第29話 亡霊?



 ようやく針のむしろから逃れ、身を隠すようにバルコニーへ向かう。

 緞帳のようなカーテンの影に入って一息ついたというのに、顔を上げるとしれっとした顔でアルバート王子が横に立っていたので思わずひっと息をのんだ。

 どうしてついて来てるの!?


「なんだよ、その声」

「で……殿下、どうしてこちらに?」

「面白いからに決まっているだろ。はは、あとで相当小言を言われそうだ」


 小言を言われそうだというのにどうしてそんなに愉快そうなのでしょう?

 これだから王子様ってわからん。いや、王子は関係ないのか? 

 もしかしたらただの反抗期かもしれない。


「王妃さまは殿下のことを心配していらっしゃるのでしょう? あまり困らせてはお気の毒ですわ」

「心配とかなんとか、母上のあれはそんな可愛いものじゃない」


 てんで人の意見は聞かない顔で、アルバート王子がふんと鼻を鳴らす。


「お前だって、母上が俺を国王にしたいと色々やらかしてることは知っているだろう?」


 は?

 いきなりデリケートな質問をぶつけてくるのはやめて下さい。いち伯爵令嬢がうっかりイエスと応えたりしたら、お家取り潰しとかでも文句を言えませんわ。


「え、ええと……」

「けど、俺は第二王子だ。国を継ぐのは第一王子、ユリウスに決まっている」

「はい、それは殿下の仰る通りです」


 その点に関してはあまりにも正論だったので素直に頷くと、アルバート王子はちょっと目を見張って一呼吸ぶん沈黙した。


「……」

「え、何でしょう?」

「いや、お前の言うとおりだ。誰か力のある第三者が、母上にお前のようにあたりまえのことをあたりまえに言えればいいんだ。だが、実際にはいさめる立場にある宰相すら母上の味方をしている」


 アルバート王子は難しい顔のままかぶりを振った。


「俺にはわからん。たとえ俺が王になって母上と宰相が権力を握ったとして、絶対に争いの火種が残るだろう。くだらない私利私欲が国を傾けることになるってことにどうして気付かないんだ。揃いも揃ってバカなのか?」


 なるほどお。これはニコラス兄様が遠回しに褒めていたのも納得です。口は悪いけれど言っていることは正しいぞ、アルバート王子。内乱の火種なんてロクなものじゃありませんわ。


「しかも、だ。どう考えても俺よりユリウスのほうが王に向いてるんだよ」

「……」

「だからなんだよその顔は」

「いえ、アルバート王子とユリウス王子は、仲がよろしくていらっしゃるのですね」


 あっしまった。

 思わず本音が漏れてしまいました。

 だけど性格は正反対、おまけに王妃がユリウス王子を目の敵にしているから兄弟仲はもっとぎくしゃくしているはず……はずだったのは、ゲームの話だけど。

 さっきも感じたけれど、アルバート王子もユリウス王子も、お互いに気安い雰囲気だった。少なくとも緊張感は無い。


「そうだな、まあ、色々と話せるようになったのは最近だ」


私の疑問に、王子は少しだけ気まずそうに呟く。


「最近?」

「小さいころは二人で喋るのも止められていた。ユリウスの母親は側室で身分の低い女だったし、ユリウスのすぐあとに俺が生まれて、年齢は同じだ。プライドの高い母上には我慢できなかったんだろ」


 うーん、わりと辛辣なことを言うなあ。

 王妃さまが可愛い我が子を王位につけたいという気持ちもわからなくはない気がするのだけど……、まあ、はた迷惑な話ではある。


「それにあいつ銀髪で、クラティア王家の血筋お手本みたいな顔してるだろ。だから『ユリウスはお前のことを見下している』というのが母上の口癖だった」


 あ、前言撤回。それはかなりの毒親ですね。どんな事情があれ、半分血の繋がっている兄弟の悪口を幼い息子に吹き込むのはよろしくないと思います!


「それは……お辛かったでしょうね」

「は? 辛い? 誰がだ?」

「もちろんアルバート殿下が、ですわ。血の繋がったお兄様の悪口を自分の母親が言うなんて、哀しいことだと思います」

「――は」

「私だって、ニコラス兄様がアーサー兄様の悪口を言ったりしたら、きっとすごく悲しくなりますわ。家族って普通は助け合うものですよね?」


 いろいろ事情があって難しいことはあるけれど、やっぱり家族仲良く兄弟仲良くが一番です。もちろん内乱で敵味方になって兄弟で殺し合うなんてもってのほかですわ。

 そもそも内乱の原因は王子二人が敵と味方になってしまうことだから、ユリウス様とアルバート様には是非とも仲良くしていただかなくては。ここは頑張って仲良くして欲しいアピールをしておかなくては!!


「ですからあの……王妃さまには申し訳ないのですが、ご兄弟が仲良くされるのは、お二人にとっても我が国にとっても、すごく喜ばしいことだと思います。」


 アルバート王子はまた妙な間で私を見つめると、ふいと口元を緩めた。


「うん、俺もそう思う。けど今の言葉を母上が聞いたら発狂ものだぞ」

「えっ」

「あの人、気分でお家取り潰しくらいは平気でやるからな」

「ええっ、あの、私、そんなつもりでは」

「それでなくても俺と踊ったことで目をつけられているし」


 王子が目線を上げた先は貴賓席だ。直視するのが怖くて横目で伺うと、王妃と宰相が並んで座って何かを話している。なんとなーく、こっちを見ている気がする。こ、こわっ!


「あーやっぱこっち見てる。ほら、手でも振ってやろうか?」

「おっ、おやめください!」


 アルバート王子が私に視線を戻してにやりと笑った。こわいこわい、この人、やりかねない!

 慌てて止めようとしたとき、横目で見ていた貴賓席にもう一人フードの人影が動いた――ような気がした。反射的に緞帳の影に隠れてそちらを伺う。


「あの」

「ん?」


 召使いにしてはおかしい。黒いフードをかぶった召使いなんていないだろう。それに、この舞踏会の席には不似合いだ。さらに言えば、なんだか王妃や宰相に比べるとぼやけている気がするのはどうして? 解像度が低い感じ、といえば良いのだろうか。


「あの方……、王妃さまの椅子の後ろに立っている方は?」

「!」


 何気なくそう聞いた途端、アルバート王子の顔色がかわった。すぐに振り返り、そちらを見据えたまま唇を動かす。


「お前、……あれが見えるのか?」

「え?」

「いや――いい。またな、アリス」

「あ、はい」


 早口でそう言い置くと、王子は早足で上座へと向かっていった。ぽかんとしてその背中を見送り、もう一度貴賓席を見上げる。だけどそこにはもうくだんの人物の姿はなかった。


『お前、あれが見えるのか?』


 アルバート王子は最後にそう言った。

 だけど『見えるのか?』って質問、おかしくない? つまりあれは王子にとって、“普通は見えない”存在だということになる。普通は見えない存在って……幽霊とか、亡霊とかってこと?

 

 すっと背筋に悪寒が走った。


 いやいやいや、亡霊とか無いから。いくら由緒正しい古い城とはいえ、陰謀渦巻く王宮とは言えまさか亡霊なんて……めっちゃ居そうなんですけど!








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