第35話 点と点
なにをどう隠したところで、兄二人には絶対にバレるという確信しかない。この際話せることは全部話してしまおう。絶対に怒られるけれど、話さないと解決に向かわない。
そんな覚悟で、城壁でアルバート王子と出会ったところから貴賓席に現れたフードの人物のこと、それからエミリア王女のフリをしてバルコニーに立って暗殺者と対峙したことをかいつまんで説明する。
兄二人は時々合いの手を入れてくれる以外、黙って私の話を最後まで聞いてくれた。
「お前は独断決行が多すぎる」
うっ、すっぱり切り捨てられましたわ……さすがアーサー様。怒られることは覚悟の上です。でもやっぱり大好きな兄様が静かに怒っているのは辛い。
「妙に運があるのが悪い方へ働いている。集団行動に向かないタイプだ」
「申し訳ありません」
アーサー様の言うとおりだ。暗殺者は撃退できたけど、結果的に死人が出てしまった。
もちろんゲームではもっともっと犠牲者が出る。暗殺者(のはずだった)クレアだけではなく、居合わせた客からも被害者が出ていた。
悲しいことに、この世界では命の価値は軽い。裏を返せば、私の命だってとても軽いのだ。昨日命を落としていても、ちっとも不思議じゃない。それを承知しているから、アーサー様は怒っている。
私だって死ぬつもりで暗殺者と対峙したわけではない。あれはエミリア王女を守るための最後の保険のつもりだった――けど、あわよくば暗殺者を捕まえるか特定するかして、誰の差し金かはっきりさせたいとは思っていた。
結果、暗殺者が命を落としたわけだから、怒られるのもやむなしですわ。
「まあまあ、アーサー。アリスは無事だったんだからいいじゃないか」
一応弟をなだめるようなことを言うニコラス兄様だって全然油断できません。こういうときの長兄は軽々と常識を壊してくるのだ。
「アリス、怪我はなかったかい?」
「ええ兄様、どこにも」
「それはよかった。君に傷でも残ったら、私はこの国を許せなくなりそうだ」
「はい?」
「前にも言っただろう。私はこんな国や地位なんていつ捨ててもいいし、なんなら滅ぼしてもいいと思っている」
ひっ!
黒い黒い、隠しきれていませんわお兄様! 口調が軽いのがそら恐ろしい。
そう、ニコラス・オーウェンという人は、もともとこういう人なのだ。
ゲームではそれこそ“遊戯”のように場を荒らし、宰相を騙し王子を騙し家族を切り捨て、ただただ自分の利のみで動く。さほど欲しくもない権力を握り、場合によっては国だって滅ぼしてしまう。『クラティア戦記』のニコラス・オーウェンは最終的には弟や王子、国そのものを敵に回して最悪のバッドエンドを引き起こすポテンシャルを持っている。
でも、目の前にいるニコラス兄様は、私の大好きなお兄様だ。
「……申し訳ありませんでした、ニコラス兄様。私が軽率でした」
「うん、わかってくれれば良いよ、アリス」
ニコラス兄様は今度こそ深く頷いて、アーサー様へと視線を移した。
「アーサーも、それでいいかな? 気は済んだ?」
「済んでいません」
「私もだよ。でもまあ、アリスも反省しているようだし」
「兄上はアリスに甘すぎます」
「否定はしないけどね」
アーサー様はニコラス兄様をまっすぐ見たまましばらく考えて、それから私を見てひとつ息をつく。
「今回だけだ。次はない」
「アーサー兄様……」
「お前が無事だったなら、良しとしておこう――こんなのは一度きりだ」
ああ、本当に怪我をしていなくてよかった。
これマジで私に何かあったら、うぬぼれでもネタでもなく、兄弟喧嘩どころか協力してクーデターくらい起こしちゃうかもしれない。『クラティア戦記』、始まっちゃうかもしれない。止めようとしている私が火種になってどうするんだ……本当に本当に気をつけよう。
「そんな顔をするな、悪いことばかりではない。敵の状況もわかってきた」
「敵、敵かあ。そうだね、アリスを傷つけるものは全て敵だけど」
「ニコラス兄様……私、本当に反省しておりますから」
だからもう勘弁してください。
ニコラス兄様はもういつもの調子だけど、どこまで本気なのかがわからん!
「一度許したのだからもういいでしょう、兄上。正直今回の件は王太子にとってプラスに働いています」
「ま、そうだろうね。まさかあの状況で王女と一緒に戻って来る度量があるとは思わなかった」
「このまま王太子の地位さえ安泰になれば、内乱のおそれも無く平和が近づくでしょう。アリスを大人しくさせるには、それが一番の近道かと思います」
「なるほど、たまには良いことを言うじゃないか、アーサー」
うわーん、こんなときばっかりものすごく息が合ってるう!
ぐうの音も出ないので、私は身体を縮めて何度目かの謝罪を口にした。
「申し訳ありません……」
「はは、ちょっと虐めすぎじゃないか、アーサー」
「兄上ほどではありません」
澄ました顔でそう流すと、アーサー様は変わらないテンションで言葉を続ける。
「問題はやはり、王妃と宰相です。アリスの話を聞く限り、アルバート王子自身は王太子とうまくやっているようですし」
「うん、近頃王子ふたりの仲は良いようだよ。時折お互いの部屋を行き来しているという話も聞いているし」
「以前の関係からしたら、想像もできませんが……ひとまずよかった」
うんうん、そうだよね。できることなら兄弟で争うところなんて見たくないもの。貴族たちも国民も、王子ふたりが仲良くしていたら安心できるし、素直に王太子をもり立てていこうって気持ちになるはず。
「有力貴族もほぼ王太子支持で固まるはずです。逆に言えば、王妃には後がない」
「そうだね、後がないからこそ、普通ではない手を使う可能性がある」
「普通ではない?」
そう問い返したアーサー様には応えず、ニコラス兄様は私の顔をのぞき込んだ。
「アリス、君は貴賓席でフードの人影を見たと言ったね?」
「はい、確かに見ましたわ。妙に場違いだったのではっきり覚えています」
「シャンデリアが落ちたとき、そいつはいた?」
「……シャンデリアが?」
あのとき、どうしていただろう。
私はノエルと一緒にバルコニーの傍で貴賓席を見ていた。見ていた、と思う。
フードの人影が……そう、前にすっと手を伸ばして、それで……。
「……手を」
「うん?」
「手を、伸ばしていました。前に向かって――シャンデリアのほうに」
あのとき、手のひらの白が浮かび上がっているように見えて。
「そうしたら、落ちたのんです……シャンデリアが」
新しく取り替えたばかりの鎖はぶっつりと切れていた。
頭の中で、点と点が繋がる。
「……まるで、魔法みたいでした」
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