第三章:ゴールデンツインシスターズ

第一話:勇気あるお誘い

 皆とボウリングを楽しんだ日も、終わりを迎えようとしている二十二時過ぎ。

 風呂を済ませた諒が、ベッドで胸まで布団を被ってごろりと仰向けになり、少しうとうとと微睡んていると。

 不意にスマートフォンが振動したのに気づき、無意識に手に取った。


 ロック画面に写った通知は、萌絵からのMINE。


  ──こんな時間に?


 今日のやり取りは皆と会っていた為、特段MINEを送ったりしていなかった事を思い出すも。流石に随分と遅い時間。

 彼は少し首を傾げた後。ロックを解除し彼女とのタイムラインを見ると。


『こんばんは。諒君ってまだ起きてる?』


 そんなメッセージがあった。


『あ、うん。大丈夫』


 取り急ぎ短文を返すと。


『良かった。今日は色々巻き込んじゃってごめんね』


 気遣いをはっきりと感じる萌絵からの返信に、諒はふっと優しい笑みをになる。


『大丈夫。香純かすみも楽しんでたし』

『諒君は楽しかった?』

『うん。萌絵さんの素敵な歌も聴けたしね』


 彼が感じた素直な感想だったのだが。

 そこから少しの間、彼女からのメッセージが途絶えた。


 この時。

 萌絵はその言葉に顔を真っ赤にし、恥ずかしがってしまい、返事をできなかっただけなのだが。

 相手の状況の見えない諒は、


  ──何か、気に触る事、言っちゃったかな……。


 逆にそんな不安に駆られていた。

 そして彼はそうなった時、反応だけは早い。


『ごめん。気分、悪くしちゃったかな?』


 思わずそんな謝罪を送信したのだが。


『そんな事ないよ! 凄く嬉しかったもん!』


 彼女からの反応もまた、恐ろしく早かった。


『それなら良いんだけど。でも、本当に今日は色々とありがとう』

『こちらこそ。凄く楽しかったし、諒君の事も色々知れてよかった』

『そっか。そういえば、何か用事でもあった?』


 ふとMINEが来た理由が気になり、そうメッセージを送ると。


『うん。そうなんだけど……』


 と、少し迷いのある文章が届く。


  ──こういう時、待つべきなのかな……。


 MINEすら不慣れ過ぎる諒は、萌絵に迷惑をかけていないか常に不安になっていたのだが。

その気持を露呈する文を書いていた途中、彼女から救いの手となる言葉が……。


『あの……。ちょっと通話しても、いいかな?』


 いや。

 救いにはならぬ言葉が届いた。


「へっ!?」


 思わず彼の口から、素で変な声が漏れ出た。

 二人で話すとすれば、それは告白への答えを返した日以来。今日はまだ皆もいたため思ったより自然に話せたが。通話自体も初めてだが、何より二人で話すという緊張感は、未だ計り知れない。


 思わず頭を抱える彼だったが。

 今度はその間が、萌絵を不安にさせたのか。


『あの。無理なら大丈夫だよ?』


 逆に心配をかけられた。

 はっとした諒は慌てて返信を返すも。


『だ、だいじょいぶ!』


 まるで噛んだようなメッセージを送ってしまい、顔を真っ赤にした。


 その文章が面白かったのか。

 彼女から可愛いぶたさんがふふふっと笑うスタンプが届き。羞恥心がより高まった諒は、思わず真っ赤な顔に片手を当て、恥ずかしさに叫びそうになるのを必死に堪える。


 その直後。

 スマートフォンが、定期的な間隔で振動し、止まる。

 そう。それは萌絵からの、MINE通話を示す振動。


 彼ははっとすると、慌ててスマートフォンの通話を許可すると、それを耳に当てた。


『あの……。夜分遅くに、ごめんね』


 耳に届くのは、彼女の澄んだ声。だが、何処か緊張を感じるもの。


  ──彼女も、緊張してるのかな……。


 そんな共通点を感じ、少しだけほっとしながら。


「ううん。まだ眠れなくって暇してた所だから」


 そんな言葉で己の本心を隠し、萌絵を安心させようと心掛けた。


「それで、用事って?」

『あ。うん。その事、なんだけど……』


 そう言った後。耳元に届いたのは大きなため息。


  ──ん? 何か、話しにくい事?


 そう察するも。何を語ろうとしているか分からない彼は、言葉を待つしかできない。


『あ、あのね。その……』


 何処か恥ずかしげな声。

 それを聞き、諒が最初に思い浮かべたもの。それは告白直前の萌絵の姿だった。

 もじもじする彼女の姿を思い浮かべてしまい、こちらも少し恥ずかしさが助長される。だが、そのままでは埒が明かない事もわかっている。

 だからこそ、彼なりに優しく声を掛けてみた。


「も、萌絵さん。落ち着いて。ね?」

『う、うん』


 声に従うように、通話越しに深呼吸した彼女は、小さく無意識に『よし』と気合を入れると、続きを話し出した。


『あのね。この間、春休みに逢いたいって話、したと思うんだけどね』

「あ、うん」

『そ、それでね。その……何時、行けるか聞きたいな、って……』


 恥ずかしさを堪え、何とか最後まで言い切った萌絵だが。最後のあたりは、もうか細い声で、彼も聞き取るのがやっとの状態。


  ──そういえば。そんな事言ってたっけ……。


 諒もそれを思い出すと、少しだけ困ったような顔をした。

 その表情の訳は、ああ言ったものの、逢う時のプランなど全くなかったからに他ならない。

 ただ。今はまだ日程しか聞かれていないことを良いことに。


「こっちはこの間言った通り、別にいつでも大丈夫だけど。萌絵さん的には?」


 結局無難にそこだけ答え、尋ね返してみる。


『私も予定はないんだけど……。じゃあ、今度の土曜日で、どうかな?』


 萌絵の指定した日は、今日から五日後の、四月に入って初めての土曜日。

 その週が終われば、彼等は二年としての始業式が始まる為、その土日は春休み最後と言っても良い。


  ──五日、か。


 諒は提示された日程に、内心かなり安堵した。

 それだけあれば、少しは心構えもできるだろうと感じたのだから。


「萌絵さんが大丈夫なら、それでいいよ」

『うん。ありがとう。それでね……』


 日付が決まって少しだけほっとした声を出す彼女だったが。続く言葉はまた端切れが悪い。

 そして諒も、その言葉の続きは流石に予想できる。


『何処か行きたい所、ないかな?』

「何処かに、かぁ……」


 正直な所、女友達と何処か行ったという経験は、妹である香純かすみと位。

 残念ながらぴんと来る場所などない。

 ただ、同時に何となく乏しい知識ながら理解はしている。こういう時、男が先導するように決めるべきであると。


 だからこそ諒は、


「少し考えさせてもらっていい? 木曜位までに考えてみるから」


 答えの先延ばしをした。

 ただ、それは彼女にも朗報だったのだろう。


『うん。私も頑張って考えてみるね』


 そんな、少し安心した声が返ってきた。


『こんな話のために、夜遅くにごめんね』

「ほんと気にしなくて大丈夫だよ。じゃあ、木曜の夜にまたメッセージで状況確認して、通話する感じでいいかな?」

『うん。楽しみにしてるね』


 はっきりと嬉しそうな声を出す萌絵に、気恥ずかしい気持ちになるも。諒はそれを声に出さぬように、必死に堪える。


「じゃあ、今回はこの辺かな?」

『そうだね。今日は本当にありがとう』

「こっちこそ。それじゃ、おやすみなさい」

『うん。おやすみなさい。諒君』


 互いに短い挨拶を交わし、通話を切った後。

 諒は限界と言わんばかりに大きなため息を漏らすと、携帯を枕元に放り投げ、両腕で顔を覆う。


 気疲れもあった。だが、それ以上に。


  ──『おやすみなさい。諒君』


 その、耳元に届いた声の破壊力に、完全に恥ずかしさが振り切ってしまっていたのだ。


「あぁぁぁぁ……。ったく……」


 声を何とか抑え、呻き声とも、愚痴とも取れぬ意味のない言葉をいた彼は、大きな深呼吸を二、三度繰り返し、少しずつ平静を取り戻そうとした。


  ──こんなんで、二人っきりとか……大丈夫なのか?


 告白から意識させられ続けている美少女に、諒はどう接すれば良いか、ただただ困り果てていた。

 しかし同時に、課せられた無理難題に対する答えも、何とか用意せねばならない。


「……やっぱ、頼るしかないか」


 泣き言を言うように呟いた彼は、ふっと身を起こしベッドを降りると、部屋を静かに出ていった。

 その先にいるであろう、唯一の希望に頼るために。

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