第27話 一周目

 

 招待客が揃い、ひととおり王太子とエミリア王女への挨拶が終わるといよいよ舞踏会のはじまりだ。

 大広間の鐘が鳴って、ほぼ同時に上座の奥から王妃と宰相が現れる。ノエルの影から覗くと、宰相の従者のなかにニコラス兄様の姿が確認できた。ただ、クレアの姿は無い。


「はじまるわ」

「え?」

「ファースト・ダンスよ。王太子とエミリア王女が踊るの」


 軽いファンファーレのあと、軽やかにワルツの旋律が流れ出す。クラティアの王太子ユリウス王子が、リデルフィアのエミリア王女の手を取って広間の中心に進み出て、ステップを踏み始めた。


 うーん、こうして見るとすごくお似合いなのよね。

 もしもノエルがエミリアルートに乗っているとしたら、ちょっぴりほろ苦い気分を味わっているんじゃないかしら――なんて、横目でチラリとノエルの様子をうかがうと、彼もこちらを見ていてバッチリ目が合った。思考回路が似ているのか、ノエルとはよくこういうことがある。


「ノエル、大丈夫? 緊張してる?」

「全然落ち着いています。城の大広間で王子様と王女様のダンスを見ているなんて、むしろ現実味がなくて」


 少し困ったような笑みは、本当に普段のノエルだ。

 貴族である私はまあ置いておいて、ついこの間まで故郷で自警団をしていた商家出身の青年があっという間にお城の舞踏会なのだから、実感が沸かないのも当然だと思う。


「お二人のダンスが終わったら、私たちも踊るのよ」

「はい、わかっています」


 言葉通り、ノエルは余裕の表情だ。もしかしたら私よりも落ち着いているかもしれない。


「その後はもしかしたら、ずっと一緒にはいられないかも、だけど……」

「大丈夫です。そもそも俺の仕事はアリス様の護衛ですから、ちゃんと遠くから見守っていますよ」

「うーん、それは嬉しいわ。でも、近くにパートナーがいない女性がいたら誘って差し上げるのがマナーよ」


 たとえ断られたとしても、それが男性側の役目なのである。


 ノエルに限らず、会場にいる騎士たちは全員が騎士団の正装だ。もっとも護衛騎士に正式にエスコートを任せているのは私を含めてたぶん数人、圧倒的少数派ではある。けれど護衛という役割があるノエルより、問題なのは私のほうだ。連続で同じ相手と踊るのは二回まで、という慣例があるのでノエルと踊ったあとは壁の花になる可能性が高い。ひとりぼっちの壁の花は寂しいようでけっこう目立つので、どう行動するか悩みどころなんだよね。物好きな人が一人か二人さそってくれると嬉しいのだけど、こればっかりは予測できないし。

 できればエミリア王女と接触したいな、と考えていると、ノエルの声が降ってきた。


「あのう、一曲踊ったら、エミリア王女のところに挨拶に行きませんか?」

「え?」

「さっきまた来いって言われたでしょう?」


 うん、『また参れよ』とは確かに言われたけど、ね。


「あれ、真に受けて行ったら駄目なやつなの」

「どうしてですか?」

「社交辞令だから。どうしても話がしたければ、あとで使いの方が呼びにくると思うわ」


 そう告げると、ノエルはちょっと目を見張って口をへの字にした。


「面倒くさいですね、貴族って」


 まったくもってその通りだと思いますわ。





 ノエルと踊りながら、会場内をざっと見渡す。

 シャンデリアの直下には大きな花瓶や軽食や飲み物のテーブルが置いてあって、とりあえず人への直撃を避ける配置になっているし、出入り口は招待客が入場する大扉と、主催側が使う会場奥、階段を上った先の扉の二カ所だけだ。解放したバルコニーは全部で4つ。安全面を考えて全て閉鎖しようという意見も出したらしいけれど、却下されたらしい。


「何か気になることでもあるんですか?」

「えっ、なにが?」

「ダンスのときは、パートナーを見ろって習いましたけど」

「そうね、ええ、ごめんなさい」


 にっこり笑ってターンしてみせる。


「何かを警戒しています?」


 ……やっぱりノエルはカンが良い。

 いっそ全部打ち明けて協力を仰いだほうが良かったのかも――と思う一方で信じてくれるわけはないと考える冷静な自分もいる。『王女が暗殺されそうだから警戒しているの』とか言い出す伯爵令嬢がいたらそっちのほうが怪しさ満点だ。


「そうね、エミリア王女が心配というのはあるわ」

「心配?」

「この間の馬車の事故だって、偶然にしてはできすぎていると思わない?」

「でも、王女になにかあったらリデルフィアと険悪になります。誰が得をするんですか?」


 得をする人はいない。

 だけどエミリア王女とユリウス王子の間に婚姻がまとまれば王太子の座は間違い無く揺るぎない者になる。それを避けたいのが宰相と王妃なのだ……、って説明したいけど、これはさすがに口に出すだけで不敬罪だ。


「そうね、考えすぎかしら」

「そうですよ。せっかくの舞踏会なんですから、アリス様は楽もっとしんでください」


 楽しむ、かあ。

 そんなふうに考えたことはなかったかも。

 お兄様たちと過ごす時間は楽しいこともいっぱいあったけれど、いつか来るゲームのはじまりを忘れたことはなかった。どのルートをたどるのか、どのエンディングを迎えるか。これは私の人生ではなくて、何周目かのゲームのやりなおし。

 いつだってその感覚は離れない。


「ほらまた」

「え?」

「なんか別のことを考えてますね?」

「そんなことないわ」


 にっこり笑ってごまかしたところで、曲が終わった。

 互いに礼をとって距離を取る。二曲目の終わりなので、周囲ではパートナーが次々と交代していた。


「とりあえず、休みましょうか?」


 と、ノエルが私をのぞき込んだとき、上座のほうがざわっと波だった。何事かと振り返ると、見覚えのある青年がつかつかと歩いてくる。


「うっそ、マジ?」


 思わず口の中だけで呟くと、ノエルがきょとんと目を見開いた。


「え、なんて?」

「いえ……、気にしないで」

「ていうか、あの方は……、」


 視線を青年に戻し、顔と衣装でようやく把握したのだろう。ノエルがひゅっと息をのむ。

 私も一瞬心臓が飛び出るほど驚いたけれど、ありえない話ではない。


「探したぞ、アリス・オーウェン」


と、彼は言った。


「……あなたは、」

「よもや忘れてはいないだろな。俺は名乗ったぞ」

「ええ、覚えておりますわ、アルバート殿下。その節は失礼いたしました」


 あの城壁の時と同じように馬鹿丁寧に礼をとって、私は第二王子を見上げた。


「よもや本物だとは思いもしませんでした」


 ああ、ほら。

 私は今、一周目のプレイをたどっている。

 身分も設定も外見も違うけれど――今の台詞は、一言一句違わず“女主人公”と同じものだ。


「動じないな、お前」

「お詫びはいかようにもいたしますが、慌てても泣いても詮ない話ではございません?」

「は、その通りだ」


 可笑しそうに笑ってこちらに手を差し伸べる。


「では、一曲ダンスの相手をしてもらおうか」








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