第二章:ノリの悪い魔法使い

第一話:持つべき者は、嘘つき?

 諒と萌絵が友達となってから数日が過ぎ。

 告白を終えた二人の関係はというと……何も変わらなかった。


 いや。心情的には友達になったが、それしか変わっていないというべきか。


 折角交換したMINEも、ファミリーレストランで話をし別れた後、『今日はありがとう』といった短いやり取りがあって以降、タイムラインは更新される事はなかった。


 香純かすみに、


「折角友達になったんだし。MINE交換したんなら、少しは何か送ってあげたら?」


 と忠告を受けるも。結局何を送ればいいか分からぬ諒は、何かを書いては消し。何かを書いては消し。

 結局、送るべきメッセージを書き上げる事ができず。


 日向ひなたに、


「折角会ってくれるって言ってもらえたんだったらさ。さらっと次誘っちゃえばいいじゃ~ん」


 と軽く口にされた萌絵もまた。次に逢うにしても何処に誘えばいいか分からず。かといって、それを諒に委ねるわけにもいかず。

 結局声の掛け方もわからぬまま、何も書けぬもどかしさだけを募らせ。


 春休み故に学校で会うこともない二人は、まるで今までと変わらぬ関係のまま、日常だけが過ぎさっていったのだが。


 もうすぐ四月を迎えようとするある日。

 そんな関係が、少しだけ進展を見せようとしていた。


* * * * *


 桜の蕾が身をほころばせ始めた、小春日和の昼下がり。

 諒と萌絵は、神城かみしろ高校こうこうの最寄駅である上社かみやしろえきの改札を出てすぐ脇で、一緒に並び立っていた。


 諒は先日とあまり変わらない青と黒のチェック柄のシャツの下に黒のTシャツ。下はジーンズというシンプルな格好。

 対する萌絵は、薄い水色のオフショルダーニットに、白地に花柄が入ったロングのフレアスカートという、春めいた装い。


 諒達は先程そこで顔を合わせ、今は二人っきり……。


「もう! 海原うなばら先輩遅いですよ!」


 いや、三人……。


「ごめんごめん! メイクに手間取っちゃって」


 いや、四人……。


「女子は化粧も大事だから仕方ないよ。これで全員かな?」


 いや、五人でそこに立っていた。


 呆然とする二人の前にいるのは、日向ひなた香純かすみ、そしてあおいの三人。


 何故か学校のブレザー姿の日向ひなたに、同じく黒いセーラー服姿の香純かすみ

 そして。黒のテーラージャケットを羽織り、白いインナーシャツ。そしてすらっと細い黒のスラックスを見事に履きこなすあおい


 三人がいること。

 それは諒達二人にとって予想外の出来事なのだが。

 実は一番の予想外は、決して彼女達三人がいることではなく。諒と萌絵、それぞれの隣に、告白し、された相手がいること。


香純かすみあおい

「どうしたの? おにい


 どうにも状況が掴めず、頭を掻いた諒が声をかけると、二人は何喰わぬ顔で彼を見る。


「これ、どういう事?」

「どうもこうも、一昨日おとといの夜話したじゃないか。休みだし遊びに行こうって」

「いや、それは香純かすみからも聞いたし分かるけど……。何で海原うなばらさんに、も、も、萌絵さんが?」


 相変わらず名前で萌絵を呼ぶ恥ずかしさを感じさせながら質問すると。


「元々海原うなばら先輩から私に誘いが来たんだよ。ね、先輩?」

「そうそう。でさ。二人っきりより、人多いほうが盛り上がるよねって事で、妹ちゃんにも人集めて貰ったって訳」


 香純かすみが自然な笑みと共にさらりと嘘のような真実を語れば。日向ひなたも彼女に続き、自然に理由を語る。

 だが。流石にそれだけで、諒が納得できるはずもない。


「いやいやいやいや、おかしいだろ!? だいたいお前、どこで海原うなばらさんと知り合ったんだよ!?」


 そう。

 彼女達二人に、接点などあるはずがない。


 諒と日向ひなた自体、そもそも別の地域に住んでおり、高校に入るまで互いを知りすらしなかった。

 そんな状況下で、そもそもまだ中学生の香純かすみが、兄の通う離れた高校の同級生と知り合っている事自体、おかしすぎる話。

 だからこそ疑ってしかるべき、なのだが……。


  ──まてよ……。まさか……。


 彼が状況を整理する中。

 ふと、の可能性が頭によぎる。


 萌絵の告白の翌日。

 諒と萌絵は二人っきりでファミレスで会っていた訳だが。

 あの日の同じ時間、香純かすみも外出していた。

 そうなると、自分の跡をつけた可能性は十分考えられる。


 そして。

 告白の日に一緒だった日向ひなた

 あの日色々と気を遣っていた彼女が、萌絵をひとりであの場に寄越すだろうか。いや、寄越したにしても、もしかしたら……。


 推測の域を出ない、しかし本当は恐ろしく正しい推理を脳内で展開する彼だったが。


「実はこないだ出かけた時にさ~。私とまったく同じ『SUNSUN』ファッションの可愛いがいてテンションあがっちゃって。それでこっちから声かけたんだよね~。ね? 妹ちゃん?」

「はい。そこで意気投合してMINE交換してたんだけど、友達と遊びに行くのに誰か他に誰かいないかって聞かれたから、おにいあおい先輩を誘ったんだよ」


 まるで息をするかのように、自然に日向ひなたは事実を伝え。余計な詮索ができぬよう、香純かすみもまたさらりと事情を説明する。


 自然に会話をする二人の言葉。

 ある意味そこに、嘘はない。

 それだけであれば、だが。


「でも日向ひなた。今日は二人で出かけようって……」


 きょとんとした萌絵の言葉にも。


「ごめん! 折角妹ちゃんと知り合ったから、萌絵にも紹介しようと思って驚かそうとしたんだけどさ。まさか青井君の妹だったなんてここ来るまで知らなかったし。偶然すぎてこっちがびっくりしちゃった」


 少し驚いた顔をしつつ、並べられた言葉の半分は、またも知らぬ振りをした嘘。

 勘所のよい者であれば、あまりにあらが多いこの会話を見破るのは容易たやすかったであろう。


 だいたい、知り合った相手に兄がいると知ったとして。

 いきなり兄が誰か知らないのに、いきなり『妹ちゃん』などと呼ぶ事などありえない。

 それに、この場に集った時点で日向ひなたは諒がいることに驚くべきなのに。今驚いたと言ったものの、まるでそんな事は当たり前のように、ここまでしれっと会話に加わっている。


 これ程までにはっきりとした違和感があったのだが。

 あまりに怒涛の展開に諒と萌絵はそこまで頭が回らず。ただただ唖然としながら、互いの顔を見合わせる事しかできなかった。


 そんな四人の会話を見守りながら、ふっと意味ありげな笑みを浮かべたあおいは。


「まあまあ。確かに人は多いほうが楽しいし、諒の知り合いなら気兼ねなく遊べるよ。それより、まずは何処か入ってから自己紹介のほうが良いかな?」


 そう、皆を先導するように促す。


「はいはい賛成~! 折角だし、五人だけで話せる所行かない?」

「だったら駅北の『ファイラウ』でカラオケにします?」

「お! 妹ちゃんナイスアイデア! じゃあ皆、行こ行こ!」


 戸惑う二人そっちのけで、同意した日向ひなた達だけで会話は進んでいき。

 置いてきぼり感全開の中、呆然としていた二人は。


「ほらほら。おにい、行くよ!」

「お、おい。香純かすみ!?」

「萌絵もほら。ぼ~っとしないの!」

「ちょ、ちょっと。日向ひなた!?」


 互いに親しい相手に背中を押され、何故か先導を促されるように並ばされた。

 困った顔で諒と萌絵は顔を見合わせるも、どうにもならないと踏んだ二人は、仕方なく並んだまま目的地に向け、歩き出していった。

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