第三話:似てないはずの似た者同士
心地よい澄んだ少女の声に、ゆっくりと瞼を開くと。
「も、もう、着いてたの?」
おどおどとした不安そうな顔で、目の前に立っていたのは萌絵だった。
やや明るめの水色のワンピースに、白い長袖のカーディガンを羽織り。
同じく白い小さなポシェットを肩から掛けている。
藍色の長い髪は一部を頭の後ろで髪留めでまとめており、学校とはまた違うお嬢様のような雰囲気を醸し出している。
ファッションもそうだが。優しそうな整った顔立ちを含め、やはり彼女の清楚さと可愛らしさは際立っていた。
そして。そんな美少女がこんな早くに目の前に現れると思っていなかった諒の心が、強くドギマギさせられる。
だが。それでも彼は必死にそれを隠すように、
「さ、さっき来たばかりだよ」
たどたどしくも、なんとかそう返事をした。
「で、でも。まだ十五分も前だよ?」
思わずそんな疑問を並べる萌絵だったが。
「そ、それを言ったら霧島さんだって……」
「あ……」
諒にそう指摘されやっと自分も同じなのだと気づき、思わず恥ずかしそうに俯いた。
──だって……。今日逢えるの楽しみだったし……。
視線を落としたまま、心でそう弁明する萌絵と。
──これ……。まるで、俺が楽しみにしてたみたいじゃないか!?
同じく早く着すぎた事で、そう勘違いされたのではと気が気でない諒。
お互いに俯き、沈黙し。ちらちらと互いに視線をつつ向け、様子を伺う初々しい二人。
──や、やっぱり。
別にまだ恋人になったわけでもないのだが。
マンガやドラマで見た物語をなぞるように、何とか展開を頭に思い浮かべた諒は。
「こ、ここだと寒いよね。ちょっと早いけど、何処かお店に入ろうか?」
そんな慣れない台詞を何とか口にした。
釣られるように顔を上げた萌絵は、「うん」という短い言葉と共に小さく頷くと、期待と不安の眼差しで見上げてくる。
彼女の視線にまたも気恥ずかしさが加速するも、それを必死に堪え。
──この辺だと、やっぱりあそこかな?
軽く周囲を見回した諒は、ある店を視界に入れると、
「じゃ、行こっか」
そう声をかけ、先導するように歩き出した。
* * * * *
諒の案内で二人が訪れたのは、駅前にほど近い有名なファミリーレストランチェーン店『コックス』。
サイドメニューにデザート、本格的な料理まで手広く扱いつつも価格もリーズナブルな、学生にも優しいお店である。
朝と昼の合間のこの時間。店内は思ったより空いている。
ウェイトレスに窓際の角のテーブル席に案内された二人は、まずはドリンクバーだけ注文すると、一緒に飲み物を取りに行き、改めて向かい合い席に腰を下ろした。
何とか店に入ったまでは良かったものの。
ここまで二人は会話らしい会話もできていなかった。
まるで恥ずかしさを絵に描いたように、互いに視線を目の前の飲み物に向け、静かに俯いているだけ。
──き、気まずい……。
心でそう思うも。女子と二人きりでプライベートに会うなどという経験はほとんどなかったためか。
諒はどうすればいいのかさっぱり分からず困り果て。
──うぅ……。青井君、困ってる……。
萌絵もまた、自分の告白が生んだこの現状で、彼を困らせていると強く感じてしまい。後ろめたさと後悔も相成って、どう声を掛けてよいものか戸惑うばかり。
とはいえ。二人共、このままではいけない。そう強く思ってはいた。
だからこそ。
「「あのっ!」」
意を決して発した声が、被った。
思わずはっとして互いに顔を見合わせた二人は、視線が重なったのに気づき、またもそれを逸して俯き合ってしまう。
「……さ、先に霧島さん、話していいよ」
弱気の虫が騒いだ諒が譲ろうとするも。
「わ、私は後で大丈夫。青井君こそ、話があるんだよね?」
まるで振られても困ると言わんばかりに、萌絵もそう切り返してしまう。
そして、二人はまた沈黙すると。
「「はぁ……」」
同時に大きなため息を漏らし。
瞬間。またも二人ははっとして顔を見合わせた。
──もう! 何やってるの、私……。
あまりの間の悪さに、またも俯き目をぎゅっと閉じ、心で反省する萌絵。
諒もまたそれは同じ……かと思いきや。そんな彼女を、じっと見つめ続けていた。
──何か……。普段と違う、かな?
彼はほとんど萌絵を知らない。
だが、彼女は人気も華もあるが故、嫌でも目に入る事は多かった。
そんな諒から見た彼女の印象といえば。
友達との何気ない会話を自然と笑顔でこなす、社交性の高い女の子。
しかし今、目の前にいる萌絵は、そんな普段の自然な雰囲気など無縁と言わんばかりの緊張と恥ずかしさを見せ、その身を縮こまらせている。
──霧島さんも、こんな反応するんだな……。
普段の彼女らしからぬ姿から感じる新鮮さは、自分と同じく緊張しているのかもという親近感に変わり。彼の張り詰めた緊張感を、少し和らげた。
諒は先に目の前のカップに入った飲み物を口にしてほっと
「霧島さんの
そんな何気ない質問を口にしてみる。
突然声を掛けられ、はっと目を開いた彼女が顔をあげると。そこにあったのは、彼の柔らかな笑みだった。
それは普段の彼女に向けられたことのない。だけども、彼女が本当に見たいと思っていた笑み。
あまりに魅力的過ぎる表情に、萌絵はほんの少しだけ
「あ、うん。ほうじ茶。青井君のは……ミルクティ?」
彼のカップに注がれた、ミルクでかなり白い飲み物について尋ね返すと、諒は少し恥ずかしそうに苦笑する。
「いや。これ、コーヒー」
「え? そうなの?」
「うん。昔っからミルクと砂糖を沢山入れないと飲めないんだよね。両親や妹にもよく『お子様だね』って笑われるんだけど」
苦笑しながら頭を掻いた彼に、萌絵はふっと笑みを携える。
「そんな事ないよ」
「そっかな?」
「うん。だって、そこまでしてもコーヒーを飲むって事は、その味が好きなんでしょ?」
「まあね」
「だったらそれはこだわりだもん。気にする事ないよ」
彼の新たな一面を知れたからか。
嬉しそうな笑みを浮かべ擁護してくれる萌絵の表情に、諒は少しだけドキリとする。
それがまた緊張感を生みそうになるが、もう一口コーヒーを口に運んで何とか平静を保つと、流れ始めた会話を断たないよう本題を切り出した。
「あの。昨日はごめん」
「え?」
「あ、いや。すぐに、答えを返せなくって」
少しだけ伏し目がちで謝る諒に、萌絵も同じ顔をしながら、首を横に振る。
「ううん。こっちこそ、突然困らせちゃってごめんね」
「霧島さんが謝る事なんてないよ」
「青井君こそ」
「いや。俺はこうやって霧島さんを困らせてるし……」
「そんな事ないよ。元はといえば、私が昨日あんな事言ったからだし……」
「そんな。霧島さんは悪くないから」
「青井君こそ悪くなんてないよ」
互いに互いを庇いあう二人は、話しながらふとある事に気づき、お互い顔を見合わせる。
これは間違いなく、堂々巡りだと。
しまったと言わんばかりにおどおどする萌絵に。
諒も流れを切るように軽く咳払いをすると、なんとか気持ちを切り替えていく。
「ご、ごめん。話が逸れちゃって。まずは昨日、答えを返せなかった理由。ちゃんと話さないと、だよね?」
「う、うん……」
方向転換した諒の会話に、途端に萌絵の表情に緊張が走る。
彼と一緒にいられる事に少し浮かれていたが、今日の本題は、告白の先の話。
──
一気に不安な気持ちが高まる萌絵だったが。続く諒の言葉は、想像して物とは違かった。
「昨日の会話で察したかもしれないけど。……俺、霧島さんの事、全然何も知らなくってさ」
言葉と共に、彼の顔に色濃く見えたのは申し訳無さ。
だが萌絵は、それを聞いてもさほどショックは感じなかった。
何故ならそれは、昔からずっと彼を見てきただけの彼女が、一番理解している事なのだから。
「それで。まずは少し、霧島さんの話を聞きたくって……」
困ったような顔した諒は、少し気まずそうに視線を窓の外に向ける。
そこには、萌絵を傷つけているのではないかという不安が見え隠れしていた。
しかし。
そんな彼の心とは裏腹に、彼女は内心胸を撫で下ろす。何故ならば……。
──まだ……嫌われても、振られてもいないよね?
彼女はまだそこに、希望が感じたのだから。
「高校入る前は私と接点もなかったし。高校でもほとんど話もしてないから。知らなくて当然だよ」
萌絵の言葉に諒が視線を戻すと……彼女は柔らかな笑みを向けていた。
まるで。話の流れを作ってくれた時の諒と、同じように。
「だから今日はその分、青井君が聞きたい事、何でも聞いてほしいな」
彼女にとって、安堵の笑み。
彼にとっては、優しい笑み。
萌絵を少しの間じっと見つめていた諒だったが。
彼女の笑顔で自分の中にあった緊張が少し
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