幕間:謝る兄。はにかむ妹
日も暮れかかり。少し肌寒い大通りに面した歩道を、諒と
「今日は楽しかったね。お
満足そうな笑みでそう兄に声を掛けた彼女だったが。見上げた諒の顔が冴えないのに気づき、首を傾げる。
「どうかしたの?」
「いや……」
ちらりと視線を重ね苦笑いをした諒は、視線を前に戻すと。
「今日は、ごめんな」
そう、彼女に謝って来た。
「え?」
「今日、お前にかなり気を遣わせちゃったからさ。もっと気楽に遊びたかっただろ?」
諒の言葉に、
諒がカラオケで歌わなかったのは、彼が失恋した後、歌うのが辛くなった事を知っていたから。
だからこそ、それで
ボウリング場で諒が
それは。
大好きな兄を悪く言われないため。
大好きな兄が傷心するのを元気づけたかったため。
確かに自らが見せた気遣いだった。
だが。
「大丈夫だよ。私、今日すっごく楽しかったもん」
正直、
兄に告白した相手と、平常心を保って遊べるのか。遊べたとして楽しめるのか。それが分からなかったから。
だが。
萌絵が想像していたより兄を理解し、兄だけでなく自分にも優しく気を遣わせないよう接してくれた事は、彼女に充分な安心感をもたらし。
特にボウリング場で、友達である
……まあ、流石に最後に抱きついたのは流石に許容できなかったが。
それでも
彼女の笑みを見て、嘘はないと感じ取ったのだろう。
諒は同じように優しく微笑み返すと、並んで歩きながら、ふっと
「それでも。ありがとな」
「……もう。すぐそうやって子供扱いする」
不貞腐れたような言葉。
だが、
今日一日、楽しかった。
だがこれこそが、今日一番嬉しい、最高のご褒美。
そっと手をどけた諒に対し。
少しだけ彼の前に出た
「そういえばお
半分興味本位で尋ねたのだが。聞かれた諒は「えっ!?」っと驚き、うーんと強く悩み込む。
「正直突然すぎて、訳が分からなくて。恥ずかしかったのは間違いないけど、それ以上に泣かれて困った、かな?」
ぽりぽりと頬を掻き、見せたのは本当に困った顔。
それを見て、彼女の
「じゃあ。もし私が抱きついてたら、どうだった?」
「はぁ!?」
突拍子もない質問に、思わず驚きの声を返した彼だったが。じ~っと見つめる
「そりゃ、あんな状況だぞ。恥ずかしいって……」
ひどい質問だと抗議するかのように、少し不貞腐れた。
それを聞いた瞬間。
「そっか。妹でも恥ずかしいとか。お
と、小馬鹿にしたような言葉と満面の笑みを見せると、くるりと身を翻し。金髪のポニーテールをなびかせながら、再び諒の脇に並ぶ。
が。はっきりとからかわれたと分かった彼は、視線を合わせず少し早歩きになった。
その動きに流石にやりすぎたと気づき。
「あ! お
慌てて腕を引き、思わず引き留めようとした
諒はやや必死さを見せる彼女にちらりと視線を向けると。
「今日は気遣いに免じて、許してやるよ」
そう言って、仕返しと言わんばかりににっこり微笑んだ。
本気で怒っていなかったことに胸を撫で下ろす
「そういや、お
ふと。そんな素朴な疑問を尋ねてみると。
「そう言われても。どこにどう連れて行ったらいいかも分からないし」
今まで彼女どころか女友達もいなかった諒は、素直にそんな言葉を返す。
「散歩の事気にしてたし。一緒に何処か歩き回ったら?」
「そう言ったって一人とは違うし。やっぱりちゃんとした所位わかってないと、意味なく疲れさせちゃうだろ?」
「確かにね〜。でもお
「ないない。だから困ってるんだって」
両手を頭の上に回し、天を仰いだ諒の顔には、諦めに似た歯がゆさが浮かんでいる。
それをじっと見上げていた
「お
「え?」
突然の事に思わず彼女に顔を向けると、
「もしかして……
何となく思いついた名を口にした瞬間。
その顔が一気に呆れたものに変わる。
「お
「何がだよ? だって今日セレクトショップ、だっけ? なんかそういう所行くの得意とか言ってたし。お前が知り合いになってたから聞いただけだって」
「はぁ。これだから……」
「いいから。ここは妹にどーんと任せて。ね?」
「ん……まぁ。必要になったらな」
妙にやる気を出す彼女に水を差すように、微妙な言葉を返した諒は、内心首を傾げていた。
この時、彼はこの笑みの理由に気づかなかった。
そう。
本当に、気づかなかったのだ。
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