第47話 誓いと呪い
「えっ」
「……」
「きゅうていまどうし?」
間の抜けたオウム返しになってしまった。
ノエルはびっくり顔を隠さないし、アーサー兄様は推し量るように目を細めておじいさんを見据えているし、黒猫はゆらゆら尻尾を揺らしている。
当のおじいさんは、全然平気な顔で頷いた。
「まあ肩書きは目録みたいなもんでの、今の儂には意味が無いよ」
誰も遭ったことがない、いるかいないかも定かでない宮廷魔導士。
そりゃそうだよね、まさかここで塔の番人をしているおじいさんが、そんなたいそうな肩書きを持っているなんて思わないもの。かくいう私だって未だに半信半疑です。
「……王子たちはご存じなのか?」
「いいや、儂を知っているのは陛下ただお一人じゃ」
「王太子も?」
「王太子は王を継ぐ時に知ることになりますがな――、その理由は、やはり建国の物語にある」
建国の物語。
この地を支配していた魔女を倒した勇者が、クラティア王国を興した。
後付けで色々脚色されているけれど、簡単に言うとそれだけの話だ。
「建国の物語って、魔女を倒した勇者が最初の王様になったっていう、あの?」
ノエルの問いに、おじいさんはうんうんと頷いた。
「そう、子供でも知っておるあの話じゃ。ただ、王家や儂らに伝わっている話は全く違う」
「違うって、どんなふうにですか」
「……古来よりこの地は実り豊かで恵まれた場所でな、それは力を持った魔女が土地にもたらした恩恵じゃった。人々は魔女をあがめ、一族は栄えた。飽きるほどの平和のあと、勇者が仲間とともにこの地へ流れてきた」
謳うような調子にノエルも口を噤む。
もちろん私たち兄妹にとっては、他人事ではないので真剣だ。
「勇者と言われてはおるが、それが何者だったのかはわからん。ただ、たいそうな美丈夫だったと伝えられておるのう」
ずっと昔の話だ。
どれが本当で、どれが嘘なのか私にはわからない。でも、歴史とか伝説が『そういうもの』だということはなんとなくわかる。結局は強い者のための伝承。この国では、『王族のための伝説』。
「さて、突然外からやってきた美しい勇者に、魔女はたちまち恋をした」
「え、」
「恋?」
思わず訊き返すと、おじいさんは可笑しそうに頷く。
「そう、魔女は勇者に恋い焦がれた。自分を妻にしてくれるなら、全ての力を捧げると言った。自分自身も、一族も、眷属も、決して勇者とその仲間に逆らうことはないと誓った。勇者はこの誓いを受け入れ、魔女を娶った」
驚いた。
それならどうして、魔女を倒したなんて伝承が残っているのかわからない。
ふいとあの亡霊の姿が頭に浮かんで、幸せな結末ではないことを覚悟する。
「娶った上で、勇者は魔女を殺した」
「殺した!?」
やっぱりノエルだけが声を上げた。
主人公たる彼にとっては到底許せないことなのだ。ありえないことなのだ。
もしもゲームにこの話がでてきていたら私だってノエルと同じ反応をすると思う。
「勇者の意思だったのか、それとも周囲にそそのかされたか、今となってはそれはわからん。誓いによって無力になった魔女を殺すのは容易だった。その後勇者は新しい妻を娶り、クラティアの最初の王となった」
おじいさんはゆっくりと私たちの顔を見渡した。
「……しかし勇者が死に、その子が次の王になると次々と凶事が起こった」
「凶事?」
「王の母が死んだ。娶った妃は出産で子供とともに亡くなった。何度妃を迎えても、次々に病に伏し事故にあい心を病む。国には疫病が流行り、飢饉となった」
謳うような口調は変わらない。まるで見てきたことのように淀みはない。
「その時になって、ようやく二代目の王と側近たちは『魔女』の誓いを思い出した」
そこではじめて黒猫がついと首を伸ばした。
『――自分を妻にしてくれるなら、全ての力を捧げる?』
妻にしてくれるなら。
そんな誓いが、次の代まで続いてしまったのなら、それはもう……、
「そう、約束を守ったのは勇者、つまり初代の王だけじゃ。魔女は死んでも誓いは残った。魔女を殺してしまった以上、取り返しがつかん。だが、二代目は諦めなかった。魔女の一族の生き残りから、一番力を持った幼い娘を妃に娶ることを決めた」
ああ、嫌な感じ。
なんとなくそう感じてぶるっと身体が震える。
「新しい妃は、短い間魔女が使っていた豪奢な部屋をあてがわれ、丁重に扱われた。そうして子を成せる年頃になると二人はひっそりと結ばれた。しかしこの王妃もすぐに死んでしまった」
「死んだ――殺された?」
アーサー様の問いに、おじいさんはゆるゆると首を振った。
「さあ、殺されたのか、ただ弱っていったのか。じゃが、皮肉なことにクラティアの国は安定した。王が後添えにとった妃たちは誰も死ななかったし、疫病は止み、土地は力を取り戻した」
黒猫は置物のように動かない。
アーサー様は虚空を睨み付け、諦めたように息を吐いた。
「さらに後を継いだ3代目でも、同じ事が起こった」
「おなじこと」
「そうじゃ。代がかわると国が乱れ、魔女の一族から形だけの妃を選ぶ。するとなにもかもがうまくいく。二度なら偶然で済ますことができたじゃろうが、3代続いたのだから王家も観念せざるを得なかった」
「初代の、魔女の誓いの通りということか」
“自分を妻にしてくれるなら、全ての力を捧げる”
だけどそんなの、誓いというより、呪いだ。
はじまりの勇者だけではなく、その子孫に、そして魔女の一族にも受け継がれる呪い。
「誓いが残っておる限り、魔女は本当の意味で死んだわけではない。しかし、”誓い”の効果を持続させていくには、王の妻になることが必須――、つまり一時的にでも肉体を得なければならない」
深呼吸3回分ほどの沈黙が降りた。
王の妻になるための身体とは、つまり魔女の一族の末裔から選ばれた娘なのだろう。誓いを果たした後、差し出された娘たちがどうなるのか? 知りたいのに、どうしてもそれを問う気にはなれない。
『魔女の一族は王太子が決まると、若い娘を生け贄に差し出さなければならなくなった。そのならわしは今に至るまで続いているということだね』
平坦な声で言い難いことを言ってのけた黒猫の兄様はグル、と威嚇するように喉を鳴らした。
『ユリウス王子が王太子になったのは2年前、まだ代替わりはしていないから、今も魔女の部屋に罪の無い娘が囚われている――、そういう認識で良いのかな、ご老人』
「通常であればそういうことになりますが、の」
『今は通常ではない?』
「城をうろうろしているのは、魔女の亡霊……誓い、いや、呪いの残滓のようなもの。本来なら表に出てくるはずのないものじゃ。しかし今、あれは外に出て飄々と人の悪意を喰らい力をつけておる」
『“誓い”とやらが果たされなかったとみるべきだろうね』
「あれにはもう自我など残っておらんじゃろがの……」
おじいさんの顔から笑顔が消えた。
「王家を滅ぼすためには、半端に残った誓いの効果が邪魔しておる。だからの、自分の力に耐えうる身体が欲しいのだろうよ」
『生け贄の娘では不十分だった?』
「生け贄は一時の器に過ぎん。しかも、充分に条件を満たしてはいなかったようじゃ。だからこんなことになった」
『条件?』
「魔力が足りなかったのかもしれん、一族以外の血が色濃く混じっていたとも考えられる。じゃが、完全に誓いが破られたわけでもない」
『……』
一族以外の血。
即座に先代と奥方様が頭に浮かんだ。魔女の一族の反対を押し切って先代と結婚した奥方様。魔女の一族に引き取られたという生まれたばかりの赤ちゃんは、今、どこにいるんだろう。ちらりと黒猫のお兄様を見たけれど、表情はまったく読めない。
「しかしのう……このまま王城に渦巻く悪意を喰らい、復讐に適した身体を手に入れたら――、王家とこの国を滅ぼすまで、あれは止まらんじゃろう」
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