第三話:その趣味は、ありか。なしか

 諒に促され、萌絵は一度大きく深呼吸をすると、ゆっくりと話し始めた。


神城かみしろ高校こうこう一年の霧島萌絵です。これまでは日向ひなたや諒君と同じクラスでしたが、来年も一緒になれたらいいな、って、思ってます」

「本当にね~。ちなみに私は普通科選んだけど、みんなは?」


 日向ひなたのそんな問いかけに。


「僕も理容師関係の専門学校目指そうと思ってるから普通科。諒は?」

「俺も同じだね」

「へ〜。って事は、みんな同じクラスになる可能性もあるじゃん!」

「そうだね。みんな一緒だと良いね」


 四人は互いの顔を見て、笑顔を交わす。

 そんな光景を見ながら。


  ──おにい達、いいなぁ……。


 顔には出さず、香純かすみは心で少しだけ羨ましがった。


 彼女にも中学には親しい友達もおり、充実した学校生活を送ってはいる。

 だが。この四人は少し特別だった。


 知り合って間もないにも関わらず、仲良く、親しくしてくれる日向ひなた萌絵もえ

 今まで何かと側にいて、居心地の良さを感じる諒とあおい

 その四人が、学年差は違えど、普段の友人とは違う、より居心地良い、魅力的な世界があった。

 だが同時に、歳の違う自分は、普段絶対一緒に居られない世界でもある。

 それが凄く残念だったのだ。


 無論。

 心の奥には、常に諒と一緒にいられる羨ましさもあるのだが。


「あ、ごめんね萌絵。続き行こっか?」

「うん。えっと、趣味は読書です。後、映画やドラマを観るのも好きです」

「へ~。ちなみに最近のおすすめとかあったりする?」


 彼女の趣味に食いついたのは、意外にもあおい

 話を広げる質問に彼女は少し考えた後、こう答えた。


「最近だと、小説なら『君の元へ翔ぶ翼』とか」

「あ、それ知ってます。この間映画化されましたよね?」

「うん。主題歌が『Two Rouge』の『月空つきそら』なんだけど」

「そうそう! これまたあの切ないバラードが最後二人の再会のシーンに超マッチしてて、めっちゃ泣かせるんだよね~」

「ですよね! PVが映画のシーン挟んでて、観てるだけで潤んじゃいますもん」


 日向ひなた香純かすみが萌絵のオススメに反応し盛り上がる。

 元々『君の元へ翔ぶ翼』は女子向けの恋愛作品のため、残念ながらあまり諒とあおいには馴染みがないのだが。


「小説は読んでないけど、確かに映画のCMやPV観ただけで、凄く切ない気持ちになるよね」


 あおいは事も無げに、そんな彼女達の会話の輪に加わっていき。今度は諒だけが話に取り残される。

 一人置いてきぼりの彼はそんな状況に不満を示す……かと思えば、そんな事はなく。


  ──やっぱり、あおいって凄いよな。


 彼に対し、感心しきりだった。


 諒はいつも、本当にあおいの気遣いや卓越した会話能力に驚かされてばかりだった。

 知っている話であればそれを広げ。知らない話であっても話に加わり。時に知らないことを盾に質問し、会話を拡げていく。


 もし美容室などで客とのコミュニケーションが必要になっても、きっと彼なら困ることはない。それほどのものを昔から披露してきたのを知っている。

 だからこそ。


  ──きっと、こうあるべきなんだよな……。


 何もできない自分と比べ、一瞬遠い目をしつつも。すぐに笑みに戻った諒は、皆の会話を楽しそうに聞き入る事に専念した。


 少しの間、彼を除いた四人は『君の元へ翔ぶ翼』の会話で盛り上がっていたのだが。


「あ……。ごめんなさい。諒君にはあまり興味ない話題だったよね?」


 突然。会話に加わろうとしない諒に気づいた萌絵が振り返り、申し訳無さそうな顔をこちらに向ける。

 釣られて蒼、日向ひなた香純かすみも彼に視線を向けた。


  ──……顔に、出てた?


 自分のコミュニケーション能力の低さを露呈し、まともにポーカーフェースでもいられなかったかもしれない自身を悔やみつつも。


みんなが楽しそうなの見てたら、こっちも楽しいし。気にしなくていいよ」


 そう言って、優しげな笑みを返す。


「……ふ~ん」


 無難に答えを返したつもりだったが。そんな彼に、意味ありげな笑みを見せたのは日向ひなただった。


「え? ど、どうしたの?」


 何か変だったかと少し狼狽うろたえる諒に、彼女はその笑みを絶やさぬまま。


「いや。か~、って思って」


 これまた表情通り、意味ありげな言葉を返す。


「は? 何が?」

「それは、な〜いしょ♪」


 予想外の答えに肩透かしを食らいぽかーんとする諒を見て、日向ひなたはくすくす笑い。


  ──萌絵が好きになったの、きっとこういう所だよね〜。


 そんな事を思ってにやにやとする。


日向ひなた。そういうのは諒君に悪いよ?」


 彼女の性格を知る萌絵が何かに気づき、少しだけ顔を赤くしながら彼女の行動を咎めると。


「ごめんごめん。それじゃ萌絵の自己紹介の続きに戻ろ?」

「もう。後で覚えなさいね」

「はいはい」


 不貞腐れる彼女を尻目に、日向ひなたはまるでからかうように返すと、さらりと場の流れを切り替えた。


「あの。あおい君や香純かすみちゃん、諒君ともまだまだ付き合いも浅いですけど。良かったら、これからもよろしくお願いします」


 最後にペコリと頭を下げ、萌絵が自己紹介を締めると、またも皆が拍手で迎えた。


「じゃあ後は、おにいだけだね」

「そうだね。それじゃ」


 香純かすみに促され、少しだけ緊張した面持ちで話し始めようとした諒は、ふっとある事に気づき、動きを止めた。


「えっと。俺、唯一みんなと面識あるんだけど。自己紹介いる?」


 あまりに拍子抜けする一言に、日向ひなたが思わず派手にがくりと姿勢を崩すと、


「当ったり前でしょ!? 私と萌絵は確かにクラスメイトだけど、全っ然諒君の事知らないんだからさ〜」


 何を言っているのかと呆れる彼女の白けた視線を向けられる。


「やっぱり、そうだよね。あははは……」


 流石にダメかと乾いた笑いを返した諒は、軽く咳払いをした後、改めて自己紹介を始めた。


「えっと。神城かみしろ高校こうこう一年の青井諒です。香純かすみとは兄妹きょうだいで。あと、えっと、趣味は……」


 そこまで口にした彼が、思わず口ごもる。

 何かを悩むような表情に、萌絵と日向ひなたが不思議そうな顔をし、あおい香純かすみは理由を察し、困った笑みを交わしてしまう。


「おにい。気にせず思った事、話そ?」


 妹の言葉に苦笑した諒は、ふぅっとひとつだけため息をくと、


「えっと……散歩、かな」


 自信なさげにそう言った。


「散歩って……まさか、ただ歩くだけ?」


 予想外過ぎる趣味に、日向ひなたが嘘でしょと言わんばかりに驚愕した顔で質問を返すと。


「何か見かけたらスマホで写真撮ったり、変わった店見つけたら入ってみたりはするけど。ほとんどは歩いて景色見てるだけ」


 彼女の表情を予想していたのだろう。

 気落ちする事もなく淡々と語った諒に、日向ひなたは目を丸くする。


「そんな年寄り臭いの、ありえなくない!?」


 思わず彼女がそう口にしそうになった、その時。


「例えばどんな所に行くの?」


 先に言葉を発し、偶然それを制したのは萌絵だった。

 彼女の表情には、諒の一言一句を聞き逃さないと言わんばかりの真剣さが感じられる。

 話に食いついた萌絵に少しだけ意外そうな顔をしながら、彼は少し考え込む。


「うーん。あまり何処って決めはしないんだよね。休みになったら適当な駅まで遠出して。そこから日がな一日ふらふらと周辺歩き回ってたりするし」


 回答としては微妙にも感じる内容だが、それを真剣な顔で聞いていた彼女は、ふっと微笑むと。


「それって、凄く素敵だよね」


 そう言って、彼の趣味を賞賛した。


「え?」


 予想外の言葉に一瞬戸惑う諒に、萌絵は笑みを浮かべたま話を続ける。


「だって。知らない土地で新しい何かを発見するのって、凄くドキドキするし、新鮮じゃない?」

「あ、うん。まあ、それはあるかも」


 趣味と言って良いのかすら迷っている諒だったが。彼女の一言が何処か心に安堵をもたらしたのか。ほっとした表情で頷いて見せた。


「あと、おにい。ボウリング得意だよね?」

「ボウリング?」

「そうそう。諒は本当にボウリング上手いんだよ。お陰で勝負にもならないんだよね」


 またも日向ひなたが不思議そうな声を上げると、あおい香純かすみに続き、彼の腕前を絶賛する。


「へ~。じゃあカラオケの後、みんなでボウリングもしてみよっか?」

「え!? それは……」


 日向ひなたの提案に、はっきりと困った声をあげたのは萌絵だった。

 彼女は残念ながら、日向ひなたほど上手ではない所か、むしろかなり苦手。

 残念ながら、いつも友達内で最低スコアしか出せていない。


  ──諒君の前で、あんなの見せられないよ……。


 自身の未来を想像ししょんぼりとしてしまう彼女だったが。


「それなら、諒君にコツ教わればいいじゃん?」


 妙案を思いついたとドヤ顔を見せる日向ひなたの言葉に、思わずはっとする。


「ちょ、ちょっと。そこまで期待されても」


 いきなり外堀を埋められ困ったような顔をする諒だが。


「いいじゃんおにい。折角なんだし教えてあげなよ」

「そうだよ。僕らだって諒に教わってからスコア良くなったし」


 外堀どころか、近しい者に内堀まで埋められる始末。


「あ、あの。諒君が良かったら、私……」


 最後に、少し恥ずかしげにそう萌絵にお願いまでされては、彼が断れる訳もない。


「……うん。まあ、わかったよ」


 止む無く降参した彼に、ぱあっと萌絵の顔は明るくなり。他の三人もしてやったりな顔をする。


「と、とりあえず。これからもよろしく」


 周囲の雰囲気に頭を掻きながらそう締めると、緊張でからからになった喉を、目の前の白が強いコーヒーでうるおした。


「よ~し! じゃあまずは私と妹ちゃんから、ばしっと歌っちゃおっか?」

「はい! お付き合いします!」


 自己紹介を終えた途端。

 待ってましたと言わんばかりに日向ひなた香純かすみが下手のタブレットを使い歌う曲を選び出す。

 その代わり身の早さに諒、萌絵、あおいは苦笑を交わしてしまう。


 こうして、舞台はそのままカラオケへと移っていったのだった。

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