる。
それが本当にありがたいと彼も感じ、
「……ありがとな。
そう言って、ペコリと頭を下げる。
だがその瞬間、少しだけ彼女が不満そうな顔をした。
「それだけ?」
「え?」
「今日の帰りは頭撫でてくれたのにな~」
またもあっけに取られる諒に、呆れるように
「……これだから、子供っぽいって言われるんだよ」
ふっと笑った諒は、迷わず頭に手をやると。
「ほんとに。ありがとな」
昼間と同じく、優しく頭を撫でてやる。
まるで、その行為に喜ぶ猫のように、満足そうな顔をした
「じゃあ、明後日楽しみにしててね。しっかりお
そう笑顔で言葉を返した。
「……ん? あ、ああ」
──言い間違い、だよな?
彼女の言葉に疑問を覚えるも。何となくそれを今突っ込むのは野暮に感じ、敢えて指摘はしなかったのだが。
その時に見せた笑みが、とても自慢げだった事にまで、気づくことはできなかった。
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