第五話:決断
「青井君って、やっぱり優しいよね」
諒に慰めの言葉を掛けられ、憂いの色が消えた萌絵がふっと微笑む。
そんな彼女を見て。
──やっぱり……。霧島さん可愛いよな……。
改めて、それをはっきりと意識した。
確かに、学校でも人気になるだけの事はあり。表情ひとつひとつに華があり、可愛いらしさがあり。人としての優しさも相成り人気があるんだなと、そう強く感じる。
だが。
だからこそ。
萌絵の記憶と共に、自身の過去を改めて振り返った彼は。自分が彼女の脇に立つのが
そして。
失恋の痛手を経験済みの彼は、同じ哀しみを彼女にも味あわせてよいのかという、昨日から感じていた疑問への答えも、未だに出せていない。
「
「そうだなぁ……」
少しだけ考え込んだ諒は、萌絵にこんな質問をぶつけてみた。
「何で、昨日告白してくれたの?」
彼を十年も見続けてきたのだから、惰性でそのまま見続けてしまうことも十分に考えられる。にも関わらず、彼女は昨日告白をした。
心変わりや、我慢の限界もあったのかもしれない。
だが。クラスメイトになってもほとんど接点のなかった二人の関係性から、急に告白しようと思わせるきっかけが生まれるとは、到底考えにくかった。
昨日の告白を思い出してか。
今日何度目かの赤面と恥ずかしそうな表情を諒の前で見せると。
「だって……女子が
彼女はそんな事を、少しだけ困った顔で口にしたが。
「へ?」
諒は予想しない答えに、思わずぽかんとしてしまう。
そんな彼を上目遣いで見ながら、萌絵は少しずつ話し出した。
「
「まあ、ね。だから昨日もそう思った位だし……」
昨日の事を思い出し、彼は今更ながらバツの悪そうな顔をした。
今考えれば、よもや予想できない展開だったとはいえ、ちゃんと聞かずにそのまま
だが。萌絵はそんな彼の表情に、
「気にしないで」
と、責める様子もなく口にすると、優しい笑顔を向けた。
「多分そういうのが増えたの中学位からだったと思うんだけど。私はそれを見てて、ずっと気が気じゃなかったの」
「え? どうして?」
「それは……誰かが、青井君に告白するんじゃないかって、不安だったから」
身体をより小さく縮こまらせ、自信なさげに話す萌絵の言葉に、彼は思わずはっとした。
確かに。
昔、初恋の人に告白する前。彼女に別の男子が話しかける度、もしかしたらと自分も何度も不安に掻き立てられた事がある。
萌絵はずっとそんな気持ちをここまで味わってきたのだとしたら……。それは、とても辛かったに違いない。
「でもあの頃の私は、自分に全然自信が持てなかったの。奥手で。大人しくて。ずっと一人、図書室で本を読んでるような地味な子だったから」
「そうだったの?」
「うん」
その言葉にも、諒は少し驚いた。
クラスでも友達が多い、可憐で華やかさのある彼女から、その過去を想像する事ができなかったのだから。
ただ、彼女の過去。小学五年の眼鏡姿を思い返すと、確かにそんな一面があったかもしれない。そう感じていた。
「でも、赤城君の件で青井君に女の子が相談に行くのを見かける度にね。私、やっぱり青井君が好きだって、より強く感じて……。だから中学三年の頃から、せめて少しでも、可愛い女の子になろうって決めたの」
想いが強くなり始めたのか。
語りながら、彼女の表情が迫真に迫るように、真剣なものになっていく。
「眼鏡をコンタクトに変えて。三編みにしてた髪型も、雑誌を見ながら可愛くなるよう色々変えてみたり、友達に相談したりして。少しずつ変わろうって頑張ったの」
一呼吸置き。
彼女がゆっくりと顔を上げ、じっと諒をみつめる。
「そうしたらね。高校生になって、気づいたら友だちも増えて、
「……告白する、自信?」
「うん。青井君好みじゃないかもしれない。振られちゃうかもしれない。だけど、せめて想いだけでも伝えたいって思えるようになって。そんな想いを知って、
そこまで口にして、彼女の視線がまたも伏せられ、続く言葉が消える。
言葉を交わし、改めて二人は実感する。
萌絵は、初恋の人に告白した事を。
諒は、人生で初めて、告白された事を。
そして。
諒は今日、彼女を知った。
自分をずっと見て、自分との想い出を大切に胸に仕舞い、自分の為に変わろうとした、霧島萌絵という少女の初恋を。
彼女の言葉を聞いた。
彼女の想いを、聞いた。
であれば。
続くべきは自分。
応えるべきは、自分。
彼は静かに、長く息を
「霧島さん」
諒は彼女の名を呼ぶと、顔を上げた萌絵の目をしっかりと、真剣な顔で見つめた。
互いの心臓の鼓動が早くなり。互いがより、緊張した顔に変わり。
そして。
「気分を悪くしたら、ごめん」
諒はそう切り出し、ゆっくりと語りだした。
「俺さ。霧島さんが俺を見続けてくれて。俺のために変わろうとしてくれたって知って、凄く嬉しかった。でも同時に思ったんだ。俺はそれこそ人と距離を置こうとするだけの、全然ダメな奴なんだなって」
「そんな事ないよ」
「いや、そんな奴なんだよ。だから俺は、霧島さんとの出来事を言われるまで思い出せなかったし。中学の話なんて、自分で手助けしたはずなのに忘れてた。そんな奴、最低だって思う」
少しだけ表情を歪ませるも。ぐっと堪えるように奥歯を噛み、言葉を続ける。
「でね。もうひとつ、話してて気づいたんだ。実は霧島さんも、俺の事、見てきた事以外何も知らないんじゃないかって」
「見てきた事、だけ?」
「うん」
復唱された短い疑問に、彼は強く頷く。
「例えばさ。妹を助けた事は見たから知ってるけど。俺が自分の事ダメな奴って思ってる事、今日まで知らなかったよね?」
「……うん……」
確かに萌絵は今日、彼と話して知ったことが沢山あった。
諒が己を責め、劣等感で苦しんでいることもそのひとつ。
何処か辛そうに語る諒の姿に、彼女の胸もチクリと痛む。
「互いに話すらしてなくて、互いの考え方も、性格も、心を何も知らない。そんな中で付き合ってもさ。勝手に理想だけが先行しちゃったり、思ってた人と違うって感じたりして。お互いを傷つけて、付き合った事、後悔するかもしれない」
少しだけ、彼の声色が低くなり。
並べられた悲観的な言葉が、萌絵の顔に影を落とし、伏し目がちにさせる。
「わがままかもしれないけど。俺……それはダメじゃないかって、思ってる」
彼の一言一言が、心に刺さった。
まるで今の二人の関係を否定するような言葉が。
少しずつ、萌絵の心の痛みが強くなっていく。
今ここにある、辛い現実を感じて。
長かった初恋。その哀しき結末を予感して。
悲壮感からか。カップを持っていた手に力が入り。少しだけ身を震わせ、目が潤んでしまう。
だが。
萌絵は泣かぬよう、必死に堪えた。
もしもの覚悟は、心の片隅で持っていたから。
泣いて、彼を困らせたくはなかったから。
「身勝手だって分かってる。それが霧島さんを傷つけるのも。だけど俺、この先でより酷く、霧島さんを傷つけ、苦しめるかもしれないのは嫌なんだ。だから……」
少しだけ目を閉じ、大きく深呼吸をした諒は。
俯いたまま震える萌絵に向かって、その言葉を口にした。
「友達から、始めない?」
瞬間。
はっと顔を上げた萌絵と同時に。
パァーーーーン!
誰かが勢いよく、テーブルにメニューを倒す音が店内に響いた。
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