第21話 作戦会議
翌々日は日の暮れないうちに相次いで兄様たちが帰宅した。
舞踏会は約一週間後、その2日前に王女を乗せた馬車が市中を巡り、市民に姿を見せるというセレモニーがある。
入れ違いにノエルが久しぶりに騎士団の寮戻ったので、私たちは3人で楽しい晩餐をいただいた。
その後はもちろん、最後の作戦会議である。
私たちはニコラス兄様の私室に集合し、おのおのの席についた。
「では、作戦会議をはじめようか」
ニコラス兄様がにこにこしながら気の抜けた声で宣言する。もう少し緊張感があっても良いと思います、お兄様。
「アーサー、騎士団のほうは?」
「パレードの護衛計画は万全です。やはり心配なのは舞踏会かと。武装して大広間に入れる人数には限りがある」
「うん、問題はそこだよね。外は固めているが、内からの攻撃があると防ぐのは難しい――アリス、何か手がかりになるようなことはあるかな?」
どうしよう。
まだ迷っている。王女が暗殺されるルートは一本道だ。殺される場所も、犯人も、私は知っている。だけどこの世界で同じことが起こるとは限らないのだ。もしも『暗殺者はクレア』だと打ち明けてしまったら、それは彼女に間違ったレッテルを貼ることになるかもしれない。
それはとても恐ろしいことだ。だから。
「……前にも話したとおり、私の記憶は選択によって枝分かれする物語の記憶です。色々な可能性がありますから、確かなことは言えません――」
慎重に言葉を選ぶ。
「ただひとつ、エミリア王女が暗殺される場所は、決まって大広間のバルコニーでした」
「バルコニー?」
オウム返しに聞き返したのはアーサー様だ。私は小さく頷いて続ける。
「はい。舞踏会の途中、大広間で騒ぎが起こるのです。おそらく騒ぎは中の人間の陽動、その混乱に乗じて何者かが外から侵入するのだと思いますわ」
「どのバルコニーがわかるかい?」
ニコラス兄様の問いに私は小さくかぶりを振った。
「わかりません。そこまでは描かれていませんでした」
だって、ゲームなんだもん。これがアニメや小説なら、もっと細かい描写があったかもしれない。だけどあったとしてもそこまで覚えていられたかは微妙な話だ。
「なるほど。舞踏会で騒ぎが起こる。それに乗じて侵入者がバルコニーのエミリア王女を狙う。わかっていることはそれだけということかな」
「はい」
エミリア王女の暗殺は必ず起こるイベントだった。それが成功するか失敗するかは、主人公(ノエル)のスキルと選択肢と好感度で決まる。すべてが数値化されているゲームとは違い、私のいるこの現実では非常に判断が難しい。
それぞれが持っていた役割さえ同じだとは限らない。
そもそも暗殺自体が本当に行われるか、それすらも不確定だ。
だから、クレアのことは言わない。
迷ったけれど、そう決めた。
「あの、私の知っている物語とこの世界はとても似ていますけど、やっぱり別のものだと思うのです」
「そりゃそうだよ、『結末がかわる物語』なのだろう? 今現在も変化し続けているはずだ」
こともなげにニコラス兄様が笑う。
そう、結末は変わるのだ。マルチエンディングなのだ。セーブポイントはないけれど、可能性は無限大なはず。枝分かれしてしまったら戻れない。だけど違う選択はできるはず。
ああ、だからこそ――、人生って難しいですわ!
「ですから暗殺の話は、お兄様たちだけの胸に納めてください。騎士団の方や補佐官の方、もちろんノエルにも秘密です」
「無論だ。話したところで理解もされない。それに、知っていること自体が我々のアドバンテージだ」
「うん、それに余計な混乱を招くよね。とくに『暗殺』なんて、言葉にしただけで私も疑われそうだし」
「それは日頃の行いのせいでは?」
間髪いれずにアーサー様が突っ込んだので、さすがのニコラス兄様も苦笑いを浮かべた。
ええ、暗殺を疑われるってどういう行い?
やっぱりニコラス兄様って誤解を招きやすいのかしら。
「私は私の仕事をしているだけだよ」
「今、宰相に諫言できるのは、兄上くらいでしょう。あの方の勝手なふるまいは目に余る」
「ま、勝手にエミリア王女に外出許可を出したときにはさすがにキレそうになったけどさ」
あ、あれはやっぱり相当危なかったんだ。
そういう意味ではうちの前で馬が暴れてくれて助かった。やっぱノエルの主人公パワーかしら、明日それとなく褒めてあげなくちゃね。
「とにかく広間の出入り口とバルコニーの警戒は怠らないよう、騎士団にお願いしておくよ、アーサー」
「重々承知しています。お任せを」
「うん、これほどお前を頼もしく想ったのは久しぶりだ」
軽口で応酬したニコラス兄様を軽く無視して、アーサー兄様は私の顔を見た。
「もうひとつ確認したい。舞踏会で起こる混乱というのは?」
その声は落ち着き払っている。
不確定なことが多いけれど、幸いにもアーサー様の質問についてはよく覚えていた。誰か下敷きになったらただではすまないなと恐怖を感じたからだ。
「明かりが落ちました」
「明かり……まさか、あの重いシャンデリアが落ちるのか」
「はい。天井から釣ったものが二基、続けざまに」
アーサー様がすうと目を細めた。
おそらく最悪のシナリオを思い浮かべたのだ。もしもあれが落ちて、下にいる人間を直撃したらただでは済まない。下に燃えやすいものがあれば蝋燭の火が広がる可能性もある。本格的な火災になってしまったら、舞踏会は阿鼻叫喚だ。
「……なるほど。シャンデリアの点検は慎重に行おう」
その向こうでニコラス兄様もさすがに口元をへの字にしている。
「うーん、シャンデリアか。あれが落ちたらなかなか厄介だね」
「最初からかなり厄介な話ですわ、お兄様」
「そうだね、でも」
ニコラス兄様がぱっと両手を広げて笑った。
「アリスのおかげで災難を避けるための準備ができる。何も起こらない可能性だって充分あるんだ。前向きにね、アリス」
「そう――、そうですよね」
「そんなに心配するな」
ニコラス兄様の言葉を引き継ぐように、アーサー様が不器用に口元を緩めた。
「お前のためなら、兄上はなんでもやる。むろん俺もだ」
「そうそう。この通り私とアーサーはとっても仲良しだし、アリスを悲しませるようなことは絶対しない。だからアリスもそう気負わず、舞踏会を楽しんで欲しい」
「そうだな……エスコート役をノエルに任せるのは心許ないが」
「同意するよ。あの新人、大丈夫なのかい?」
「あら、ノエルならちゃんとできますわ。お作法もダンスも毎日上達していますもの」
安心させようとそう言うと、兄二人はゆっくり顔を見合わせてから再び私を向き直った。
「ダンスの練習は、アリスが相手をしているのかな?」
ニコラス兄様はニコニコしている。
「ええ、もちろんですわ。とても筋が良くて驚くほどです」
「……そうか、ダンスもか。ノエルには一度きちんと礼をしなければならんな」
アーサー様は腕を組んで、うむ、と重々しく頷いた。
「ええ、お兄様たちから褒めていただいたら、きっとノエルも喜びますわ」
「それじゃあ私からも、一度よく話しておこうか」
にこにこにこ。
えっと、なんだか微妙な空気なのだけどどうしてかしら?
ともあれお兄様たちが仲良しなご様子、私もとても嬉しいですわ。
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