第28話 第一王子
第二王子と伯爵家の養女。
まあ、ゲームでは王子と警備の女騎士だったからいくぶんマシかもしれないけど、それにしたって注目を浴びるのは仕方ない。
しかもわざわざ広間の中央まで引っ張り出されたので、上座にいるエミリア王女やユリウス王子、それに王妃や宰相の顔まで判別できる距離である。ニコラス兄様はさらにその後ろに控えているっぽいけれど、怖くて直視できない。
どんな表情をしているのか考えたくもありませんし、とりあえず目の前にある好みの顔を堪能することにいたしますわ。
「は、母上の今の顔……見たか?」
「畏れ多くてとてもそちらを拝見できません、殿下!」
さらに王子のステップがトリッキーなので、合わせるだけでもなかなかに神経を使う。
「ニコラスの妹なら宰相も母上もおおっぴらに文句を言えないだろう。いい薬だ」
「くすり?」
「いいや――、お前、ダンスはなかなか上手いな?」
「とんでもない、ついていくのが精一杯です」
ふうんと鼻を鳴らして、アルバート王子がようやく私に視線を落とした。
異母兄であるユリウス王子は銀髪で紫の瞳、クラティア王家の血筋を色濃く継いでいるのに対し、アルバート王子は王妃である母親と同じ茶色の髪に緑色の瞳、そのあたりも王妃のプライドを刺激するのだろう。性格もやんちゃというか奔放で、我が儘だし頑固なところもある。
王妃と宰相はギリギリまでアルバート王子にエミリア王子の婚姻を勧めるのだが、アルバート王子にはまったくその気がない。だから舞踏会では適当な相手と踊る。その適当な相手が、ゲームでは女主人公であり、今は私なのですけどね。ようは王妃に対するあてつけだ。
「なかなか肝が据わっている」
「そうですか? 鈍感なだけです」
「まあまあ見られる顔だし」
「ありがとうございます」
「しかもニコラスの妹、か。確か養女という話を聞いたことがあるが」
「ええ、その通りですわ」
全ての質問にニコニコ即答すると、アルバート王子は思案顔を見せてから私をターンさせた。
「よし、気に入った。曲が終わったらユリウス……じゃなくて、兄上に紹介してやろう」
「は?」
「面白いからな。なに、お前は基本黙って、頷いていればいい」
「ですが、この場で紹介というのは……」
待って待って、この急展開は知らない。
舞踏会で踊ったあとなんかに王太子に紹介したら、『この娘と結婚したい』と言っているのとほぼ同じなのだ。アルバート様は腐っても第二王子ですもの、もうちょっと丁寧にフラグをたててからのほうが良いのではないでしょうか。
「心配しなくても、お前と結婚するなんてことは言わないしその気はない。安心しろ」
「まあ、それは安心いたしました。でも、意味がわかりませんわ」
正直な気持ちを述べると、アルバート王子はわずかに目を見開いてからいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「なに、ちょっとした嫌がらせだ」
視線が痛い。
もしも視線が可視化できたら、今私は針山のようになっているだろう。
ま、ぽっと田舎から出てきたそもそも貴族でもない娘が、国賓を歓迎する舞踏会の開幕直後に第二王子と踊っているのだから、驚かれるのも反感を買うのも無理のない話だよね。
曲が終わると、アルバート王子はお作法通りだけど雑なエスコートで私を主催であるユリウス王子のもとに連れて行った。もちろん傍にはエミリア王女と王妃も並んでいる。私は市場に引かれていく仔牛の気持ちで覚悟を決めた。ドナドナの気持ちがわかるというものである。
「ユリウス――、兄上、俺の友人を紹介したいが、許してもらえるか?」
「もちろんだよ、アルバート。今王女とも二人の噂をしていたところなのだ」
唐突な展開にものおじもせず、王太子ユリウスはにこやかに応えた。近くで見たのははじめてだけど、砂糖菓子のように甘い雰囲気で、どちらかといえば女性的ですらある。話しぶりを聞いていると、どうやら兄弟仲は悪くないみたい。
「彼女はアリス・オーウェン。宰相の補佐官で昔俺の教師をしていた、ニコラス・オーウェン伯爵の妹君だ」
アルバート王子がそう言うと、エミリア王女が私に視線をくれて、にっこりと笑った。
「うむ、知っているぞ。わたくしもアリスには世話になった」
「エミリア王女も?」
アルバート王子がちらっと私を見たので、ゆっくり瞬きをしてそれに応える。黙っていろと言われたので黙っています、という意思が伝わったのかどうかはわからない。
「それは奇遇だな。俺もアリスとはついこの間、懇意になったところだ」
『懇意に』かあ。
少し、かなり語弊があるけれど、とりあえず我慢、我慢だ。
「アルバート、軽率ではありませんか?」
しかし私の沈黙に、エミリア王女の後ろから王妃が厳しい声を出す。この舞踏会の主催はユリウス王太子、通常なら親世代である王妃や宰相はひとしきり会場を暖めたら上の貴賓席へ向かう習わしなのだけれど、王妃はまだこの場に残っていた。
よほどアルバート王子と踊る小娘が気になったと見えますわ……、こっわ!
「軽率?」
「そうです。その者は伯爵家の娘と聞いていますが、社交界では名も知れていないでしょう。この舞踏会で王子のお前と踊り、あまつさえ王太子の元へ連れてくるなど、あまりに型破りではありませんか」
ま、その通りなんですよね。
普通なら公爵家、侯爵家の有力貴族のご令嬢を先に誘うところだろう。つまり、私はかなり順番をすっ飛ばしてしまったことになる。
だけどアルバート王子はまったく動じなかった。
「お言葉ですが母上、アリスは俺の命の恩人です」
「なんですって?」
「この場で詳しくは言えませんが、先日危ういところを救ってもらいました。この功をねぎらい、兄上にも知ってもらおうと考えるのは当然でしょう」
一応丁寧な言葉を使っているけれど、声の色には棘がある。
母親である王妃はアルバート王子を溺愛している一方、息子のアルバート王子には思うところが多々あるのかもしれない。
「命を……?」
これにはさしもの王妃も絶句した。
でもさあ、『命の恩人』は言い過ぎじゃない?
飛び降りを救おうという演技でアタックした(物理)から、まったく間違ってはいないといえばいないけれど、そもそもアルバート王子は飛び降りる気なんてなかったのだから……あれ、やっぱ嘘八百じゃん!
なんだかどんどん話が大きくなって、周囲にあらぬ誤解を生んでいる気がして怖い。
「それは――、アリス嬢、弟が世話になったようだね。アルバートを救ってくれたこと、そしてエミリア王女に助けてくれたこと、心から感謝する」
「身に余るお言葉です、ユリウス殿下」
王太子のお褒めの言葉に対して無言のまま、というわけにはさすがにいかないので、私は一言だけ発して頭を垂れた。
「ニコラスの妹ならば、アーサーの妹でもあるのだね。君たちきょうだいには、不思議と縁を感じる。これからも、国に尽くしてくれることを願うよ」
「はい、もとよりこの身は我がクラティアと王家に捧げております」
というのはご挨拶の締め、古式ゆかしい決まり文句なのだ。
正直もう退散したい。王妃の視線がめっちゃ刺さってくるんですけど!
既に致死量なんですけど!!
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