第21話 Fly to the moonⅡ
イス取りゲームのような【自己紹介タイム】が終了し、司会がフリータイムの会場へと参加者を誘導する。
フリータイムの会場には壁際にドリンクコーナーとフードコーナーがあり、会場内には間隔を空けていくつかの円卓が並べられていた。
参加者は各自ドリンクを手に取り、自己紹介タイムで気になった人のところへ次々と向かう――かと思われたが、なるほど、やはり人によって差はあるようで、積極的に話しかける人もいれば、参加費の元を取らんばかりに料理を皿一杯に盛り付け、一心不乱に食事をしている人もいる。
やはり、マッチングサービスを利用する人の多くが奥手のようで、ドリンクコーナーのそばから離れずにもじもじと辺りを伺っている参加者も多くいた。
そんな参加者たちに次々と声を掛け、時に笑い、時に叱りながら尻を叩いているのが相沢だった。
「ほら、藤本さん、いまあの子空いてるわよ。ちょっと良いと思ったんでしょ? 男ならバシっといってらっしゃい!」
そんな調子で参加者を発奮させ、会を盛り上げていく。
美智子はそんな相沢を見て、内心(すごいなぁ)と感心していた。自分の仕事とは毛色が異なるが、やはり相沢はその道のプロフェッショナルなのだなと感じた。
他に三人ほどいるイベント企画部のメンバーも、一人になっている参加者を見つけては声を掛けていた。
そうやって美智子が様子を伺っていると、相沢が遠くのほうから目で合図のようなものを送ってきた。
誘導されるままその方向を見てみると、一人佇んでいる若い女性がいた。
肩にかからない程度の黒髪のショートヘアだが、俯いているせいか髪が顔に被さって表情は見えにくい。清楚な白いドレスを着ていた。
ドリンクのカップを両手で持ち、俯いたまま微動だにしていない。
――なるほど。行ってみますか。
美智子は意を決してその女性に話しかけることにした。
「こんにちは」
美智子が声を掛けると、女性は大げさに肩を揺らした。
「あぁ、ごめんなさい。いきなりお声がけして驚かせてしまいましたね」
「あ、いえ、あの、すいません、すいません」
謝罪した美智子に対して、それよりも大きな動きで女性が何度も頭を下げる。
「いえいえ! 謝らないで下さい。こちらが悪いんですから。……いかがですか? どなたかとお話はされましたか?」
美智子が笑顔を作ってそう問いかけるが、女性はまた俯いてしまう。
「あの、私、やっぱり……」
女性がか細い声で呟くので、美智子は聞き取るために彼女に顔を寄せる。
「やっぱり?」
「あの、こ、怖くて。男の人が。あ、いや、怖いってそういう意味じゃないんですけど。別に、大丈夫なんですけど。いや、大丈夫ではなくて……」
こちらの返答を待たずに早口でぶつぶつと呟く女性を美智子は微笑みながら静かに見守る。
「だから、その、すいません。どうすればいいか分からなくて」
「大丈夫ですよ。そのために私たちがいるんですから。自己紹介の時間で気になった男性とかはいなかったですか?」
「気になった……。い、いや、私なんかが選べる立場ではないというか、自己紹介の時も緊張してなにしゃべったかほとんど覚えてなくて、他の人は綺麗に化粧してるし、私なんか場違いというか……」
「そんなことないですよ! 少なくともこちらには出会いを求めて参加されている方ばかりですし」
「でも、私、お、お姉さんみたいに綺麗じゃないから……」
「へ?」
一瞬、何のこと言っているのか分からなかった美智子だが、自身が褒められているんだということに気付き少し照れてしまう。
「いや、でも。私も昔はただのイモ臭い田舎者だったんですよ」
そう言って美智子が笑うと女性はほんの少しだけ顔を上げた。
「ほんとですか?」
「ほんとほんと。海と山に囲まれた田舎で育って、遊びといったら川でザリガニを釣ることくらい。だから肌も真っ黒で、化粧のやり方も上京してから覚えたのよ」
「でも、それも元々の素材が良かったから、ですよね……」
「何をおっしゃいますか。
美智子は女性のネームプレートに書かれた名前を確認し、肩に手を置いた。
確かに橘というこの女性は切れ長の一重まぶたで頬にはそばかすが浮いていて好き嫌いが別れる顔にも思える。しかし、色白の肌は少女のように艶やかで、磨けばいくらでも光る原石のように思えた。
「わ、私、そんなこと言われたことないので」
「橘さん。自信を持って。アナタは可愛いです。私が保証します」
いつの間にか両肩に手を置いて、熱く説得するような恰好になっている。
「あ、あの、私、お婆ちゃんが、このドレス今日のために、買ってきてくれて、私、あの、がんばりたいけど」
頭の中の言葉を必死に吐き出す橘の目にはいつしか涙が浮かんでいた。
「大丈夫! 私に任せて。とりあえず、プロフィールカードを見せてもらえますか?」
橘がすんと鼻を啜りながらプロフィールカードを差し出してくる。
美智子は記入されている内容にざっと目を通した。
「私、あの、実はひきこもりの時期があって、その、学歴とか――」
「橘さん、大丈夫だから。……ちょっとここで待ってて」
不安げな橘を残し、美智子は相沢の元へと走った。
「相沢さん!」
「あら、どうしたのそんなに慌てて」
駆け寄ってきた美智子に相沢が目を丸くする。
「あの子、なんとかしてあげたいんです」
美智子が壁際に突っ立ったままの橘を指さす。
「あぁ、橘さんね。あの子はなかなか自分からは行けない子だわね」
「それで、相沢さんなら知ってると思って」
「知ってるって何を?」
「あの子、アニメが好きみたいなんです。だからアニメ好きな人を」
「あぁ、それならこの会場にたくさんいるわよ。例えば――」
「待ってください! 一つだけ、条件があるんです」
該当者を挙げようとした相沢を美智子が制する。
「……条件?」
美智子が相沢に耳打ちをした。
「……なるほど。……それなら」
相沢が何か思い出すように空を見つめる。
「やっぱり難しいですか?」
「……いや、いたわよ。――マッチングおばちゃんのデータベースを舐めるんじゃないわよ」
相沢が自身の頭を指でトントンと叩いてニヤリと笑った。
「あのぉ……」
俯いたままだった橘に突如声を掛ける男性がいた。
坊主に近い短髪で、ぶ厚い眼鏡をかけたスーツ姿の男性だ。
「は、ひゃい!」
驚いた橘が情けない声を出す。
「あ、あの、僕、
「あ、はい」
「あの、どんなアニメが好きなんですか?」
「あ、あの、言っても分からないと思うんですが、ちょっと昔のアニメで【
「え! レーバイデンが好きなんですか! ぼ、僕も好きですよ! どのアーマーが好きとかありますか?」
「え、あ、あのファルコンⅡのグレートフォームとか」
「あぁ! カルガン戦で特攻を仕掛けた時のフォームですよね!」
「そうです! あの流線形の機体に差し色で入る紫がすごくオシャレで、あとは――」
好きなものの話題を出され、今までのおどおどした様子から一変マシンガンのように言葉を吐き出す橘を、美智子は少し離れた場所からにこやかに見つめていた。
「どうしてあの子の一番好きなアニメが分かったの?」
後ろから相沢が声を掛けてくる。
「あぁ、プロフィールカードを見た時、色んなアニメの名前が書かれていたんですけど、あのアニメの名前が一番上に書かれていて。ほら、『好きな食べ物は何?』とか聞かれたりするとポンと思い浮かぶものってほんとに好きなものだと思うんです。だから一番上のアニメに詳しい人のほうが合うかなって」
「なるほどねぇ。それで『レーバイデンが好きな人』って条件を出してきたわけね。私も会員のデータはだいたい頭に入れてるんだけどアニメなんて多すぎてどれが一番好きかなんて考えたこともなかったわ。……これは新たな発見ね」
相沢が納得したかのようにうんうんと頷いた。
そうしていると、会場内のBGMが鳴りやんだ。
「――フリータイム終了のお時間になりました。この後はマッチングタイムとなります。参加者の皆様は男性陣と女性陣に分かれて控室へお戻りください」
司会がアナウンスをし、参加者を控室へ誘導する。
「さぁて。今日は何組のカップルが誕生するかしら」
相沢がパンと手を叩き、スキップするように控室に向かっていった。
******
「――続きまして、八番と二十一番の方。マッチングおめでとうございます!」
司会の声と共に会場内に拍手が沸き上がる。
マッチングが成功した二人はそのまま照れ笑いをしつつ会場の外へと退場していった。
「これで二組目ですね」
美智子が隣の相沢に小さな声で言う。
「そうね。さっき見たら、今日は六組のマッチングが出来る予定よ」
四十人参加で十二人がマッチング成立とあれば、そんなに悪くない割合ではないかと美智子は思った。
「――続きまして、四番と二十三番の方。マッチングおめでとうございます!」
読み上げられた番号に覚えがあった美智子は会場の中央に注目した。
そこには、恥ずかしそうに中央に歩いていく橘の姿があった。そしてその目の前には日野という男性が笑顔で立っていた。
「あぁ、……良かった」
どこか娘が嫁入りするような心境で美智子が二人を見送る。
すれ違い様に橘が美智子の姿を見つけ笑顔で頭を下げた。美智子も軽く手を挙げてそれに応える。
「アナタの手柄よ」
隣で声を掛けてきた相沢に対して「ちょっと、泣きそうです」と美智子が答えた。
その後、マッチングが成立しなかった参加者が男女に分かれて順番に退場していく。
美智子もそろそろ片付けを手伝おうかと思った時、一人の男性が目に入った。
頭をぽりぽり掻きながら退場していくその男性の名前は
「ん? 松島さん、高倉さんを知ってるの?」
無意識にその背中を見つめていた美智子に、相沢が声を掛けてくる。
「あぁ。もしかしたら前に私が担当した人かもしれなくて」
「あら、そうなの? 高倉さんもねぇ、悪い人じゃないんだけど。サービス開始当初は頭もボサボサで清潔感が無くてね、かなり指導させてもらったわ」
「そうなんですか」
当時の事を思い出すかのようにため息を吐いた相沢に、美智子が思わず吹き出す。
「でもね、彼面白いこと言ってきたの」
「……面白いこと?」
「そう、初めて面会した時にね『月を目指してみようと思います』って。初めは意味がわからなかったんだけど――」
「やっぱりそうか」
相沢の言葉に、美智子の胸がじんわりと熱くなる。
「相沢さん。……私、今日ここにお手伝いに来れて良かったです」
相沢が美智子の顔を不思議そうに見る。
「私の仕事って、いつも面倒ごとばっかりで、あっちが悪いこっちが悪いって。しかも内容はセックスですよ。……でも、今日の参加者みたいに相手を求めている人もいるんだって分かって、ちょっと元気を貰えました」
「そう? そう言ってもらえると私も嬉しいわ。でも、松島さんこっちの仕事も向いてるんじゃない? ほんとに松島さんさえ良ければ、うちに欲しいくらいだわ」
「ふふふ。ありがとうございます。……でも、明日からはまた顧客対応課で頑張りたいと思います。もし、今日の参加者、……例えば橘さんとかが困ったときに、助けになってあげたいと思います」
美智子が吹っ切れた顔でそう言うと、相沢が美智子の両手を握ってきた。
「おばちゃん、アナタの事好きだわぁ。でももし、万が一いまの仕事がしんどくなったら、いつでも異動願い出してきてね。イベント企画部はいつでも松島さんを歓迎するわ」
「……相沢さん。ありがとうございます」
そうして二人で見つめ合ったあと、どちらからともなく吹き出し笑い合った。
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