第十話:これからも友達で

「いやぁ〜。今日はほんっとうに楽しかった~」


 上社かみやしろえきから水宮みずのみやえきへと向かう帰りの電車。

 夕日に近づいた太陽に照らされた車内の一角で、座席に座った日向ひなたが満足そうに伸びをする。

 それを見て、隣に座る萌絵も同意するように頷くと。


「でも本当、諒君凄かったね~」


 本当に嬉しそうに、手すりに掴まり立っている諒に尊敬の眼差しを向けた。


「そんな事ないよ。ただ、みんなが最後まで応援してくれたから、頑張れただけ」


 素直に褒められたせいか。諒は気恥ずかしさで視線を床に逸し、頭を掻く。


「とはいえ流石に、霧島先輩のはどうかと思いますけど」


 日向ひなたを挟んで反対側に座っていた香純かすみが、少し不機嫌な表情を見せるが。


「まあまあ。そういう香純かすみちゃんも駆け出して、同じことしようとしなかった?」


 と、諒の脇で微笑み立っているあおいに突っ込まれると、


「そ、そんなことないです!」


 慌てて強く否定しながら、恥ずかしそうに身を縮こまらせ、顔を真っ赤にした。


* * * * *


 諒が最後に投じたボールは、一投目と同じく緩やかな角度ながら、ガターにまっすぐ進んでいく。

 曲がる気配のないボールに、皆が「ああ……」と失意の声を漏らす中。


「お見事」


 木根だけは何かに気づき、にこりと笑った。


 その言葉が現実を変えたのか。

 まるで魔法にでも掛かったかのように、ボールがガター直前でくいっと鋭角に曲がる。


 フックボール。

 カーブとは違う、直線に転がったボールを急に曲げるテクニックのひとつ。

 先程失敗した技を、諒はここに来て初めて成功させたのだ。


 観客の「おおっ!」という驚きと共に、ボールは斜めから六番ピンめがけ進んで行く。


「いっちゃえ!」

「当たって!」

「お願い!!」


 日向ひなたの。香純かすみの。萌絵の声が。そして大きくなる観客の声援が周囲を包む中。


  カコーン!


 気持ちいい音を立てボールが六番ピンを飛ばすと、それは吸い込まれるように七番ピンに当たり。

 レーンから消えたピンと入れ替わるように、生まれたのは歓喜の声だった。


『二番レーンのお客様。おめでとうございます!』


 店内アナウンスもやや高揚した声で祝いの言葉を掛け。


「めっちゃいいもの見たね!」

「本当にあいつすげ~や」

「お兄ちゃんすごい! すご~い!」


 観客達が各々に感想を述べ、大きな拍手を送る中。

 じっと、倒したピンの方を見ていた諒は、喜び……ではなく。大きく安堵の息をき胸を撫で下ろすと、笑顔で振り返った。


 その瞬間。


「諒君!!」


 突然、勢いよく彼の胸に飛び込んできたのは萌絵だった。


「え!? も、萌絵さん!?」


 感極まり。涙声で叫んだ彼女を何とか受け止めた諒だが。投球エリアもワックスが塗られているせいか。反動で滑り、彼女を振り回すかのようにくるりと回る。

 それでも彼女を離さず回転を止め、何とか支えると。


「良かった! 成功して良かったぁ!」


 胸に飛び込んだ萌絵は、そのまま嬉し泣きを始めてしまう。


「え、あ、その……」


 経験したことのない展開に、あからさまに戸惑う諒の姿が面白かったのだろう。


「兄ちゃんモテるね!」

「見せつけやがって!!」

「ひゅーひゅー!


 周囲の歓声は笑いと冷やかしに変わり。彼はただ頭を掻き、顔を真っ赤にしてしまう。


「はいはい。二人共そこまで。霧島先輩、ここは公共の場ですよ」


 と。そんな二人に近寄ったのは、これまたあからさまに不貞腐れた香純かすみ

 彼女も思わず駆け出しそうになったのだが。萌絵がひと足早く飛び出したせいで完全に出鼻を挫かれ、心と身体のやり場を失っていたのだ。


 無理矢理二人の間に割って入り、彼等を引き離すと。流石の萌絵も自分がしたことに気づき。


「あ、あ……。ご、ごめんなさい!」


 思わず諒に背を向け俯くと、今度は両手で顔を覆い真っ赤になった。

 彼女に向け白い目を向ける香純かすみだったが。


香純かすみ。許してあげなよ。悪気があったわけじゃないんだし」


 声を掛けられ視線を向けた先にある、兄の何とも困ったような苦笑を見た瞬間。それは呆れた笑顔に変わり。


「まあ、おにいが許すなら、許してあげる」


 そう言って両手を上げハイタッチを求め、彼もそれに優しくそれに応えたのだった。


* * * * *


「でも諒君ってやっぱ変わってるよね」

「え?」


 突然の日向ひなたの言葉に諒が視線を戻すと、彼女は悪びれない笑顔で出迎える。


「カラオケは歌わないし。萌絵のボウリングをたった十分位で上達させるし。しかもあれだけ応援されてたのに、気にも留めず淡々とボール投げてたし。本当に変だよね〜」


 そう言って、わざと大袈裟に呆れてみせた。


日向ひなた。それは──」

「ストップ。萌絵。最後まで聞いて」


 表情を険しくし、彼女をまたも咎めそうになる萌絵だったが。それを真剣な顔で制したのは日向ひなただった。そして、また彼女らしい笑顔で諒に視線を戻す。


「でもね。一生懸命私達をカラオケで盛り上げてくれて。苦手だったボウリングで萌絵を沢山笑顔にして。最後は私達まで楽しませちゃってさ。まるで人を笑顔にする魔法でも使われたみたい」


 何とも変わった例え。

 だが。次に見せた屈託のない彼女の笑みは、彼を褒めたのだと皆が納得できるもの。


「私、こんな性格だからさ。また気分悪くさせちゃったりするかもだけど」


 頬を掻き、少しだけ申し訳なさそうな顔をした日向ひなただったが。


「良かったら。これからも友達として、仲良くしよ?」


 次の瞬間にっと笑みを浮かべ、すっと彼の前に手を伸ばす。

 その意図に気づいた諒は。


「こっちこそ。ノリについていけるように、頑張るね」


 そう言って、優しく彼女と握手を交わし。それを見た萌絵、香純かすみあおいの三人は安心した表情で、互いに笑顔を交わすのだった。


* * * * *


 五人が電車が水宮みずのみや駅前えきまえに着いた頃には、夕日もだいぶ傾いていた。


「僕は駅前に用事があるから」

「私達もそろそろ帰らないとだね。おにい

「そうだな。今日はみんな、ありがとう」

「こっちこそ。今日はとても楽しかったよ」

「また皆で何処か遊びに行こ? 何なら遊び場所多そうな所、散歩しながら探検してもいいよ~」


 五人がそれぞれに軽快な言葉と笑顔を交わすと。


「それじゃ。みんな、気をつけて帰ってね」


 爽やかな笑顔を残し、あおいが先に背を向けると、そのまま線路沿いの商店街へ歩き出し。


「こっちも行くね。それじゃ、また」

「皆さん、失礼します!」


 次に大きく頭を下げた香純かすみと、軽く手を振った諒が振り返り。駅から続く大通りに向け歩き出し。


「まったね~」


 大きく手を振った日向ひなたと萌絵だけがその場に残された。

 皆の離れゆく背中を見ながら。


日向ひなた

「ん? どうしたの?」


 萌絵が静かに声を掛けると、きょとんとする彼女に向け、ゆっくり顔を向ける。


「今日のこれ。香純かすみちゃんが諒君の妹って知ってて企画したでしょ?」


 怒っているわけではない。ただ、その表情は確信めいた呆れ顔。


「だって萌絵ってさ~。あれから何も進展してないんだもん。だからきっかけを作っただ〜け」


 日向ひなたはそれを否定せず、逆に同じ呆れ顔でそう返すと、瞬間。


「でも抱き合えたんだし、良かったじゃん」


 そう言って「しっしっし」っといやらしく笑う。

 瞬間。あの時の事を思い出した萌絵が、目を丸くしぽんっと顔を赤くすると。


「そ、それは言わないの! もうっ」


 照れ隠しか。腕を組み不貞腐れると、勢いよくそっぽを向いた。

 その反応に満足した日向ひなたは、またも小さく笑うと、彼女から視線を逸し、遠くに消えた諒達の歩んだ道をじっと見つめた。


「でも、『友達からって言われた』って聞いた時はどんだけのダメなの? って思ってけど」


 そこで、ため息と共に何かを吐き出すと。


「あれだけ私に責められてもこっちを責めないし。ノリは悪かったけど、本当に気を遣ってくれたし。友達がいるのに木根さんの言うことも断れないし。不器用だけど、良い奴だね。諒君」


 ちらりと視線で日向ひなたを追った萌絵は、その表情に釣られるように、同じ方向に視線をやると。


「うん。そう思う」


 そう言って、自分が褒められたかのように優しい笑みを浮かべる。


「でもさ。萌絵がそうやってずっと奥手なまま、彼と中々仲良くなろうとしないんだったらさ」


 日向ひなたは、静かに萌絵に向き直ると。


「私が先に沢山諒君を誘って。好きって告白して、彼女になっちゃうかもよ?」


 肩に掛かる髪の毛を後ろに払うと、真剣な顔でそんな事を口にした。


「え!?」


 突然の一言に目を丸くする萌絵の反応は、嘘でしょ!? と言わんばかり。


 それもそうだ。

 いきなり日向ひなたも彼に惚れたと言わんばかりの発言をすれば、彼女だって冷静ではいられない。

 しかも、その表情の真剣さは、強く本気を感じさせるもの。


 彼女も困った驚きようを見た日向ひなたは。


「……ぷっ。あっはっはっはっ!」


 瞬間、吹き出した後、お腹を抱えて笑い出した。

 その変化に呆然とする彼女に。


「嘘に決まってるじゃん。やっぱ萌絵ってピュアっピュアだよね~」


 してやったりといった顔で、にんまりと笑った。


「……もう。ふざけないでよ!」

「ごめんごめん。でもこんな茶化され方されたくなかったらさ。早く二人っきりで散歩でも何でも行ってきなよ〜。折角の春休みなんだし、仲良くなるチャンスだよ?」


 してやられた萌絵が不貞腐れたのを見ながら、ふっと呆れた笑みでそんなアドバイスを残すと。


「それじゃ私も帰るね。朗報期待してるから!」


 心底楽しそうな顔で、手で敬礼しつつウィンクしてみせた。


「うん。気をつけてね」

「萌絵もね。じゃ〜ね~!」


 互いに手を振り合うと、日向ひなたは改札の中に入っていき。中でもう一度萌絵に振り返り大きく手を振った。

 返すように手を振り。そのままホームに消えた彼女を見送った萌絵は。ほんの少しだけ、先程の日向ひなたとの会話と表情を振り返る。


「まさか、ね……」


 心に僅かに引っかかった感情を払うように呟いた萌絵は、踵を返すと一人家路を歩き始めた。


 色々あった一日。

 でも、諒と一緒にいられた一日。


 それらを思い返す内に。先程の僅かな不安を忘れ。楽しそうな笑みを浮かべ。軽快な足取りで、萌絵もまた一人、両親が待つ家へと帰って行くのだった。

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