第八話:体技心
諒が投球するため選んだ立ち位置は、先程と同じ左端。
そして彼は再び、華麗なフォームでボールをレーンに投げ込んだ。
ボールは先程と同じく右のガターに向けすーっと速度を維持し流れるように転がっていくも、早い段階で緩やかな弧を描き出す。
先程と軌道は違い、レーン中間を超えた頃にはある程度曲がり切ったボールは、そのままヘッドピンに向け転がっていくと。
カコーン!
心地いいピンを弾く音と共に、ボールが激しくピンを吹き飛ばし、十本のピン全てを倒してみせた。
「うまっ!」
「やったぁ!」
またも感嘆の声を上げた
「木根さん。あれ、ピンが足りてないですよ?」
そう。萌絵の言葉通り、二つのレーンに並べられたピンには、ヘッドピン以外に、二番、四番、八番のピンしか存在しない。
おかしくないかと言わんばかりの彼女に、木根が変わらぬ笑顔を向けた。
「そう。これがこのゲームだよ。『パンチャーアウト』って、聞いたことあるかな?」
「パンチャー、アウト、ですか?」
彼女が疑問の声を上げた直後。
「うそ!? それってあの、『スポーツランカー』の!?」
より驚いたのは
『スポーツランカー』。
それはスポーツ選手に変わったルールの競技をチャレンジさせる企画のテレビ番組である。
惜しまれながらも二年ほど前に番組は終了したのだが。
番組の企画のひとつに、ボウリングのプロが様々な配置に並ぶピンを、各ステージ二投のチャレンジで一度で倒し切るという『パンチャーアウト』のコーナーがあった。
全九ステージ。しかし全ステージ制覇以前に、全ステージ見ることすらプロでもままならない、そんな高難度な企画だったと彼女は記憶している。
「でもあれ、確か番組内でもたった二人しかパーフェクト達成していない奴でしょ!?」
「よく知ってるね。その通りだよ。そして、撮影に使われてた店は、ここ」
木根が嬉しそうに話す内容に、
「で、何で諒君がそんなゲームしてるわけ!?」
驚きっぱなしの彼女の問いかけに、
「う~ん。強いて言えば、自分が可能性を見出したから、かな?」
木根がそう目を細め応えた直後。
カコーン!
会話の合間に、諒はさらりと二ステージ目の配置を一投目で倒しきっていた。
このゲームに気づいた近くの観客達が、どよめきつつ自分達のプレイを止め、少しずつ視線をこちらに向けてくる。
「彼のお父さんは僕の弟子でプロボウラーだったんだ。十年ほど前に脚を痛めて引退しちゃったんだけど。そんな彼が数年前、中学生の諒君を連れて来たんだけど、その投球を見て僕が一目惚れしてね。遊びに来た時にこうやってチャレンジしてもらってるのさ」
「お
「へ~!」
木根の話に続き、興奮気味に話す
「しかし。これだけの人前は初めてだというのに、ここまで集中できるのってのはやっぱり凄いね。しかも、もう
「心を、打っている?」
木根の言葉を萌絵が復唱すると。全く観客が目に入らないかのように、淡々と準備を進める諒から視線を逸らすことなく、彼は微笑んだ後こんな言葉を口にした。
「さっき、そこの彼が言った言葉があるだろう?」
「そういや
ふとその言葉を思い出した
「普通はね。心技体。精神、技術、
「
萌絵の問いかけに、ちらりと彼女を見た木根は小さく頷いた。
「ほら。あの投球、見ててご覧」
彼の言葉に皆の視線が諒に注がれると。
彼が三ステージ目に挑まんと、投球エリアに上がった瞬間だった。
「あれ? また全部のピン揃ってませんか?」
萌絵の見たピンの配置は……確かに。一見、全部あるようにも見える。
だが。
「いや。あれは五番、八番、九番がないかな? あれだとヘッドピンの当て方がうまくないと、左右どちらかだけ倒れちゃって反対が残るかも」
と。
諒は再び左端から、今まで同様に見事なフォームでボールをレーンに投げ込むと。
ボールは一ステージ二投目に近いカーブを描き、ヘッドピンに向かう。
但し、その進入角度はより右寄り。
そして。
カコーン!
ヘッドピンが吹き飛び左側のピンをなぎ倒しつつ、ピンに当たった反動で多少軌道がずれたボールが右側の三番ピンに触れ、それが右側もドミノ倒しのように綺麗にピンを倒し、これまた全部を倒し切ると。
「おお~!」
と、突如驚きの声が上がった。
気づけば周囲には、待合席の後ろ側にも少しずつ人だかりができてきている。
「
木根がそう静かに口にすると。ちらりと萌絵に目をやる。
「このゲーム自体、注目を集めやすいかもしれない。だけど周囲の人達の目は既に、期待に満ちているだろう?」
そう言われて萌絵や
「彼は、
「……確かに、そうだと思います」
「だね〜」
その問いかけに、萌絵と
確かに彼の構えと投球。
それが今、自分達の心を打っているのは、二人共胸の高鳴りからはっきりと感じていた。
ただ凄いだけではない何か。凄い輝きとでもいうのだろうか。
「だからきっと、周囲の人も期待しちゃうんですね」
「うん。きっとそうだと思う」
木根の優しい言葉を聞きながら、次の準備のため静かにボールを拭く諒を見て、萌絵の心が少し熱くなった。
好きな彼を褒められたのもあるだろう。
好きな彼が注目を集めているのもあるかもしれない。
だが。それ以上に。
今まで側で見られなかった、不器用で優しい普段の彼と違う真剣さ。
それが、心をよりときめかせ。彼をより強く意識させていたのだから。
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