第二話:付き添い人達の自己紹介

 五人がやってきたのは、上社かみやしろえき北口正面の大通り、上社かみやしろショッピングロードにある大型アミューズメント施設、『ファイナルラウンド上社かみやしろ駅前えきまえ店』。


 そのビル五階。カラオケフロアの一室に彼等はいた。


 半円状に壁三面に隣接したソファには、奥から順に、香純かすみ日向ひなた、萌絵、諒、そしてあおいが並んで座っている。

 これこそ日向ひなたが入る順番までコントロールし、思い描いた理想の配置だ。


 目の前にはシェアすべく頼んだ、ポテトやナゲット、オニオンリングが乗った大皿。

 そして各々おのおのが入る前にドリンクバーで取ってきたドリンクが置かれている。


「さて。じゃあまずは自己紹介でもしようか」


 その場を仕切るようにあおいが声を上げると、日向ひなたが「はーい!」と返事し、香純かすみも大きく頷く。

 未だ流されっぱなしの諒と萌絵も、流石に落ち着いてきたのか。二人共頷き返した。


「じゃあ、まずは僕から。神城かみしろ高校こうこう一年の赤城あおい。諒や香純かすみちゃんの名字と同じだけど、親しくなれる機会だし、できたらあおいって呼んでほしいかな」

「これよこれ。あおい君が女子にモテるの、分かるよね~」


 優しげに語る彼に向け、感心するように頷く日向ひなたに。


「そんな事ないよ」


 あおいははにかみながら謙遜する。

 これがここにいる女性陣でなければ、羨望の眼差しの中にハートを宿している所であろうか。


「趣味は一応テニスだけど、部活には入ってない。あと、両親の仕事から理容師や美容師に興味があって、色々勉強してる所」

「何か、凄く似合いそう……」

「ですよね。お店にいたら絶対人気出ますよ」


 彼が美容室に立つ姿。

 あまりにもしっくりくるイメージから萌絵が漏らした一言に、香純かすみが相槌を打つ。

 褒め言葉ににっこりと微笑んだ彼は「ありがとう」と短く二人に返すと。


「こんな所かな? 良かったら、これからもよろしく」


 そう言って自己紹介を終え、皆が代わりに温かい拍手を返した。


「じゃあ、次は私!」


 次に手を上げたのは日向ひなた


「同じく神城かみしろ高校こうこう一年の海原うなばら日向ひなた。青井諒君や萌絵のクラスメイトで~す。と言っても、諒君とはあまり話せてなかったけど」


 ごめんね! と手を立て舌を出し、あまり反省の見えない笑顔で謝る彼女に、諒は苦笑しながら首を振る。


「こんなギャルっぽい格好だけど、ちゃんとピュアってるから安心してね。趣味はセレクトショップ巡り。流行りの服とかチェックするの好きなんだよね~。あ、あと、アイドルユニット『Twoツー Rougeルージュ』が大好き過ぎて、ライブとか近くであったら迷わず行っちゃいま~す!」


 快活に、勢い良く話す中で日向ひなたが口にした一言に。


「え? 海原うなばら先輩もクレインウォッチャーなんですか!?」


 釣られて目を輝かせたのは香純かすみだった。


 アイドルユニット、『Two Rouge』。

 女性二人組ユニットで、メインボーカルのKATEケイトと、サブボーカル兼ショルダーキーボード担当のMARRYマリーが、歌とダンスで魅せる、近年若者に大人気のアイドルユニットである。

 クレインとは、ユニット名を略した時に日本名の鶴となる事から、公式でも使われる略称。

 そして。冬に日本に来る鶴を寒くても観に行く人達のように、どんな時でも二人のファンでいてくれる事に彼女達が敬意を表し、ファンをウォッチャーと呼んでいるのだが。

 こんな特異な呼び方が通じるのは、ほとんどの場合ファンだけであり、ある意味、本物のファンを判別するワードにもなっている。


「もしかして、妹ちゃんも?」

「はい! 私、MARRYさん推しなんです!」


 驚きと喜びの混じる笑顔を見せる日向ひなた

に、これまた満面の笑みで応える香純かすみ


「おお〜! 私はKATE推し。でも二人共本当、歌唱力もダンスも凄いし可愛いよね?」

「本当ですよね! 歌も凄く共感できますし。今日是非一緒に歌いませんか?」

「勿論! やっぱり妹ちゃんに目を付けた私の目に狂いはなかったね!」


 同志を見つけ周囲そっちのけで盛り上がる二人に、ちょっと困ったように諒、萌絵、あおいが顔を見合わせるも。


「そろそろ止めたほうがいい?」


 小声でそう耳打ちしたあおいに、諒は首を振った。


「何か、楽しそうだし」


 ふっと笑みを浮かべ、諒が口にした気遣い。

 萌絵はそんな彼の優しさを間近に見て、心が少し温かくなる。


 と。周囲の空気にやっと気づいた日向ひなたがはっとすると。


「ごめんごめん! 妹ちゃん、後で沢山話ししようね」

「え? あ、ご、ごめんなさい!」


 またもウィンクしながらてへっと舌を出し。反省の色を少しだけ見せる日向ひなた

 その言葉に香純かすみも夢中になっていたはっとすると、思わず顔から火が出る程恥ずかしがり縮こまった。


「あ、ちなみに。妹ちゃんは年下だし気を遣わせちゃうから別だけど。折角友達になったんだから、諒君とあおい君は私を下の名前で呼んでね」

「え?」


 彼女の宣言に、困った顔で疑問の声を上げたのは諒だった。そのノリの悪さに日向ひなたは呆れ、ジト目を向ける。


「あのね~。赤城君も言ってたじゃん? 親しくなったら名前呼び。これ常識だから。これからから私も、赤城君の事はあおい君。青井君の事は諒君って呼ぶし。分かった?」


 戸惑いを色濃くする諒に有無を言わせずそういる彼女に、言い訳や否定は許される気配はなく。


「あ……うん。分かったよ、日向ひなたさん」


 結局諒は、何とか頷き、そう返事をするしかできなかった。


「ってことで、これからもよろしくね! って事で、次は誰行く?」

「あ、じゃあ私がいきます!」


 拍手をする間も与えずに次を催促する日向ひなたに応え、次に動いたのは香純かすみだった。


「青井香純かすみです。水宮みずのみや中学二年で、おにいの妹です。趣味は海原うなばら先輩と同じで『Two Rouge』のファンをやってます。後はゲームしたり、漫画読んだりとかも好きです」

「そういえば来年受験だけど、やっぱり来るのかい?」


 と。彼女の自己紹介に割って入るように、あおいがそんな質問を投げかけると、香純かすみははっとすると、少しだけ恥ずかしげな顔をする。


「あ、はい。一応、神城かみしろ高校こうこうに入りたいなって思ってます」

「おー! じゃあ妹ちゃん、来年には後輩ちゃんとして、この制服着ちゃうんだね!」


 またもテンションが上ったのは日向ひなた

 彼女はすっと立ち上がると、くるりとその場で回転し、ブレザー姿の自身をアピールする。短いスカートが舞い、その下には……黒く短いスパッツが見えた。

 周囲はあまりに大胆な行動に少しひやりとし、しかし見えた物がそれで少しほっとする。


 と。

 諒はその姿を見てふと、こんな質問をした。


「そういえば。日向ひなたさんと香純かすみって、なんで今日制服なの?」


 そう。

 今日は春休みで学校のない日。

 なのに彼女達は制服姿だった。


 諒は香純かすみに先に行っててほしいと言われ、先に待ち合わせ場所に向かったため、よもや妹が制服姿で現れるとは思っても見なかったのだが。落ち着いて考えれば、別に春休みなのだから私服で良かったのではと感じていたのだ。


 不思議そうな諒の顔を見て、日向ひなたがにんまりと笑う。


「妹ちゃんが神城かみしろ高校こうこうの制服が気になるって言ってたから、折角だしって着てきたの。勿論妹ちゃんの方は私がリクエストしたんだけど」

「はい。流石に突然お願いされた時は、少し恥ずかしかったですけどね」

「だってさ~。妹ちゃんのセーラー服とか絶対可愛すぎるの分かってたし。眼福がんぷくだよ~」


 相変わらずの日向ひなたの持ち上げように、恥ずかしそうにする香純かすみ

 諒は二人のやり取りに、


 ──日向ひなたさんの押しに負けたな?


 そう苦笑いするも。年上の先輩と親しげにする姿を見て、ある意味良かったのかもと、微笑ましくなる。


「あ、あの。唯一学年が下ですが。良かったら、おにい共々仲良くしてください」


 最後にそう言って頭を下げると、皆はまた笑顔で拍手をする。


「さて。後は諒君と萌絵だけだけど、どっちからいく?」


 残る二人を見ながらにやにやする日向ひなたに。あおいは思わず吹きそうになるのを堪え、香純かすみもまた、期待するような視線を二人に向けた。


 諒と萌絵は、互いに顔を見合わせる。


「どっちがいい?」


 先に選択を委ねたのは諒だったが。


「えっと……諒君が、好きな方で」


 萌絵も困った顔でそう返す。


  ──やっぱり、こうなるよな……。


 先日のファミレスでの事を思い出し、少し困ったような笑みを浮かべた彼は、結局。


「じゃあ……萌絵さんが先で、いい、かな?」


 そう言って、彼女に先に自己紹介をお願いしたのだった。

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