第七話:ノリより願いを取る男

 その後。

 諒に教わったことをしっかりと吸収した萌絵は、センスの良さも相成り、第一フレームとは見違えるスコアを続け。結果、人生で初めてトータルスコアで百を超えた。

 一旦休憩となり、皆で一度椅子に腰を下ろし、飲み物を飲んだ後。


「諒君、本当にありがとう!」


 萌絵が隣に座る諒に対し、興奮気味にお礼を言うと。彼は


「上手くいってよかったよ」


 と、胸を撫で下ろしつつ、にっこりと笑みを返す。


「ほっんと。諒君のお陰で萌絵が喜んでくれたのはいいけど、危うく私が抜かれるかってヒヤヒヤしちゃったよね~」


 参ったと言わんばかりの台詞を口にした日向ひなただが、彼女もまた嬉しそうだ。


 萌絵の正式なスコアは百十二。

 実際、日向ひなたのスコア、百二十に届くかという所まで迫っていた。


「でもきっと、センスもあるんじゃないかな?」

「確かに、おにいの教え方がうまいのもありますけど、霧島先輩の適応力は凄いと思います」


 あおい香純かすみも彼女を褒めると、流石に気恥ずかしくなったのか。萌絵は照れながら俯いた。


「で。次のゲームは流石に諒君も投げるよね?」


 日向ひなたが興味津々にそう尋ねてきた、その時だった。


「ちょっと、失礼するよ」


 そう言って、待合席のエリアに入ってきたのは木根だった。

 相変わらず優しげな顔をする木根に、皆の視線が集まる中。


「諒君。の話なんだが、考えてくれたかい?」


 彼はそう、短く尋ねてくる。

 その言葉を聞き、諒はふぅっと息を吐くと、少しだけ表情を暗くした。


  ──木根さんにも良くしてもらってるから何とかしたいけど……。また、日向ひなたさんの機嫌、悪くしちゃうかもしれないな……。


 ちらりと彼女に視線を向けると、それに気づいた日向ひなたが首を傾げる。


「どうしたの?」

「あの……日向ひなたさん、ごめん」

「ん?」

「ちょっと次のゲーム……俺一人で、プレイさせて貰えないかな?」

「え? 今度は何!?」


 突然の言葉に少し戸惑う日向ひなたの反応に、彼の表情が冴えないものに変わったのに気づいた萌絵が、心配そうな顔をする。


「この人、木根さんって言って、この店のフロアディレクターで父さんの知り合いなんだけど。木根さんからちょっとお願いされた事があって。ただ、そのせいで、また気分悪くさせちゃうかもしれないんだけど……」

「例えば?」

「真剣すぎてノリが悪いとか……。応援されても反応返せないとか……」


 先程までの日向ひなたの態度が脳裏に過り。諒は心で気分が重くなるのを感じる。

 彼をじっと見つめたまま、沈黙する彼女の態度を否定と捉えたのか。


日向ひなたさん。良かったら、諒のお願い、聞いてくれないかな?」


 先にあおいがそう優しくお願いすると。


海原うなばら先輩! 絶対おにいのプレイ見たら楽しめますから! だから、私からもお願いします!」


 彼に続き、必死な顔で香純かすみが勢いよく頭を下げる。

 そして。


「突然の彼の申し出は私のわがままなんだ。友達同士楽しくやっている所に水を差して済まないが、良ければ許してやってくれないかな?」


 木根までもが、立ったまま紳士的な雰囲気で頭を下げた。

 突然の皆の行動に、日向ひなたは大きなため息をくと。


「何かさ~。これじゃ、私が悪者みたいじゃん?」


 少し不貞腐れた顔をし。声を掛けた相手を一瞥した後、諒に視線を戻す。


「真剣にやるってことは、凄いの見せてくれるって事?」


 表情を変えずに彼女がそう問いかけると、


「正直、喜んでもらえるかは、分からないけど……」


 その圧に息苦しさを感じながら、彼は彼なりの素直な本音を返した。


日向ひなた……」


 彼の弱気な言葉に、思わず萌絵が彼女に視線を向ける。

 それは、彼女の気分を害すのではないかという不安と心配を、はっきりと感じさせるもの。

 幾多の視線を一身に浴びた日向ひなたは……。


「あーもう!」


 思わずそう叫ぶと、びしっと諒を指差した。


「諒君はもう少し自信持ちなって。みんなのためにやってあげたいなら、そう言ってくれればいいじゃん。私だってそんな気持ちでやりたいって言うなら、嫌な顔なんてしないよ?」

「う……ご、ごめん」


 その言葉に肯定が含まれているとはいえ。彼は申し訳なさで困ったように頭を掻き。

 あおい香純かすみは、彼女の言葉に顔を見合わせると笑みになり。萌絵も、ほっとした表情を見せた。


「じゃあ、決まりだね。ありがとう」


 彼女の優しさにもう一度頭を下げた木根は、すぐにインカムでスタッフに何かを指示する。

 と、その直後。

 突然スタッフ数名が先程使っていたレーンに上がり、モップや機械でレーンを磨き始めた。


「え、えっと? 何が始まるわけ!?」


 はっきりと動揺する日向ひなたに、ふっと笑みを浮かべた木根は。


「見ててごらん。テレビで見るより、興奮するかもしれないよ」


 そう、意味ありげに笑ってみせた。


* * * * *


 あれから数分して。


「ディレクター。準備完了です」

「ありがとう」


 スタッフの一人の報告に、変わらぬ笑みで礼を告げた木根は、諒に視線を向ける。


「こちらの準備は整ったよ。レーンコンディションは出来る限り両方合わせてある」

「ありがとうございます。その……期待に応えられなかったら、すいません」


 自信なさげにそう口にした後。彼は気持ちを切り替えたのか、真剣な表情ですっと立ち上がり、リターンラックでマイボールを拭き始める。

 空いた椅子には入れ替わるように、ゆっくりと木根が腰を下ろした。


「おにい! 頑張って!」

体技心たいぎしん、忘れずにね」


 自然と力の入った香純かすみあおいが真剣な眼差しを向けると、声に気づき顔を向けた諒は、ふっと笑みを見せた後、ボールを手にして投球エリアに上がった。

 スタンスドットの一番左端に立つと、ボールを構え、ゆっくりと息をき。

 諒はゆっくりと、とても滑らかで大きな、それこそプロと見間違うような華麗なフォームでボールをレーンに投げ込んだ。


 ボールは投げた位置と真逆のガターに向け素早く進んでいくが、途中から綺麗なカーブ描く。

 が、勢いがありすぎたのか。中間を超えた辺りで大きく逆に流れてしまい、そのまま左側のガターに落ちた。


「すごっ……」


 結果は散々に見えるも。カーブの曲がり具合と滑らかなフォームに、思わず日向ひなたは感嘆の声を上げてしまう。


「でも、曲がりすぎちゃったね……」


 萌絵の方は失敗を残念がり、振り返る彼が落ち込んでいないかを心配した。

 しかし。


「あれはレーンコンディションを確認する何時もの儀式みたいなものさ。大丈夫だよ」


 そんな木根の言葉の通り。振り返った諒の顔には、失意の表情などまったくなく。未だ真剣さだけがあった。

 そして、リターンラックに戻ってきたボールを丁寧に拭くと。今度は隣のレーンの投球エリアに足を運ぶ。


「え?」

「どういうこと!?」


 萌絵と日向ひなたが同時に疑問の声を上げるが。


「このゲームのプレイは、二レーン分使うんだよ」


 あおいがそんな二人に優しくそう教えてあげた。

 そして、二投目。


 それが、彼女達二人をも震撼させる、彼の孤高のゲームの始まりとなった。

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